第26話 VS公安5
<大阪 浪速北区>
「笠岡さん、犯罪捜査では無いのにこれはやりすぎですよ。」
「如月、それを必要とするくらいなんだ。他国に先に抑えられると目にも当てられん。それを避けるためだ。それにダンジョンスキルを持っている人にとっては安全が保証されるんだ。気にするな。」
再び、助手席で寝息を立て始める笠岡。
車の中から遠目で家からの出入りを見張る。
明らかに犯罪捜査でしかしない手法だし、そもそも犯罪性がないのにこのようなことをするのは良くは無い。
何度か同じようなことはあった。
こういうモヤモヤする時は笠岡の忠実な部下になりきり、黙って言われた事だけをするようにしている。
それが秘密警察、公安の役目で任務だ。
監視対象の家を見張っている。
アメリカさんはすでにこちらに気付いている。こちらを警戒し、私たちを見張る為に人員を増やすものの、ぶつかってはいない。
アメリカさんはこちらが何が目的か測りかねているのであろう。更にはここはアメリカではなく日本だ。警察という身分がある限り、こちらに理不尽に手を出すことはない。
午前11時ごろ、玄関の扉が開いた。
藤岡真斗、神山静、森勇大、水風鈴、一ノ瀬健太が帰宅の模様。
「笠岡さん、起きてください。動きましたよ。」
笠岡は飛び上がり、双眼鏡を握る。
「あとあの家にいるのは?」
「あの家に住んでいる5人と、玉城志帆のみです。」
いつもなら出てきてもおかしくはない玉城志帆を強調するように私は報告する。
「玉城が出てこない?確か玉城志帆は隣の藤岡真斗の従妹で、住みも隣のはずだよな。」
「その通りです。」
「あの2つの家族は子供が幼馴染で付き合いが長いらしいから、不思議ではない。
が、念のためしっかり見張っておけ。何か動き出すかもしれん。」
「了解しました。」
私は再び「盃」と表札に書かれた家を見張る。
ーーーーー
「お邪魔しました。」
続々と俺の家からそれぞれの家に帰っていくギルメン。
「お母さん、まさかこんなにも友達が家に来ているなんて思わなかったわ。」
いつも朝早い時間に出ていく母がまさか今日に限って休みで家に居るとは思わなかった。
「みんな同じギルドのメンバーなんだよ。」
妹はニコッと笑いながら母に報告する。
「今まだ家に誰かいるの?」
「志帆だけかな、あとお兄ちゃんとアンジェリーナさんは部屋にいるよ。」
「そう、久々の休みなの。どこかへ行こうかと思っていたのだけれど。」
母は最近忙しい。
大手銀行がお金をかけてパワーレベリングした結果、母は想像以上にスキルレベルを上げたようで、東京や福岡、名古屋、札幌と日帰りでいろんなところに毎日出張しているらしい。
毎日家に帰れることが雇用条件だった母は結果、毎日帰るために忙しくなった。
なので母の休みは希少だ。
「志帆ちゃんお昼ご飯食べるか聞いておいて、食べるならその分も作るから。昔はよく真斗くんとお昼食べたわね。志帆ちゃんは何が好きなのかしら。」
昔から真斗の親戚である志帆は大阪に来るたびに真斗と俺の家に来ていたので、母は当然、家族みんなが志帆を知っている。
「昔はエビとか海鮮系が好きだったわね。イカリングとか今でも好きかしら。」
そう言いながら冷蔵庫を開ける母。
母は昔はそれほど台所仕事は好きではなかったが、仕事が忙しくなってからは時間があれば台所にいく。
「さくらお母さん、お久しぶりです。」
妹が聞きにいくまでもなく、リビングに顔を見せに来た志帆。
「あら、志帆ちゃんお久しぶり。近くに住んでるのに時間帯が合わないから会わないわね。ところで、お昼ご飯食べる?何か好きなものある?」
「お昼ご飯いただきます。好きなものはエビとか貝とかですかね?海鮮系の甲殻類は基本大好きです。」
「なら海鮮パスタとかいいかもしれないわね。」
いつも無表情にいる志帆が少し嬉しそうな顔をした気がした。
ーーーーー
お昼ご飯は母の宣言通り、海鮮パスタになり志帆を含む6人で食べた。
普段シェフのジャックの料理を食べているが、やはり母の料理はおいしいと感じる。
