道具屋と考古学者の話

鉄の国から遥か西の果てに、砂の国と呼ばれる国がある。

国の大半が砂漠に覆われ、水も緑も乏しく、人が生活していくには厳しい環境の国として知られているが、砂漠の地下深くに巨大な地下遺跡が広がる歴史の古い国としても有名な国だ。国が中心となって行われた過去の遺跡発掘では、世界の始まりとされる黎明期に栄えた文明の技術を記した貴重な資料が幾つか発掘されており、現代に普及する魔法の中には、その資料を基に復元された古の魔法もあるという。発掘された資料は今なお不明な点も多いが、新たな技術の発掘と復元を目的に、今でも国が中心となって地下遺跡の発掘が進められている。


考古学者であるベスも、国と発掘期間の契約を交わして地下遺跡の発掘に勤しむ一人だ。数週間前に地下遺跡の神殿と思しき建造物から一基の石棺を発掘し、同じく地下遺跡の発掘に勤しむ学者連中から羨望の眼差しを向けられる功績を上げたばかりだった。が、石棺を発掘した日からつい昨日まで、訳あって発掘作業を自主的に中断していた。

遺跡発掘現場の近くにある遺跡調査研究所の一区画、自室兼研究室として宛がわれている一室に備えられている洗面所で、ベスは鏡に映る自分の青白い顔をