第15話 E

毎朝のことだが、アンジェリーナは起きてこない。

特に早朝ともなると、ほぼ絶対起きてこない。


6時に高校に集合、家を出る時間は5時30分。

今の時間は5時。俺はアンジェリーナ部屋に向かう。


一応ノックするが、返事はない。

毎朝のことだが、やはり起きていないみたいだ。


ちょっと前は妹が起こしていて、妹が朝早く行く時に俺が起こすことになっていたが、ギルドホールでお肉パーティをして以来、アンジェリーナを朝起こす係になった。


いや、俺はいいんだけど、男に起こさせる女子高生ってどうよ。俺の方が歳下だけど。


寝顔もガッチリみられるぞ。アンジェリーナから一方的とはいえ告られたけど、まだ付き合っているわけでもないのに。


女心というのはわからん。

同居でもしてないかぎり、ちょっと可愛い服着て、普段着だけど、可愛いでしょアピールがデフォだと思うんだけどな。


そう思いつつ俺はアンジェリーナの部屋の扉を開ける。信用してるかどうかわからないけど、鍵がついているのに使う気配はない。無用心なのかそれとも信用しているのか。


アンジェリーナの部屋は相変わらず綺麗だがカオスだ。埃ひとつないのに論文とノートと実験器具の森。


マットサイエンディストとかいると映えそうだ。


ベットで男のごとくパンツ1枚で寝るアンジェリーナ。春の風が流れて少しひんやりしているが、きっと布団に潜るなら快適な室温だろう。掛け布団の一部を抱き枕に気持ち良さそうに寝ていた。


毎回この起こす寸前、ちょっとだけ悪い気がする。だが心を鬼にして俺は布団をめくり脇腹に手を入れてこそばした。

上半身裸の女性を触るのはちょっと前は抵抗感があったが、アンジェリーナに関してはもうお手の物だ。もはや恋人うんぬん通り越してそこらへんは家族の感覚。


こそばして2秒で起きるアンジェリーナ。


「おはようチャン、今何時?」

「今5時30分。今日高校で事件の操作するんだろ?」

「そうそう、分かってるわ。」

「なら、高校に行く準備をしろ。俺はリビングに行くから。」


最近アンジェリーナは少し老け初めている。よく見ると棚の上のスキンケアの溶液がなくなっていた。


なんというか、あったらやるけど無くなったらしないタイプだな。実験や研究なら何も負わなくても色々するのに。


これは俺が買うべきか、それとも女性のことだから、何もしないべきか。


変に細かいところに気付いてしまって、そうするべきか悩む。

だが、とりあえず今はリビングに行こう。


俺はフライパンにベーコンを4枚、卵4つを入れ、ベーコンエックを作る。出来上がり前に塩胡椒を振るのを忘れない。


ご飯とサラダは母が昨日のうちに用意していた。


朝ごはんができる頃にちょうどアンジェリーナ降りてきた。アンジェリーナの学校支度は男子よりも早い。


起きた時ボサボサだった髪が寝癖もなく整っている。ロングヘアーなのがいいのか。俺は寝癖が付くと治らないタイプなので少し羨ましい。


毛先が少しカーリングしているのはおしゃれではなくて、寝癖なんだろうな。


俺はテレビをつける。コップに牛乳を2人分注ぐ。

アンジェリーナは行動は起きているが、思考がまだ寝ているようだ。半分オートでご飯を食べている。


少し持ち方がぎこちないが、お箸も上手に持てるようになっていた。お箸の握り方が少し変な日本人と食べる速度はそう変わらない。


「アンジェリーナ、あと5分くらいで出発するぞ。」

「OK、わかったわ。」


いつもなら起きた瞬間はともかく、今日はアンジェリーナの様子がどうもおかしい。

高校に行くもの荷物を持って歩いているだけ、時々道を間違える。その度に元の道に連れて行く。信号を何も見ずに無視して渡ったところで危なっかしいので手を繋いで歩くことにした。


手を繋ぐといってもアンジェリーナの手首を俺が一方的に掴んで引っ張っているだけだ。恋人とかが繋ぐそれとは違う。


高校に着いて上履きを履き替えるのもぼーっとしていてしないアンジェリーナ。そのまま土足で校内に入ろうとするので、アンジェリーナのロッカーから上履きを取り出して履き替えさせる。


