第2話 イミテーション

 作中の設定との矛盾があったため大幅に改稿しました。

(2020/8/21)

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 ゲームの開始地点の広場には大きな噴水があった。

 中心部の半径1mほどが水飛沫で隠されている不思議な造形が印象的だ。


「プレイヤー多いなぁ……」


 広場には僕と同じ服装をした人がたくさんいる。

 たぶん、僕と同じようにゲームを始めたばかりのプレイヤーなんだろう。僕は没個性になることは気にしない性格ではあるけれど、ここまで服装が同じ人が多いと気が滅入ってしまいそうだ。


 僕は適当に歩きながらメニューを開いて公開情報の設定を変更した。名前はともかく、レベルや素質は隠しておきたい。


「お、旅人さんかい!? 北の大陸から仕入れた新鮮な果物もあるよ。よかったら見ていかないかい?」


 設定を終えたタイミングで40代半ばに見えるオジサンから声を掛けられた。どうやら果物屋の客引きらしい。


「これ、おいくらですか?」


 見つけたのは大好物のリンゴだ。

 色合いからして少しれ過ぎている気もするが、それでも食指が動いた。


「1個20Rだよ」


 とはいえ相場が分からない。

 いや、ここは大阪人を見習って値下げ交渉にチャレンジしてみるのはどうだろうか。


「う~ん、2個で35Rにはなりませんか?」


「そうだね、3個買ってくれるなら1個16Rで売ろうじゃないか」


 本物の大阪人なら更に値下げ交渉するのかもしれないけど僕にはこれが限界だ。


 そんなことを考えていた僕は店の片隅に置かれた小さなナイフに気がついた。リンゴを丸噛りするのも悪くないが、熟れたリンゴならナイフで小分けにして食べた方が口が汚れないで済む。


「そこのナイフは売り物ですか?」


「そうだよ、この街で1番の名工が手慰みで作った1本だ。1本300Rするんだがリンゴと一緒に買ってくれるなら合わせて320Rでどうだい?」


 この街1番の名工の作品か。

 え、それでリンゴを切り分けるの?

 でもお得そうだしなぁ……よし。


「買います!」


 僕はメニューから320Rを引き出して払ってナイフとリンゴ3個を手に入れた。手に取るとリンゴは思った通り熟れていた。


 僕は買ったばかりのナイフでリンゴを切り分けた。

 やはり熟れているリンゴもリンゴだ。

 熟れる前のリンゴのシャキシャキとした食感も好きだけれど、熟れたリンゴのジュースを食べているような感覚も堪らない。


「へぇ……随分と美味しそうに食べるね」


ほうふふなんれふよ大好物なんですよ


「ははは、また仕入れておくよ」


「……んっ……ありがとうございます。そうだ、この街には来たばかりで土地勘がないんです。よかったら街の人がよく使う便利なお店や知っておくと便利な施設はありませんか」


 定番の回復アイテムや地図を売っている店は早めに知っておきたい。この手の情報は他のプレイヤーに拡散されていない内は取り引き材料になるからだ。


「そうだねぇ……この道を真っ直ぐ進んだ先にある"トリス雑貨店"ならが手に入るはずだぞ。あとは施設とは違うが"サイシンの噴水広場"には行ったかい?」


「あの大きな噴水のある広場ですか?」


「あの噴水には秘密があるんだ。それはね──」


 果物屋のオジサンは思ったより有益な情報をくれた。

 まずは近くにあるらしい"トリス雑貨店"に行くとしよう。

 噴水の秘密は後回しにしても問題なさそうだからね。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ここが"トリスの雑貨店"か」


