第一章・第三節 死せる先と死せる世界――。

「何処よ......ここ?」

「気付いたか......。

ここが何処なのかは、僕にも分からない。」

トレーズは癒乃に向けて無表情のまま、そう告げる。

「ちょっと、分からないって、どういう意味よ?

貴方、ここに住んでいる人とかじゃないの?」

「違うよ、気が付いたら僕はここに居た。

それから少しして、君がここに現れたんだ。

そこの歯車が回ってる緑色の珠からね......。」

「えーと......つまり、どういう事?

もしかして貴方もその珠から、出てきたって事なのかしら?」


「恐らく、そうなんだろうね。

ダムから飛び降りて、気が付いたらここに居たからね?」

「えっ......?

ダムから飛び降りたって自殺したって事?!

私は橋から落ちて、気が付いたらここに居たから、もしかしてここって死後の世界って事!?」

「かも知れないね......。」

癒乃が青ざめる中、トレーズは落ち着きはらった表情で、さも興味無さそうに癒乃の問いに答える。

そして、そんなトレーズの素っ気ない返答を受けて、癒乃はムッとしながら言う。

「ちょっと~、何で貴方こんな訳の分からない状況で落ち着いてんのよ?

普通、目が覚めて見知らぬ場所があったら、もっと慌てるでしょうが!?」

「そう...なのか?

すまない、今度からもう少し慌ててみるように努力するよ。」

「いや、努力とかそういう事じゃなくて......。

まぁ、いいわ。

それはそうと貴方、少し匂うわね?」


「あ、あぁ、そうだろうね。

最近はホームレス生活してたから......。」

「えっ......!?

その若さでホームレス生活?

一体何があったらそんな事に??」

「大した事じゃない。

ただ、孤児にあった僕に血縁者にまともな引き取り手が居なかったってだけの話だよ。

高校卒業したけど、入社先もなかったから追い出されてホームレスになったってだけの事さ。」

トレーズはさも良くある事だと言わんばかりに、癒乃に向けて言った。

しかし――。


「いやいやいや、ちょっと何をさもよくある話しみたいに言ってんの!?

そんな話、ポンポン転がってないからね普通は!?」

「そうなのか?」

「そうなのかって――。

ちょっと、漫画や映画じゃないんだから、そんな不幸話がそうそうあるわけないでしょ!?」

癒乃は呆れた顔で、トレーズへと告げる。

しかし、その直後、カチャッ....カチャッ......という乾いた物音が、周囲に響き渡った。

「あれ......私達の他にも誰か居るのかな?」

物音に反応し癒乃が呟く。


しかし、その直後、トレーズが癒乃の動きを制止するように告げる。

「かも知れないね。

でも少し様子を見た方がいいんじゃないかな?」

「あ......確かにそうね?」

癒乃はトレーズの言葉に納得すると様子を窺うべく、物陰より覗き込む。

だが、その直後、癒乃は言葉を失い勢いよく後ずさる。


「うん......どうかしたのか?」

「ほ、骨――・・・・・・!?」

「骨......?」

癒乃の言葉にトレーズは首を傾げながら、僅かに明るい通路の方を凝視する。

そして......トレーズはその先にある異様な光景を目の当たりにした。

(何だ......あれは......。

骸骨の群れが歩いているぞ......?)

トレーズはその異様な光景を見た直後、早々に身を隠す。

何故そうしたのかといえば、骨の群れが進路を歯車の方へと変更したからである。


「流石にあれは話しが通じる相手ではないだろうね?」

「そりゃあそうでしょ?

骨なんだから話しなんて出来るわけないに決まっているでしょ!

何処の世界にゾンビと会話できる人がいるのよ!?」

「いや、骨だけだからゾンビじゃなくてスケルトンだね。

声帯が無いから会話が出来ない事だけは間違いなさそうだけど?」

「成る程、確かに君の言う通りだ。」

「ちょっと、あんた殺されるかもしれないって時に随分、落ち着いてるわね...。

何か作戦でもあるの?」

「そんなものは無いよ?

ただ、何か必ずしも殺されるとは限らないしね。」

「何を呑気な......。

この状況で無事に済むなんてあるわけないでしょうが!?

私は食われて死ぬなんてゴメンだからね!?」


癒乃は呆れた顔でトレーズに向けて、吐き捨てるようにそう告げると再び、スケルトンの群れの様子を窺うべく物陰から覗き込んだ。

しかし――。


「・・・・ねぇ、マジにヤバいよこれ?

何か分からないけど、骨骨ロックたちがどんどん近づいてきてる......。」

「そうか...それは不味いかも知れないね。

取り敢えず移動して距離を取ってみるかい?」

「いや、ちょっと、移動するって何処に移動するのよ!?

何処にも逃げ場なんて無いじゃない!」


癒乃は計画性も何も無いトレーズの提案に怒りを覚え激昂する。

しかし、その直後、トレーズは癒乃に告げる。


「あの...君、大声出してるけど大丈夫かな?」

「えっ・・・?

声そんなに大きかった??」

「うん、かなりね。

あの声の大きさで気付かないのは耳が聞こえない人くらいだと思うよ?」

「ちょっと・・・なんでアンタそんなに落ち着てるの?」

「??

落ち着いてる・・・僕が?

うん、なら今度はもう少し慌てれるように努力するよ。」

「・・・そういう問題じゃ・・・。」

「うん?

なに?」

「そういう問題じゃないでしょうが、この阿呆ぅ!!!?

骨骨ロックに囲まれてんのよ!!??

このままだと私たち多分、殺されてアイツらの仲間になっちゃうんだよ!!?」


癒乃は堪りに堪った怒りをトレーズに向けて爆発させトレーズの服の襟首を掴みながらトレーズの首を激しく揺さぶった。

だが肝心のトレーズは全く深刻さを含まぬ顔で癒乃に向けて言う。


「それはまだ分からないよ。

だって、まだ死が近いって感覚がないからね?」

「死が近い感覚?

アンタ何言ってるのよ・・・?」


トレーズは言葉の意味が分からず固まる癒乃の両手を振りほどき、隙間から様子を窺う。


「ほらね、アイツら骨だから音、聞こえないんだよ?」

「え・・・それ本当!?」


癒乃もトレーズのように柱の物陰から様子を窺うべくヒョッコリと顔を出す。

そして、癒乃は周囲をただうろちょろする骸骨の姿を不思議そうに眺め、即座に顔を引っ込める。


「うん......何かキョロキョロしてるし、こっちに気付いてはいないみたい。

もしかして、無害なのかな?」

「それはどうだろう?

ただ、音に反応しないってだけで他の認識手段があるだけかも知れないよ?」


トレーズは無気力な表情で癒乃に答えた。

しかし、その直後、カタッ、カタッ、という足音が静かに響き渡る。


(これは明らかに近づいてきているな?

このスケルトンはいったい何を基準にして僕達を認識しているんだ?)


トレーズはそんな事を考えながら、スケルトンの動きに注目した。


そして、スケルトンの動きの奇妙さに気付く。


「・・・・・・奇妙だね、あの動き?」

「何がよ?」

「だって変だよね・・・・あの動きはまるで僕たちが、通った形跡を電車が線路を通るように、そのまま辿ってるように感じないかな?」

「な......何よ、それ?

つまり犬が臭いを辿って、そこに辿り着くような状況って事!?」

「そうだね......。

辿っているのは臭いかどうかまでは分からないけど、ここを動かないでいる事が一番、危険な事だけは間違いなさそうだね?」

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