教室に入ると自分の机に座った途端そのまま寝落ちする始末。


これはダメだな。


真斗が俺とアンジェリーナしかいない教室に入ってくる。

「アンジェリーナ、今日も二日酔いか?」

「いや、昨日はお酒飲んでないはず。けど、朝からほとんど意識がない状態なんだ。信号を無視しかけるし、道を間違えるし、自転車にぶつかりそうになるし。」

真斗は少し考える。

「睡眠時間がたりてないんじゃねーの?」

「まさか、それでこうなるか?それにアンジェリーナは3時間睡眠すれば生きていけるっていってたぞ。」


そのまさかで、30分寝かせて起こしたらアンジェリーナは普通に目が覚めた。

最初の一言は「あれ、私ベットで寝ていたはずよね?なぜ高校にいるの?」だった。


今日の朝から投稿するまでの記憶が全くないらしい。


「朝、朝ごはん食べるまではよかったのに、朝ごはんも無言で食べるし...。」

俺はここに来るまでの様子をアンジェリーナに言う。

「全く覚えてないわ。何一つ、昨日少し早めに寝たのは覚えているんだけど。」

「ところで何時に寝たんだ?」

「午前3時30分。」


なるほど、2時間しか寝てない。そして意識が覚醒したのが6時半。きっちり3時間。歩きながら寝て、高校の机で寝て睡眠時間確保。


便利というか超人というか、人間3時間睡眠とれば生きていけるを実証した存在だなアンジェリーナは。


そう思わずにはいられなかった。


起きて早々、アンジェリーナは自分の鞄を探る。

そして自分のポケット、もう一度鞄の中、今度は体操着やら弁当やら教科書やら鞄から全ての物を取り出して確認、ポケットも全てひっくり返す。

「ない、忘れた。指紋採取キット。筆しかない。」

もう一度鞄を探すアンジェリーナ。

「朝早く来たのに全部忘れた。朝早く来た意味がなくなった。」

しょんぼりするアンジェリーナ。


「今から帰っても、もうみんな来ている時間だから。今回は諦めろ。」

「ちょっと 犯人はお前だ!! ってやってもたかったのに。」


そのために珍しくダンジョン関係でないところで本気を出していたんですね。


「でも、志帆のダンジョンノートへの手がかりが少なくなったのは残念よ。情報だけなら私が持っている情報もそれなりにあるから。でもあのようなものは思い出もたくさんあるから。私も大切にしている実験のノートたくさんあるから。」


そんなことを考えていたのか。

朝やったのは先生達に志帆のものが盗まれたりした事を報告しただけだった。


昼休み、今日は念のため食堂に行かず教室で弁当を食べることにした。


「サンディ、ダンジョンの中ってどんな感じなの?」

「ウスくらい、みちはヒロいケド、せまいトコろもあるヨ。いまはチカまでてつどうが、ある。楽チンよ。」

神山と森、俺で3人で食べる。神山と森は最近ダンジョンにお熱だ。


「俺もダンジョンに行ってみたいな。ゲームみたいに俺も武器を振り回したい。」

「私も行ってみたいな。でも武器を持ってモンスターと戦うにはいいけど、生き返るとはいえモンスターに殺される可能性があるのが怖いけど。」

ダンジョンに憧れる神山と森。俺は妹に半分強制されて入ったけど、本来はこうやって憧れていくところなんだろうな。


「ナゼ?こわイ?ムリしたらシヌ。ムリしないとシナナい。ダンジョンないなら、イキカエる。イケるのにいかない。ダンジョンナイノとイッショだよ。」

アンジェリーナの日本語も、段々と上達している。


「私には一緒に行ってくれるパーティいないから。どうしてもね。」

「モリといけばイイトオモう。」

「森と2人で行くとか嫌だ。」

「神山と2人で行くとか嫌だ。」

アンジェリーナには何故この2人が2人っきりで行くのを嫌がるかわからないと思うが、ダンジョンに男女2人ででいく事は男女の関係ですと言ってるのと同じだからだ。


もちろんただのタッグの場合や兄妹など全く関係ないパーティも多いが、ダンジョンに入る際パーティは手を繋いで入るため、この噂は大きく広がっており、実際男女の関係である場合が多い。