 ここにたどり着くのは想像以上に大変だった。

 言葉が通じるのだから文字も読めるのだと思い込んだのがよくなかった。

 この世界の文字を僕は読めなかったのだ。


「そうだぞ」


「ありがとね」


「美味しいもん貰ったからな。いいってことよ」


 ではどうやってたどり着いたのか。

 僕はこの浮浪児のような少年にリンゴを1個差し出して道案内を頼んだのだ。


「またな!」


「またね! 今日はありがとう」


 どうやら妹さんがいるようなのでお土産として更に1個追加で渡したら凄い勢いで喜んでくれた。


「いらっしゃいませ"トリスの雑貨店"へようこそ。私が店長のトリス・ルーメスです。何をお探しですか?」


 入店してすぐに出迎えてくれたのは大人と少女の間のような印象を受ける若い女性だ。もし彼女の存在がプレイヤーたちに知られてたらきっとファンができる。


「魔術を使うための媒体と街の地図を探しています」


 スキルには習得条件の他に使用するための条件がある。

 僕が習得している広域探索と魔力弾はどちらも"魔術媒体"を装備していることが使用条件になっている。


「予算はどれくらいですか?」


 リンゴとナイフを買うのに320Rを支払ったので残りは1680Rだ。


「できれば1000R以内に納めたいと思ってます」


「なるほど。すぐにお持ちしますね」


 店員の女性はそう言って店の奥と何往復もして僕の前に商品を並べてくれた。


「ウチの店で用意できる魔術媒体と地図です」



 名称:アルテラのふるい地図

 内容:アルテラの街が出来たばかりの頃の地図

    魔術効果が付与されている。


 名称:アルテラの最新地図

 内容:アルテラの街の最新の地図

    魔術効果で常に更新され続ける。


 名称:灰真珠かいしんじゅの首飾り

 内容:魔法媒体として使用できる首飾り

    消費魔力量10%軽減


 名称:ペリドットのマナリング

 内容:魔術媒体として使用できるペンダント

    魔力の最大値を6増やす


 名称:オパールのマナリング

 内容:魔術媒体として使用できるペンダント

    知力+3


 名称:エメラルドのマナリング

 内容:魔術媒体として使用できるペンダント

    精神+2


 名称:ダイヤモンドのマナリング

 内容:魔術媒体として使用できるペンダント

    筋力+4



「この旧い地図というのは?」


 最新の地図と比較すると利便性の差は明らかなのに何故並べるのか理解ができない。


「地図は高級品ですのでご予算の中に納めるのなら最も安い地図もお見せした方がいいと思いお出ししました」


「ちなみにおいくらですか?」


「旧い地図は50R、最新の地図は740Rいたします」


「かなり差があるんですね。この灰真珠の首飾りはおいくらですか?」


 灰真珠の首飾りだけ媒体と書かれている。

 ここまで魔術という単語はいくつか目にしたけど、魔法という単語とな初めて遭った。


「1000Rちょうどです。こちらの首飾りに使われている灰真珠はアルテラ周辺では神への供物として古くから信仰を集める貴重な宝石なのです。装飾品への加工は国からの認可を受けた細工師の方にのみ許されております」


「なら灰真珠の首飾り……と旧い地図を買います」


 僕は魔法という単語に惹かれて灰真珠の首飾りを購入した。

 旧い地図はついでだ。手が届く値段だったことと説明文の魔術効果という単語が気になったので購入することにした。


「合計で1050Rになります」


 メニューから1500Rを引き出して彼女に渡した直後、僕は目の前に残された商品を見て気がついてしまった。


 ダイヤモンドのマナリングに付けられた宝石。

 たぶん、これはイミテーション偽物だ。


「へぇ……気がついたんだ。凄いじゃない」


 店員の女性の雰囲気がガラリと変わった。

 心なしか眼つきも鋭くなっている気がする。


「偽物を並べていたんだね」


 そこまで確証があるわけではないけれど、たぶん他のマナリングに付けられた宝石も全て偽物だ。


「安心して。貴方が買った商品は本物だから」


「どういうことですか」


「それはね、この店は私の趣味なの。本物と偽物を並べて出して見極められたら客の勝ち、見極められなかったら私の勝ちってね。本物は相場の1万分の1くらいの値段で並べてあるものもあるし、偽物だって値段相応か少し高いくらいの品よ。もしかして知らなかったの?」


 知らなかったよ!

 アルテラの街では有名な店らしい。

 掘り出し物も多いので偽物を摑まされる可能性があると知っていてもお客さんは来るのだとか。


「また来てね」


「見る目を養ってからまた来ますよ」

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