第16話 事件2

水風 鈴

俺の中学の時の同級生。


神山と中学時代から仲が良く、そのせいもあって話す機会が多かった同級生。


アンジェリーナほどではないが鈴は高校2年とは思えないスタイルを持っている。そしてキャバ嬢並みに男の捌き方がうまい。ただ本人は恋愛に関しては真面目だ。


中学生の頃はよくモテていた女子として有名だった。特に先輩から告白されるのが多かったらしい。

だが、いくら良物件の先輩が告白しても決してOKはしなかったという。


そしてその鈴が庇う男、健太。


なんとなく2人の関係はわかった。きっと健太が例の彼氏なんだろう。


「まず、状況を説明して欲しい。今のままだと何が何だかわからないよ。」

俺は鈴に言う。


「僕が話します。」

さっきの男が言い出した。

「僕は一ノ瀬健太です。その・・・水風鈴の彼氏・・・です。そしてダンジョン部員です。」


「それは知っている、一ノ瀬を知らないのはアンジェリーナと松ちゃんくらいだ。彼氏だったのは初耳だけど。」

ちょっと真斗はイライラしている。

「問題はそこじゃない。何故志帆のノートの写真を持ってるんだ!!。」

真斗がイライラを抑えきれなさそうに立った。


「待って、それをこれから説明するんでしょ。落ち着いて真斗。松ちゃんも来たし、これから説明するって。」

神山が諫める。真斗は席に座る。


「この写真はダンジョン部の先輩が持っていたノートの写真です。昨日、いつも通りにダンジョンに行こうとしたのですが「今日は勉強会をする」って言い出したんです。」

一ノ瀬は話始めた。

「今、大阪ダンジョンの情報は知られているようであまり知られてないんです。藤岡達皆さんみたいにダンジョン奥深くによく行く人は、あまりにも当たり前すぎてなにも感じないかもしれませんが、トロッコでいける範囲のモンスターの情報、そしてその周囲の情報、どんな装備が必要か。なにが有効か、モンスターの攻撃パターン。その全てが価値があり、一部では売られているくらいなんです。」


藤岡というのは真斗の苗字だ。久々に聞いた。


「ダンジョンに潜るベテランの方、特にガンマンの方はよくこう言ったモンスター関連のノートを作ります。そのノートのコピーは情報屋に売られ、それを精査し、ダンジョン情報として売られています。ですが、自分で作ったノートを売る人は少なく、個人の戦術などもあって売る人はあまりいません。売らなくても、売れるような情報を持ってる人は十分な稼ぎがあるからです。その関係でダンジョンの深部の情報は希少なんです。」


へー、知らなかった。


「俺、一応ガンマンなのにそんなの初めて知ったぞ。ダンジョンノートって何?教えられてないんだけど。」

「松ちゃんには必要ありません。松ちゃんには属性なんて関係ないですから。ダンジョンノートはどの属性がどのモンスターにどの部位に当てると有効かを記録しているノートです。ついでにいろんなことも書きますけど。それよりも一ノ瀬さんの話を折らないでください。」

志帆に注意された俺。


「その日のダンジョン部内勉強会の内容ですが、最近トロッコで繋がったあたりのモンスター情報、そしてその周辺のモンスター情報が主な内容でした。今一番よく売れていて、値が高い情報です。僕は初め、先輩達が買ってきた情報が当たりだったと喜んでました。


ダンジョン部は部員は多いですが、装備が必要なためお金がかかります。当然部費もかかります。先輩はそれでもダンジョン情報を買うことを決断したと思ってました。ケチい先輩にしては中々良い部費の使い方だったので。ですが違いました。僕は部長で会計も担当なので先輩に情報量を部費に入れる為、先輩に領収書の提出を求めました。そしたら「良いよ、物がないものの領収書を学校に出せないだろ?今回は俺が出すよ」って言われたんです。


さすが先輩っとその時は思いました。しかし、ちょっとした装備まで、趣味と思えるようなものも部費にする先輩らしくないと思いました。不思議に思っていたのですが、別の筋から1年生から聞いたんです。学年バッチを3年生と交換されられて、藤岡の荷物を漁るよう命令されて断りきれずにやってしまったと。盗んだのはポーション一本です。その子は部を辞めました。そしてそれを命令したのは情報を買ってきた先輩でした。辞めた1年の後輩に事情を聞いたら、泣いてました。そして藤岡に謝りたいと。でも盗んだポーションは先輩に持っていかれて、そんな高級なものを弁償するお金も無いので謝るに謝れないと言ってました。それを僕に告白してからその子は高校に来ていません。