それ故に神山と森は2人で行くのを嫌がり、誰かを巻き込みたいのだ。


なら1人でダンジョンに入れば良いと思うかもしれない。

しかし、これもまた別の理由でほとんどの人が必ずパーティを組む。


ダンジョンで死ぬと、デスカプセルとう状態になる。デスカプセルは1時間以内にパーティメンバーかギルドメンバーが拾わないと消えてしまう。デスカプセルを大阪ダンジョンの入り口か、何処かにある復活の滝に入れると、大阪ダンジョンの護符を1つ失うだけのペナルティで済むのだ。


もし1時間以内に拾えなかったり、全滅すると服も装備も何もかも失って、パーティメンバー全員で沼から復活になる。これも男女の関係が多い理由だ。



「あー、他に一緒にダンジョン行ってくれる人いないかな。せめて3人なら良いんだけどな。いっそのことダンジョン部に行くって手があるんだけど。」

神山が呟く。


「ダンジョンか。あのクラブ、3年生が就活のために本気でダンジョンに挑む人多いから、文化部なのに運動部よりもキツいって噂だし、俺には無理。」

森の意見に神山は「私も。」と言った。


「そういえば鈴がダンジョン部に入ろうか迷ってるって言ってた気がするわ。もしかしたら鈴もパーティメンバーが欲しいのかも。ちょっと聞いてくる。」

そう言って神山は隣のクラスに行った。


「いや、鈴の彼氏がダンジョン部だからだろう。あいつはたまに彼氏とダンジョン潜ってるぞ。2人の邪魔するなよ。...ああ、話を聞かずに行っちゃた。」

いたずら好き森は意外にも男女の関係は邪魔しないタイプらしい。


その日の待ち伏せたが昼休みに盗みに犯人が来ることはなかった。ただ昼休みの終わりに帰ってきた神山が、なんとも言えない顔で帰ってきたのが気になった。


「ねぇ、サンディさん。松ちゃん。放課後時間ある?ちょっと鈴が相談したいことがあるから、真斗と一緒にいいEカフェについてきて欲しいんだけど。」

5・6時間目の休憩で急に神山はそう言って来た。

Eカフェというのは、中学時代によく行った超隠れたカフェ。広くて美味しい紅茶やコーヒーを出すのにほとんど客が来ない。


マスターのお爺さんが趣味で出しているお店で自力でお店を見つけた人か紹介された人しか来ない。引退してのんびりするために開いたお店だから、忙しくなるのが嫌らしく、インターネット紹介や取材一切お断りのお店なのだ。地下にあるのに看板すら表に出していない。


郵便受けに書かれたEカフェと一緒に書かれている営業時間が、唯一の営業時間などを知る手段だ。


「できれば、サンディさんが私達の日本語がわかるようにその松ちゃんがつけている指輪の予備があるなら3本くらい持って来て欲しい。」


中学生の頃はよく行ったが、ここを指定してくるとは何かあったのだろう。


「OK、何時くらいにEカフェに行けばいい?」

「4時くらいで。真斗と真斗の従姉妹の志帆ちゃんも呼んでるから。ちゃんとサンディさんも連れてきて。」


放課後、俺はアンジェリーナを連れてなつかしの中学校への登下校ルートを歩く。

俺たちの昔の憩いの場、Eカフェは家と中学校の距離的にちょうど真ん中にある小さな路地を入り、10分くらい歩いたところにある。

完全なる住宅街、一番近いコンビニに徒歩で10分ほど。田舎では車が多いので気軽な距離だが、都会っ子にとっては若干遠く感じる距離だ。「コンビニいこーぜ」てきな感じで気軽に行くことはできない。


大量生産品のような同じ外観の家が並ぶ地域を超えて、昔っからの民家が出てきた当たりで一階がお好み焼き屋の店をみつける。建物の1階はよくお店が変わるが、いまは大阪のお好み焼き屋が入っている。

おれとアンジェリーナはそのお好み焼き屋を建物に入る。目の前は2階への階段。このマンションの住人用のものだ。そして階段の裏に回ると地下への階段。そして階段前に郵便受けが一つ。


