Ⅴ.御前試合‐②

 会場の盛り上がりは、論功行賞の比ではなかった。

 論功行賞もこのためにあったんじゃないかとすら思える。

 まあ無理もない。国運を賭けた戦で活躍した英雄たちの力を、生で観ることができるのだ。なかなか粋なお祭りではないか。

 それにしても、なんという人気ぶりだろう。

 試合前から、観客の声援は一人の戦士に注がれていた。

美髯将軍エジュデルハー! 美髯将軍エジュデルハー!」

 この都において、その名で呼ばれる者といったら――ヴェルダアースしかいない。

 美髯将軍か……あいつにふさわしい、カッコいい呼び名だな。

 オレが二つ名を貰うとしたら、なにがいいだろう。

 さしずめ、変態将軍といったところか……うむ、悪くない響きだ。

 突然、剣を取って向き合った二人の姿が、上空に映し出された。

蜃気楼ミラズ・アルサラブ』――杖を手に円陣を組んでいる者たちによる、幻像を生み出す魔法だ。エミール曰く、彼らは親衛隊を構成する凄腕の魔術師なんだとか。

 向き合っているのはヴェルダアースとスレイナ。

 二人とも防具を身に付けていたが、その上からさらに青く光る膜で覆われている。

「あの青いのは『霊験の鎧シュレイウン』って言うんだ。あれが破られた方が負けになる」

「分かりやすくていいな。でもあれじゃ緊張感に欠けるんじゃないか? スパルタクスの剣闘試合は、どちらかが倒れるまで木剣で殴り合ってたぞ」

「バカ……これだけの市民が見ている中で、そんな野蛮なことができるか。怪我でもしたら洒落にならないだろ?」

「クク……確かにな」

 美女たちが血みどろで殴り合うのを見るのは、オレも御免だ。

 スパルタクスでは訓練中に死んだり、再起不能な怪我を負う者も少なくなかったというのに、本当にこの国は平和過ぎて、涙が出てくる。食べ物もおいしいし。

 試合が始まった。

 予想通り、ヴェルダアースの優勢で試合は進んだが、スレイナもなかなかいい腕をしていた。小柄な体で機敏に動き回り、思いもよらぬ体勢からの反撃で、時折観客を沸かせた。

 弓だけじゃないんだな、あの女……まあ、オレに比べればまだまだだが。

 三十合ほど打ち合った辺りから、スレイナの動きが急速に鈍っていった。恐らくは、短期決戦で強引に勝利をもぎ取ろうとした、その代償なのだろう。

 そこからはあっという間だった。畳み掛けるような斬撃をかわしきれず、スレイナが咄嗟に出した剣が、音高く折れ飛んだ。ヴェルダアースの剣は、そのままスレイナの首筋を打ち据え、『霊験の鎧』に亀裂を走らせる。

 どよめく観客。次の瞬間、スレイナから青い光の粒がブワッと飛び立ち、『霊験の鎧』が剝がれるように消えていった。

「『霊験の鎧』消失確認! 勝者ヴェルダアース!」

 審判の幼精がそう告げると、会場のどよめきは一段と大きくなり、再び「美髯将軍」と連呼する声が聞こえてきた。

「とんでもねぇな……あいつ」

 オレは待機場所で、スパルタ式準備運動をしながらつぶやいた。

「髭は生えてるし、力もあり得ないくらい強いし……本当は男なんじゃないのか? あの胸の膨らみが全部筋肉だってんなら、説明はつくぞ。パルテミラの胸筋大魔王ってことで」

「なんだそれ」と、エミール。「ヴェルダアース将軍は正真正銘の女精エレノアだよ」

「じゃああのお髭はなんだ!?」

「あれは龍の髭って言われてる。ヴェルダアース将軍は、遥か東の国からやって来た、龍の子孫を名乗る一族の末裔なんだけど……ごく稀に、女の人でも長い髭が生えてくることがあるんだ」