僕は盗んだポーションを売って買った情報だから、その証拠である領収書を提出できなかったのだと思いました。

俺はもしそうなら、許せないと思って先輩に問い詰めました。そしたら先輩は、「は?俺は何もしてねぇよ。大体あの情報がポーション一本の値段で買えるかよ。俺の善意にケチつけるな。」って。


確かに言われてみればポーション一本で買えるような情報ではなかったと思いました。だけどどうもあの先輩が善意でするとは思えなかったんです。そして昨日ダンジョンに潜っていた時、先輩はこそこそ隠れてノートを見ていました。普段ならそういうことをしないし、ノートをダンジョン内で見るなんて、よほどの初心者くらいです。ノートを見て射撃なんてできないですから。でも、ダンジョン情報がの載っているノート。僕は気になって先輩に見せて欲しいって頼んだんです。そしたら先輩が動揺して、絶対見せないって言いはったんです。


何か部費で自分の武器を買ったら見せびらかして、ケチで自慢する先輩にしてはおかしいとその時思ったんです。」


その先輩最悪な性格だな。

俺は思わずにはいられなかった。


「俺は先輩には悪いと思いましたが、ノートを調べる事にしたんです。先輩のロッカーを調べました。そしたらポーションケースに入ったポーションとノートがありました。ノートには玉城志帆さんの名前が、ポーションケースには藤岡の名前が英語で彫られていました。そして部員のほとんどがノートを盗んだことを知っていました。僕が知るとこうなるのを予測して買った事にしたそうです。」


玉城は志帆の苗字だ。


「俺はとりあえず写真を撮りました。彼女の鈴が藤岡と同じ中学校出身で仲が良かったと言っていたので、ポーションを盗まれていないかを聞きたかったからです。本当は僕から聞くべきでしたが、もしかしたら盗んだのではなく、もらった可能性もなくは無かったので。それで盗まれていたのがわかって謝る場を作ってほしくて鈴に頼みました。それに玉城さんは藤岡さんの従姉妹だと聞いたので。」


一ノ瀬は立ち上がった。


「今回はダンジョン部がご迷惑かけてすいませんでした。部長としてまずは謝らせてください!そして志帆さんのノートを勝手に見てすいませんでした。」


「一ノ瀬くん悪く無いじゃん。」

神山が言った。

「私もそう思うのよ。でも健太は正義感と責任感が強いから。そこが好きなんだけど。」

鈴は少し惚気ている。


「ギルマスとして一ノ瀬くんの謝罪は受け入れるわ。ただし受け入れるのはダンジョン部の謝罪ではなく、一ノ瀬くんだけよ。盗んだのを知っていて何もしない連中の謝罪はいらないわ。

真斗のポーションはともかく、志帆ノートは取り返したいわね。あとその先輩にお灸を据えてやりたいわ。」


「おい、なんで俺ポーションは“ともかく”なんだよ。」

「だって、ポーションなんて盗まれてもお金の問題しかないもの。ケースを失ったのは少し残念ね。自分で情報を集めて作るノートというのはとても大事なものよ。稼ぎが十分だから売らないのではなく、大切だから売らないのよ。私もガンマンだから志帆の気持ちがわかるわ。」

真斗の文句を完封するアンジェリーナ。


「志帆ちゃん、ノートは取り返す。それでダンジョン部は破産してもらう。どう?」

「・・・わかりました。アンジェリーナさんお願いします。」


アンジェリーナは胸ポケットからメモを取り出し何かを考えはじめた。

そこにマスターがやってきた。

「失礼します。ご注文のチョコパフェとホットコーヒー2つ、アイスミルクティーに、サイフォンホットコーヒー。抹茶コーヒーパフェ、アイスコーヒーバナナラッシーです。ごゆっくり。」