「俺とアンジェリーナと志帆はこれからダンジョンに出かけるから。」
お昼が終わり、台所で食器を洗う母に言う。
「そうなの?なら私もついていこうかしら。」
え、ちょっとそれは想定外。
「えっと、母さん疲れてないの?」
「むしろ運動不足なくらいよ。最近新幹線に飛行機に車に椅子に座ってばかり。それにちょっとアンジェリーナちゃんや志帆ちゃんとダンジョンに行ってみたかったのよ。」
やる気満々の母。
「アンジェリーナどうする?母さん連れて行っても問題ない?」
アンジェリーナの耳元で俺は聞いた。
「正直どうなるかわからないわ。お母さんがついてきて、公安がどう動くかが読めないもの。それに公安に目をつけれられていることがお母さんにばれるわよ。」
母に公安のことがばれるのはこの際いい。俺は何も悪いことはしていないから。だが、作戦が失敗するのも困る。
「母さんにはついてこない方がいいよね?」
「でも、この様子ならついてくるわよ、きっと。あとからこそこそついてこられるより普通にダンジョンに行きましょう。」
アンジェリーナとこそこそと話をしている前で、母はウキウキで自分のダンジョン装備を衣装ケースから取り出す。
「私やっぱりちょっと痩せたわね。」とダンジョン装備を体に当てて喜ぶ母。
「お父さんはどうするの?ダンジョンに一緒にいきます?」
母は父も連れて行く気らしい。
「・・母さんがいくなら行こう。さくらはどうするんだ?」
父も来るらしい。
「私はパス、今日ゆりちゃんと約束があるの。」
妹はパス。
ちょっと助かった。さすがにあの作戦はダンジョンをよく把握している妹がいると失敗する確率が高くなる。
「なら、お父さん、お母さん、チャン、志帆と私が今回のメンバーね。2時には家を出たいわね。」
アンジェリーナはポーカーフェイスで表情を保っているけど、俺は今回の作戦が成功するかかなり不安だ。
ーーーーー
「商店街の中に電車があるなんて何度見ても不思議ね。」
列車もトロッコもなんでも鉄道は電車という母。
このダンジョントロッコは最近延伸されて最寄りの私鉄の駅から路面電車と同じように道路に敷かれた軌道で商店街の駅までやってくる。トロッコは商店街始発と私鉄の最寄り駅始発と2つあるくらいに、大阪ダンジョン商店街が大阪ダンジョンの入口の中でも利用者の多い入口になりつつあった。
「母さん、さっさとトロッコに乗る。もうすぐ発車するから。」
俺とアンジェリーナは寄り道しようとする母をトロッコに乗せる。
5人パーティなので、優先ボックス席に座ることができた。
パワーレベリングで数えきれないほどダンジョンに潜っていたのに、ダンジョンに飽きはないのだろうか。俺は飽きないから母さんも飽きないのかな。
「これからどこに行くの?母さん大阪ダンジョンは何回も潜ったことあるから詳しいわよ。でもここの入口から入るのは、もう何か月ぶりとかだから今は松ちゃんやアンジェリーナちゃんたちのほうが詳しいと思うわ。」
この松ちゃんというあだ名は母がつけたあだ名なのだ。それを真斗が真似をして中学校で広がったのだ。
「今回は迷いの十字洞窟に行きます。攻略は難しいですが面白いですよ。」
噴水の間駅を過ぎ、迷いの十字洞窟駅に着く。トロッコはこの先も続いているが、俺たちはここで降りる。
「はーい、今週の攻略情報だよ。1枚大銀貨2枚で販売しているよ。出口8か所の行き方すべて網羅済み!!」
「今週のフロアボスの行き方だよー、大銀貨2枚。」
「今週のモンスターのたまり場どうだい?金貨1枚」
大声を上げ、お金と引き換えに情報を売るひとが多い。それも30人はいる。
それもそのはずでこのフロアは大阪ダンジョンの中でも珍しい、迷いやすいうえに1週間ごとに道が変わっていく変異ありのフロアなのだ。だがここの攻略専門の人も多く、ダンジョン変異後すぐに攻略を開始され、1日後には攻略情報がこうして出されるのだ。