Eカフェ


明らかに店舗には向かない作り。そしてカフェなのに地下にある。


1階のお店がスポーツ用品店の時、サッカー部の真斗に付き合ってきていた。スポーツとは全く縁がなかった俺はすぐに飽きてスポーツ店を出た。その時真斗が買い物が終わるまで、このマンションの周りをウロウロしていて見つけたのだ。


階段裏の扉にOPENの看板。郵便受けにはEカフェ。買い物が終わった真斗と一緒に恐る恐る入ったのが懐かしい。


「アンジェリーナ。ここが言っていた隠れた喫茶店だよ。」

「なにココ、本当に真っ当なお店なの?薬とか売ってない?」

「ないない、大丈夫。何度も行っているお店だから。」


俺とアンジェリーナは階段を降りてOPEN看板がかけられた扉を開いた。


入ると高い天井。大きなシャンデリアと4つの天井にシーリングファンが4つ。


カフェの半分はシャンデリアがある地下1階と地下2階の吹き抜け。奥は木のデッキで作られた地下1階、そしてマスターがいるカウンターと同じフロアの地下2階。地下2階部分は床がコンクリートになっている。そして広いカウンターのちょうど対面の壁付近には直に植えられた観葉植物。地下とは思えない空間。そして小さなステージがあり、ステージの端にはグランドピアノが置かれている。


「わぁーお、チャンココすごい。このカフェだけにここを作ったのかな。階段が長いと思ったけど、こんな空間が広がっているなんて!!。」

俺も初めてこのカフェに来た時はこれくらい興奮した。アンジェリーナみたいに騒がなかったが。


「お久しぶり、松くん。今日は懐かしい面々が多くて嬉しいよ。それに新しいメンバーかい?お嬢さん、お店を褒めてくれて嬉しいよ。」

マスターは初老から少し老けた気がする。でもまだまだ元気そうだ。


「お久しぶりです、マスター。ほかのメンバーはもう来ているんですね。」

「ああ、2階にいると思うよ。さっきコーヒーとパフェ持って行ったから。」

そういいながらマスターはメニューを渡してくれる。

「わかりました、ありがとうございます。」


Eカフェは注文時支払い制のお店だ。入店してカウンターで注文してその場で支払い席に行く。追加注文の時もその場でお支払い、おつりは商品が来る時だ。

「アンジェリーナ、日本語のメニュー読める?」

「日本語の下に、英語が書いてあるから大丈夫よ。」

あ、本当だ。意識したことがなかったから気づかなかった。


「マスター、この本日のパフェってどんなパフェですか?」

「ああ、今日は抹茶とコーヒーベースで、コーヒーシロップを少ししみこませたスポンジと、抹茶のスポンジを相にして、スポンジの間には甘みの少ないホイップに少しフレークが混ざったもの。上には抹茶アイスにコーヒーゼリーだよ。」

アンジェリーナはパフェを想像しているようだ。


「私、パフェにするわ。あと、パフェの後にアイスコーヒーもお願いします。」

「俺はいつものサイフォンコーヒーブレンドで。」

俺たちはそれぞれお金を払う。


「そういえば、アンジェリーナ。普通にマスターと話していたよね。マスター英語話せるんだ。」

「何言ってるのチャン、マスター日本語で返事していたわよ。指見なかったの?翻訳指輪していたわ。さすがの私も初対面の日本人に何もなしで英語で話しかけないわよ。」

ウットデッキの階段をのぼりながら、アンジェリーナは言った。


あ、そーですかー。まったく気づきませんでした。はい。


マスターの言う通り、奥には真斗たちがいた。

メンバーは真斗、志帆、神山、森、鈴、そして知らない男が一人。


男は急に立ち上がった。

「松さん、サンディさん。今回はご迷惑をおかけして、すいませんでした!」


ぽかんな俺とアンジェリーナ。


「まって、健太は何もわるくないでしょ?。」

男、いや健太とやらを庇う鈴。


「あのー、とりあえず迷惑なので座りましょ。俺いまどんな状況かまったくわからないから。」

俺は健太を落ち着かせ、席に座る。


「鈴、とりあえず今どんな状況でどうなっているか説明してほしい。」

俺は一番状況が詳しそうな鈴に話を聞くことにした。


「実はこれ。」

鈴は健太から健太を借りて、一枚の写真を見せてくれる。

そこにはダンジョン記録と題名が書かれたノートが一冊写っていた。

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