俺の前にはサイフォンコーヒー

アンジェリーナには抹茶コーヒーパフェ

神山の前にはチョコパフェ

真斗と志帆の前にはホットコーヒー

鈴にはアイスミルクティー

森にはバナナラッシー。

一ノ瀬にはアイスコーヒーが置かれた。


バナナラッシーって何だよ。なんでラッシーなんだよ。

俺のバナナラッシーへの目線に森が気づいた。

「ラッシーって飲んだことないから飲んでみたかったんだよ。神山も勧めてきたから!」


ハイハイ


「とりあえず、休憩しましょ。ところで鈴はいつから一ノ瀬くんと付き合ってるの?」

鈴が珍しく赤くなる。男をあしらうのはうまくても女の子は無理みたい。


「ち....ね...時。」

小さく呟くように答える鈴。


「えー聞こえないよ?」

煽る神山。


「中学2年の夏休みの時!」

恥ずかしそうに答える。


「それって告発ラッシュの前じゃん。」

森、さっきまで自分に関わりがある話ではなかったために大人しかったが、急に元気になる。


「なに?森勇大くん?初恋の相手のことだからよく覚えてるのかな??」

「え?そうなの?私はてっきり....」

神山の煽りに、乗っかる鈴。それを森が遮った。


「ちょ、待て。言わない約束だろ神山。あの日話した内容は全部忘れろってあの時約束しただろ?あと鈴、その予想はあってるから絶対に言うな。絶対だぞ。言ったら鈴の夏休み事件を暴露するぞ。」

「え、私それ秘密にしてるつもりなかったんだけど。確かに森くんしか言ってなあ。」

森は鈴に脅しをかける。


ちょっと待て、それめっちゃ気になるんですけど。


「鈴、夏休み事件ってあの出会った日のこと?」

一ノ瀬が鈴に聞く。

「そうそう。懐かしいな。」


「ちょっとなにそれ。鈴、教えなさい。森の初恋の相手と夏休み事件を。」

「いやよ。その方が面白そうだもの。それに森くんに脅されちゃったし?これを話すと森くんの脅しが意味なくなるでしょ?」

静、もとい神山はものすごく気になるようだ。


ちなみに静はしずかではなく、しずと読む。神山は自分の名前が有名キャラと似ているのでよく名前を間違えられる。


「俺も気になるんだけど、森の初恋相手。鈴教えてよ。」

真斗が食いついた。

「ん...話してもいいけど、森くんが嫌がってるし。それにその方が面白いから。森くんが告白したら教えるわ。もしかしたらもう冷めてるかもしれないけど?」

鈴は森を見る。


「今から考えたら告白みたいなことはしたけど、告白はしていない。多分これからもしないと思う。けど、鈴。誰か言ったら恨むからな。」

森の脅しに「えー、わたし恨まれちゃうのぉ?じゃー、いーわない。」とニッコり笑い、唇に人差し指を当てた。


「いいこと思いついた。私にしては穏やかだけど、でもこれくらいはしたいわ。」

アンジェリーナは突然大きな声を上げた。

「ダンジョン部にはダンジョン部らしくダンジョンの怖さ味わっていただいたあと、志帆のノートを盗んだことを後悔させ、経済的に廃部になっていただきましょう。そして一ノ瀬くんはダンジョン部をやめてもらいます。ダンジョン部が持つ志帆のノートを売ってからね。」



ーーーー

<元宮高校ダンジョン部部室>

一ノ瀬は全員が帰ったダンジョン部室のロッカーにいた。そして先輩のロッカーを開け、盗まれた志帆のノートを奪った。


翌日の放課後。俺は紙束と大量のポーションと共にダンジョン部の部室に入った。


「お疲れ様です。」

大量のポーションを見て全員が驚く。


「どうしたんだ、そのポーション。」

先輩は驚く。

「先輩のロッカーにあったノートを売ってポーションに変えてきたんです。ちょっと怪しい人感じの人でしたが、ノートの情報が良かったらしくこんなたくさんのポーションと交換してくれました。」

僕の言葉に顔が青くなってロッカーに行く先輩。


「おい、ノートが本当になくなっている。」

先輩がそう言うと、「おい、一ノ瀬、どうしてくれるんだよ。これからのダンジョン攻略。俺たちの将来がかかってるんだぞ。」と3年生の先輩たちが文句を言った。


「いいじゃないですか。どうせ盗んだノートでしょ?ここにノートがあると盗んだものってバレますよ。ちゃんと名前とか個人情報になるものは消しました。それにノートはコピーを取っているので大丈夫です。」