そしてこの迷いやすく変異があるこの場所は、追尾をしなければならない公安の選択肢を狭め、作戦の成功率を上げる。
こちらはダンジョン管理者たる志帆がいるので迷うことはない。
父と母がいるので攻略スピードが落ちるが、今回は公安がはぐれないで済む良い足かせになるかもしれない。
俺たちは情報を一生懸命売る人たちをよけ、迷いの十字洞窟入り口に向かう。
「松ちゃん、攻略情報買わなくてもいいの?お金がないならお母さんが買うわよ。」
迷いの十字洞窟を知っているのだろう。母が心配そうに言う。
「大丈夫よ、お母さん。私たち結構慣れてし、それに今週は一度攻略しているから情報はいらないわ。」
アンジェリーナは母をなだめつつ、手をつないで余計なものを買わないように連れていく。
公安の前で地図を買うと、その地図を頼って攻略していると思われてはぐれる可能性が上がる。
今回は公安を誘導していくのが目的なのだ。
「母さん、ちょっと途中で行きたい場所があるから、ボスモンスターまで時間がかかるかもしれない。」
公安のが近くを通ったときに俺はワザと情報を漏らす。如月さんは見つからないが、笠岡さんは意外と人に紛れるのが苦手みたいで、駅の前で時間潰しかわからないが、いろんなところの地図を買うものだから、体形も筋肉質で特徴的でありすぐにわかった。普通地図は1つしか買わない。初心者はお金がないので地図は買わないか、週末にしか来ない。
攻略情報って高いし、週末になるほど安くなるので、必要な時に必要な分だけ買うのが常識なのだ。
俺たちは迷いの十字洞窟に入る。予想通り笠岡さんが動き、その後ろを如月さんらしき人が追いかける。
如月さん今日は女装しているようだ。
そこまでされるとさすがにわからんわ!!
と本末転倒なことを叫びたくなる俺。
志帆とアンジェリーナの顔にも「まじかよ」と書いてある。
この場所、普段俺たちは来ることが無い。人が多すぎるしモンスターも弱すぎてあまりいい収入にはならない。
そんな場所にいつもと違うメンバーで向かう。そして俺の用事がある発言。
ここで俺たちが笠岡さんに気付いて急に走るとどうなるか。
笠岡さんから見ると、とてもなにか重大な秘密があると思って追尾をあきらめることなく必死に追いかけてくるはずだ。
「母さん、父さん。ちょっと走るよ。」
そう言って俺はワザと笠岡さんの方向をみてから逃げる。
父さんは鍛冶、母さんもダンジョン攻略していただけあり、それなりに走れるみたいだ。
俺は2人がギリギリ追いつけるくらいのスピードを保ちつつ必死に逃げるふりをする。そして父と母が息を上げて限界くらいで走るのをやめた。
アンジェリーナがちらりと鏡を見て確認する。
ついてきているという合図だ。
「ごめんごめん。父さん母さん。たまに攻略済みの探索者をつけて利益をはねる人が出てきてさ、それで走ったんだ。さすがに見境なしにこの距離を走ってくる人はいないからもう大丈夫。」
俺は息が上がったふりをしながら、水を一気飲みする。
「ああ、そんな話を工房で少し聞いたことがあるな。」
父さんは最果て鍛冶ギルドの大阪鍛冶場によく行くので、いろんな噂を知っているらしい。
「そうなのね。たしか、お母さんが攻略していた時もそういう人いたわね。でもあまり気にならなかったわ。」
それはパワーレベリングの依頼先がかなり強かったので利益の跳ね上げさえ気にする必要がなかっただけだろう。
「さて、ここからはモンスターも多いし、ゆっくり無理せずに攻略していこう。」
俺はポーション刀の鞘の位置を確かめて、洞窟を進みだした。
ーーーー
「笠岡さん、今回は珍しいメンバーで攻略するみたいですよ。」
ダンジョン装備で出てくる5人を双眼鏡で見た瞬間、笠岡さんは車を発進させた。
「如月、お前ダンジョン装備もってきてるよな。」
「ええ、もちろんです。今回は女性装備の物を用意しました。笠岡さんもきますか?女性装備。」
「着るか!!絶対にやらん。」
