第37話 悪気はないがデリカシーもない。


⚫︎マヨイ


「で、やり過ぎたと?」


 僕がアイルとの決闘を終えて藍香の元へ向かった先にあったのは泣き喚くバルスと、そんな彼女を見て困惑する藍香の姿だった。


「真宵が期待させたのが悪いのよ。対人素人相手なら無双できるくらいには強いんでしょうけど、私たちと同類って聞いてたから期待してたのに……」


 どうやら僕が小学生の頃に"DFS"という格ゲーで藍香にやった手品を見せたらしい。目の錯覚を利用して一瞬の隙を作り出すための小技だけど、そもそも下半身を狙われれば使えない欠陥品だ。


 特に薙刀や槍なら相手の脛を狙って機動力を奪う方が実践的だ。最初から胴や首を狙って突くのは相手が余程の格下か、もしくはフェイントでないと意味がないと僕は思ってる。


 特に2戦通して上半身しか狙えてないのは良くない。

 僕との対戦では下半身にも攻撃してきたのは……上半身への攻撃を僕が徹底して防いでいたからか。確かに思い出してみれば序盤は上半身ばかり狙われていた気がする。


「まだ身体の制御は甘いし、動きは拙いのは仕方ないよ。そもそも同類だからって僕らも最初から満足に動けたわけじゃないだろ。あそこまで酷くはなかったと思うけど」


「槍と剣なら槍の方が間合いが広くて圧倒的に有利だから、お互いが同じくらい下手なら相性差で勝ててしまうのよね。ゲーム武術を少しかじったくらいの腕しかないならそうと先に教えてくれても良かったじゃない」


 ゲーム武術とは現実では不可能に近い動きを取り入れたゲーム特有の武術だ。アニメやマンガに出てくる「いや、それは無理だろ」って技も再現できてしまうトンデモ武術なのだが、現実での武術と違って必殺技的な攻撃に主眼を置き過ぎて基礎となる型や戦術を疎かにする者が大半だ。


 ちなみに僕や藍香の使う身体操作技術もゲーム武術の一種だ。現実で同じ動きをするには最低でも一流体操選手並みの柔軟性と体幹が必要だと思う。それなりに運動神経に自信はあるけれど、さすがに一流の運動選手並みだなんて自惚れてはいない。


「お兄さん、お姉さん、そのくらいにしてあげてください」


 僕と藍香の会話にクレアちゃんが戸惑った様子で口を挟んで来た。暁も何やら気まずそうな表情でこちらを見ている。


「兄さん、姉さん、その……バルスさんが……」


 そう言われて僕と藍香が視線を足元でうずくまっているバルスへと向けると、バルスはビクンッと何かに怯えるような表情で僕らを見上げてきた。これは嗜虐しぎゃく心を掻き立てられる表情だ。


「アイは自分の所感を僕に伝えてくれているだけじゃないか。はっきり言うけど、バルスは強くなれる可能性はあるけど現時点では暁と同じくらいの強さしかない。アイだって今回は勝てる前提、現時点での強さを推し量る目的で決闘してたわけだからね」


「あーし、弱い?」


 やはり本来の一人称は『ボク』ではなく『あーし』なのだろう。男装の麗人のようなアバターとは少しミスマッチかもしれないけど、僕として素の方が可愛いと思う。


「強くはない、ってところかな。アイも言ってるけど対人戦に慣れていないプレイヤー相手なら無双できるだろうし、少し慣れただけのプレイヤー相手だって危なげなく勝てると思うよ。ただ対人戦に慣れてきたって自覚は捨てるべきだ。本当に対人戦に慣れたプレイヤーからすればバルスも対人素人と大差ない」


 それに慢心や油断はやめるべきだ。

 僕や藍香は相手が格下だと判断しても慢心も油断もしないよう心掛けている。それによる敗北によって得られるのは「油断や慢心をしてはならない」という分かりきった教訓だけだと知っているからだ。


 アイ&ショウが小学4年生までに経験した敗北の少なくとも2割から3割は油断や慢心によるものだ。相手が僕らを対策や研究の対象にしているなどとは露にも思わず、相手の思うように誘導され敗北した時の悔しさを僕らは知っている。


「そうね。あとは私たちから言うことはないわ」


 油断や慢心について一家言ある僕らだからこそ言える。油断や慢心については人に言われるのではなく、自分で気が付かなければ直せないものだ。藍香も同じ考えのようで、それに言及することはなかった。


「バルスちゃん!」


 クレアちゃんが珍しく大声で叫ぶ。


「ちゃん!?」


 バルス、そこか?

 クレアちゃんは例外はあるけど、基本的に年齢関係なく女性には『ちゃん』男性には『さん』を付けて呼ぶぞ。


「私たちとパーティを組んでください!」


「お願い、私たちも兄さんと姉さんに追いつきたいの」


 どうやら暁とクレアちゃんはフレンドチャットでバルスをパーティに誘う相談をしていたようだ。

 僕は悪いことではないと思う。ただ、バルスと決闘した際の約束もある。律儀なバルスのことだから断ってしまうかもしれない。


「バルス、良かったら妹たちとパーティを組んでくれないか」


「でもマヨイと約束しただろ?」


「クエストを手伝うにしても僕とバルスではレベル差がありすぎて寄生みたいになってるの気にしてただろ?この際だから2人と一緒に行ってくるといいよ」


 藍香はクレアちゃんはパーティに残したいのだろう。

 はっきり言って彼女の矢の命中精度は異常だ。そのカラクリを暴いた上でモノにしたいのだという貪欲さは分かるけど、無理にパーティを固定する必要もないだろう。


 僕はバルスに"アルテラの旧い地図"を貸して暁とクレアちゃんの2人と共にソプラの街から送り出した。やはり藍香は不機嫌そうな雰囲気を出していたが、納得はしているようなので問題ないだろう。


「そろそろ僕は連続接続時間が怖いから一旦ログアウトするよ」


「なら私もログアウトしようかしら」


 僕らは束の間の平穏が戻ってきたソプラの街の宿泊施設でログアウトした。

 そう、まだ

 そろそろ僕、まだワイバーンを見てすらいないんだけど?



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死体蹴りは基本、追い討ちは作法みたいな2人ですがマヨイに関しては天然です。

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