そう言って一ノ瀬は全員に紙束見せた。


「念のためにこのコピー、金庫に閉まっときますね。」

一ノ瀬はそう言って空っぽの金庫を開けてノートのコピーの紙束を仕舞った。


ノートを盗んだ先輩は文句を言っていたが、それ以外の部員は納得していた。

「いいじゃないか、一ノ瀬くんがノートを処分してくれたおかげで、もうバレる心配もないし。それに一番の心配事だった一ノ瀬が先生とかに言う可能性もなくなったじゃないか。」

3年生の部員は安心した顔をしていた。


「でもよ、怪しい人からもらったポーションなんて危なくて使えないじゃないか。」

まだ文句をいう。


「ちゃんとしたポーションですよ。それに盗品をまともな店に売れるわけがないじゃないですか。そこまで言うなら本物かどうか確かめましょう。」

一ノ瀬は自分のロッカーから、ダンジョン用のナイフを持ってきた。


「おいやめろ」と止める先輩を無視して一ノ瀬は自分のナイフを腕に刺した。

傷口からダラダラと出血する。一ノ瀬は大量のポーションから適当にポーションを取り、開封して傷口に半分かけて、半分は飲んだ。すぐに治る傷、そしてポーション特有の瓶の消え方。


「本物みたいだ。」

部員は次々にその言葉を口にした。


「最近装備を買って部費がありません。ポーションを何で買ったかも書けませんけど、部費がもっと必要です。ですから実績を上げて部費の増額を目指したいです。立てて歴史が浅いので手取り早くダンジョンに潜って実績を作ります。いまなら情報もポーションもあります。情報が古くならないうちに、ポーションがあるうちに、今日のダンジョン探索は今まで行ったことのない深い場所まで潜りたいです。」


そう言って一ノ瀬は金庫からノートのうち一枚をもってくる。

「このページを見てください。この噴水の間の第十四番通路の奥にミノタウルスの巣の攻略法があるんです。そしてこのミノタウルスの巣のミノタウルスはアンデット属性があってポーションを投げると簡単に死ぬらしいです。」

そう言ってノートのコピーを指差す一ノ瀬。


「ミノタウルスの巣は罠があり、一度入るとミノタウルス8体を相手にしないといけないそうですが、ダンジョン部の人数と装備なら2体くらいなら倒せると思います。そして無理してギリギリになってもポーションを投げれば死ぬなら、こっちもギリギリまで戦ってポーション節約すると言うものできます。装備を新調して調子を確かめる意味でも、今なら安全に強い的と戦えるのならいい経験。ミノタウルス倒して素材も手に入る。そして8体倒せば宝箱箱が手に入るので。この内容によると、このノートを書いた人は宝箱から中級ポーションを手に入れたそうです。これだけポーションがあれば何度も挑戦できるのでいい実績になります。」


一ノ瀬の提案に、全員が賛成し、今日はダンジョンに行くことになった。ただ、盗人先輩からの提案でダンジョン探査は1年は抜きで、2年と3年のみになった。

1年生は人数が多いので、報酬を分けるのとこんな美味しい経験値稼ぎを先輩は渡したくないんだろう。他の先輩も就職があるので、スキルのレベルは上げておきたいので賛成のようだ。


ダンジョン部はダンジョンの商店街の駅に向かったしっかりと新しく買った装備、そして大量のポーションを持って。


「すいません、先輩。情報を整理するのに必死で財布忘れました。ちょっと部室に取りに行きたいです。」

一ノ瀬は駅に入る前に慌てて言った。


「おい、2年生。誰か貸してやれよ。って言ってもみんなギリギリしか持ってきてないよな。」

盗人先輩は笑う。

「一ノ瀬、本当はポーションを一本渡して売ってこいってのが先輩らしい行動なんだけど、今回はこのポーションが攻略の鍵なんだ。だから部室に財布を撮りに行け。俺たちは先にいく。あとから追いかけてこい。」


そう言って一ノ瀬を置いてきぼりした。トロッコはダンジョンの中を走る。

そこに例のムカつく2年生達のパーティーがいた。

「無理しないでください。仕方がないですね。もったい気もしますが中級ポーション使いましょう。」


ノートを盗んだあの玉城とか言うやつがひどい怪我をした藤岡というやつに中級ポーションをかけている。あの液体の色。間違いなく中級ポーションだ。


盗人先輩は期待が増していた。中級ポーションを気軽に使う。それは中級ポーションを手に入れる方法を知っているからだ。そうでなくては中級ポーションなんて高いものを早々使えない。


カンカンと鐘を鳴らすトロッコは大きな音を立てて噴水の間に向かっていく。

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