私は変装がすきで、男装して男性になり切ったり、普通の女性の服を着たりと、姿を毎回できる限り変えている。これは傭兵だったころの名残でそうしないと落ち着かない。傭兵は一度使った姿はあまり使わない方が狙われにくいのだ。
車はスピードを上げ、大阪ダンジョン商店街近くのコインパーキングに駐車する。そして後ろのトランクで着替えてトロッコ駅で待ち伏せる予定だ。トロッコ駅ならダンジョン入り口に直接はいったとしても追いかけられるからだ。
「笠岡さん、あまり見ないでください。」
「安心しろ、如月に興味はないし、子供と同世代の子に手を出す気はない。」
車は着替えが何着も入るように大きなトランクがあるが、着替えるスペースが2つあるわけではない。任務中もう慣れているとはいえ、家族以外で異性と着替えるのは笠岡さんくらいだろう。
「よし、着替えたな出発するぞ。」
笠岡さんはできるだけ体形を隠すようなダンジョン装備をきているが、やはり隠しきれてはいない。
「いいですけど、その格好であまり近づきすぎないようにしてくださいね。ばれますよ。」
「わかっている。」
世界が変異するまでは体資本の任務だったのだ。この筋肉質の体形が不利になるなんてだれも想像していなかった。笠岡さんはいろいろ努力をして変えようとしているが、体形なんてそう何か月で変わるものではない。
そうこうしているうちに、観察対象のパーティーがやってきた。今回もトロッコでダンジョンに潜るらしい。
「よし、きっと5人なら優先ボックスに座るはずだ。俺たちは分かれて一人ずつ行くぞ。無線はつねにオンにしておけ。」
「了解。」
発車寸前で慌ててトロッコに乗り込む5人私たちも分かれて適当な空いている席に座った。
一つ目の駅、噴水の間
ここは森、神山、水風、一ノ瀬のパーティーが良く降りる駅だ。いつもアンジェリーナパーティーが行く路線ではない。
「笠岡さん、この駅では対象は降りていないようです。あと、この先のダンジョンに進むのは尾行して以来初めてです。」
「わかっている私たちを意識してダンジョンの攻略場所を変えたのかもしれん。見つからないように慎重に行こう。」
次の駅、迷いの十字洞窟駅についた。
「笠岡さん、対象がトロッコを降りました。私もこの駅で降ります。」
「了解。」
私はトロッコを降りる。
情報売りが騒いているので人込みに紛れやすい。私は情報屋に話しかけて情報の内容を聞く初心者のふりをしながら時間をつぶす。
あー、笠岡さん目立っている。
笠岡さんは言ったことのない場所の情報を集めようと、情報屋から紙を買っていく。この先どうなるかわからないから買うしかないとはいえ、笠岡さんにしては珍しいミスだ。
一瞬対象のパーティに近づいた。
それが次の情報屋にいくためでそれをよける方が不自然だからしかたがないのだが、すこし無警戒すぎる気がした。
「如月、今回の尾行だが、私とはぐれたとしても尾行を続行しろ。絶対に対象を見失うな。」
いつもなら「見つからない方を優先しろ」なのに、めずらしく尾行が最優先になった。
「了解。」
私は対象をしっかりと目で追う。このフロアは前情報で迷いやすく、攻略方法が1週間ごとに変わるというのがわかっている。スキルの視力拡張をつかっても十字路が多すぎるので、距離をあまり開けることはできない。私にとって不利なフロアだ。
「対象が、フロア入口に入る。尾行を開始しする。」
私は笠岡さんに報告をして尾行に入る。笠岡さんも同時にうごいたのでほぼ並んで歩くことになった。
しばらく歩くと、一人が振り向いた時、私たち2人がついてきているところをみられ、対象パーティは一気に走り始めた。
「追いかけるぞ。」
笠岡さんも慌て走り出す。だが、今度は見つからないように絶妙な距離をとり、足音を立てない特殊な走り方で走る。
さすが笠岡さんと感心する私。
どうにか見失うことなく追いかけることができたが、同時に私たちは現在地を見失った。
私たちは2つの意味で見失うわけにはいかなくなった。
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