Ⅻ.セルキヤの戦い‐⑤

 戦場をグルっと回って、分かったことがある。

 鷲獅子騎兵とローマ騎兵を壊滅させたものの、戦況は思わしくない。

 敵の歩兵は見たところまだ二万はいる。対してこちらの歩兵は一万。兵の質も多分ローマ軍の方が上だ。このまま正面から押し合えば、長くは持たないだろう。そうなると騎兵が頼みだが、ヴェルダアースは足止めされ、霊羊騎兵のエクサトラも生死が分からない。

 そしてオレが駆けつけた時、左翼の霊羊騎兵は半壊状態だった。

 累々と横たわる死体は、そこで激しい攻防があったことを物語っていたが、その多くは女精で、戦慣れしたオレも思わず目を背けてしまった。

 それでも立ち止まらずに馬を走らせ続けているうちに、見知った顔を見つけた。

「エクサトラ! 無事だったのか!」

「ええ、とても無事とは言えませんが……なんとか命だけはあります」

 エクサトラは笑ってみせたが、なんとも痛ましい姿だった。腹部を槍が貫通し、光沢自慢の緑の絹服は、生々しい血の色で照り輝いている。鹿に跨ってはいたが、走らせるのはもう無理だろう。心配した部下の一人が、悲痛な声で訴えた。

「将軍、もうじっとしていてください! あとは私がやりますから!」

「いや、私がやる!」エクサトラは譲らなかった。「この戦の勝敗は私たち霊羊騎兵の働きにかかっているのよ。私が指揮を執らないと……!」

 一万にもなる霊羊騎兵は、パルテミラ軍の要。その指揮官という役目は、ある意味、総指揮を執るゼノビアより重要と言えた。エクサトラはそのことを、よく理解している。そしてその役目を全うするだけの覚悟もあった。見た目は可愛いのに、芯の強い女だ。

 オレが事情を説明すると、エクサトラはナバタイ騎兵と戦う味方を援護するように言った。

 ナバタイ騎兵はすでに霊羊騎兵の抵抗を突き破り、ゼノビアの歩兵部隊に仕掛けているとのことだった。エクサトラは、二万を超えるローマの歩兵も抑えなければならず、こちらには手が回らないようだ。

「気を付けてください。相手は相当の手練れです。恐らく指揮しているのはキュロス。あれは我が軍のことを熟知している者の戦い方です」

「分かった。キュロスの方は任せておけ! そっちも死ぬなよ」


 ナバタイ王国は、パルテミラの南に位置する遊牧民の国で、元々は隊商キャラバン貿易や盗賊稼業で栄えていたと聞く。近年は陸の交易路の重要性が落ちて国力が衰えたこともあり、隊商の護衛や盗賊崩れが、こうして傭兵として出張ってくることが多くなってきたという。

 エクサトラの言った通り、ナバタイ騎兵の戦闘技術は侮れないものだった。裸馬に跨り、疾走したまま弓と剣を巧みに操る。そして戦い方がこれまた嫌らしい。

 霊羊騎兵には、雷光騎兵と同じように、部隊毎に回復役の魔術師がついているのだが、奴らはそれを集中的に狙うのだ。序盤から戦場を駆け回っていた霊羊騎兵の体力は、もう限界が近かった。駱駝部隊も追い返され、矢を補充することもかなわない。

 オレが来てからも、状況は少しもよくなる気配がない。ヴェルダアースが到着しなければ、どうにもならないように思われた。

 そんな中で突如、敵の陣列が崩れ立った。意外な方向から、意外な形で。

 敵の後方から、馬のいななきが聞こえ、振り向いた馬たちがまた驚いたような声を発して、まるで犬に追い立てられる羊のように逃げ出したのだ。混乱の中で、何騎かのナバタイ騎兵が落馬した。

 左右に逃げ散った敵の間から現れたのは、小さな騎手を乗せた黄色い猫――

 まさかの、雷光騎兵バルドロスだった。

 雷光騎兵は逃げ散った馬をさらに追い回し、敵の陣列をさんざんにかき乱す。

 ―――最悪なのは、狩猟豹ユーズが霊羊の天敵ってことだ。下手に動いて霊羊騎兵とかち合おうものなら、大混乱間違いなしだ……

 オレはかつて聞いたエミールの言葉を思い出した。

 どうやら、オレの馬がそうだったように、敵の馬も初めて見る狩猟豹にビビっているらしい。雷光騎兵最大の欠点が、この場合は強力な武器になったようだ。

 なんだよ、なんだよ…………強いじゃねぇか雷光騎兵!

 なにが戦じゃ役に立たないだ。バリバリ活躍してるじゃねぇか!

 感心して見ていると、一騎のふわふわした雷光騎兵の姿が目に留まった。

 ああ、なんてこった。ジェロブだよ。

「おお〜い! ジェロブゥ〜!」

「ベテさん!」

 声に気付いたジェロブが、こちらへやって来る。

 会えて嬉しいと思う一方で、オレはジェロブがこんな危険な所にまで出てきていることにぞくりとした。だってほら、ジェロブも不安そうな顔をしているじゃないか。

 だが、その口から放たれた一言は、オレをさらにぞくりとさせた。

「ベテさん、大変なんだ! エミールが……」

「どうした!?」

「エミールがいないんだ! 敵の中に入ったまま、戻ってこないんだよ!」

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