 龍の髭――恐らく、オレたち西の人間が思い浮かべるのとは違う龍のことだろう。東方の龍は翼がなくて、長い胴と髭を持った神聖な生き物だと聞いたことがある。

「ヴェルダアース将軍が強いのは、武術の才能はもちろんだけど、気功きこうっていう、一族に古くから伝わる特別な修行を積んでいるからなんだ」

「ほう……どんな修行なんだ?」

「呼吸が関係してるみたいだけど、詳しいことは知らない。気功の存在自体、最近になって知られるようになったことだし。でもヴェルダアース将軍は、気功の修行を積んだおかげで、人間離れした力を発揮できるようになったんだってさ」

 話を聞きながら、オレは四つ足でその辺をテケテケと歩き回った。関節をほぐしつつ四肢の連動性を高める、伝統的な準備運動。時間がない時はこれ一つでも十分だ。

「気功には弱点もある」エミールはさらに教えてくれた。「気功の呼吸をしている間は、体力の消耗が激しいんだ。だからヴェルダアース将軍も、普段はだいぶ抑えてる。本当の力を見せるのは、強い敵と当たった時、それもここぞという時だけだ」

「つまり……」オレは二本足に戻り、「そのここぞという時をしのげば、勝機が見えてくるんだな?」

「できればの話だがな」

「やってやるさ。オレに期待しているからこそ、それを教えてくれたんだろ」

「別に……そんなんじゃないから」

「素直になれよ。まったくもう、可愛いなぁ……ぐほっ!?」

 エミールの拳が、脇腹にめり込んだ。オレはその場に崩れ落ちる。

「ちょっ……オレ次試合なんだけど」

「知るかよ」

 くそ、一体なんだってんだ!? 可愛いって言っただけじゃないか! スレイナの時もそうだったが、どうもこの国の人は、褒めると殴ってくる傾向があるようだ。

 休憩の終了を告げる角笛が鳴った。オレはあまりの気持ちよさで立つことができない。

 会場に音響魔法が掛かり、オレの名が呼ばれ――

「待て。次は私が相手となろう」

 なにぃ!?

 思わず露台を見上げる。そこには、いつの間にか鎧を着込んだゼノビアの姿があった。

 観客たちの間で、困惑したようなざわめきが起きる。

 周囲の困惑をよそに、ゼノビアは露台から飛び降りた。遅れて親衛隊の幼精二人が続き、三人揃って見事な着地を決める。まばらに起こる謎の拍手喝采。なんだこれ……? 御前試合なのに、御前が出てきちゃっていいのか?

 ああ、でもそうか……そういう奴だったな、あの女帝は。

 これだけ面白いものを見せられて、じっとしていられるような性格ではない。

 ともかく、ゼノビアの気まぐれによって、オレは窮地を脱することができたのだった。


 ゼノビア対ヴェルダアースの試合は、三対一で行われた。

 よく見れば、ゼノビアだけ『霊験の鎧』が三重になっている。卑怯にもほどがある。

 これはもはや、ヴェルダアースを倒すためのお祭りだ。

 だがそれでも、魔神ヴェルダアースを倒すには不十分だった。

 開始直後、ゼノビアの親衛隊二人はパッと散開し、斜め後ろから同時に仕掛けた。

 二人ともなかなかの手練れで、うまく連携すれば、スレイナとも対等に渡り合えそうな勢いだった。そこへ、隙を見てゼノビアが突進をかます。

 瞬間、二人の幼精が、青い光の飛沫を上げて吹き飛んだ。

「なにぃ!?」という形に口を開くゼノビア。無防備になったその土手っ腹に、ヴェルダアースの渾身の一撃が叩き込まれた。

 二度、三度と地面を跳ね、ようやく止まった時には、ゼノビアの『霊験の鎧』が三枚とも消え始めていた。

 歓喜の声を上げる市民たち。大の字でくたばっているゼノビアが、惨めだった。

「クカカ……ざまぁねぇな。人望からしてヴェルダアースに負けてるぞ、女帝陛下様よ」

「………」

 オレはまたなにか言われるんじゃないかと思ったが、エミールは悔しそうに唇を引き結んだまま、押し黙るだけだった。

 そっか……ゼノビアの親衛隊だもんな。悔しいよな。

 仇は取ってやる。だから……泣くなエミール!

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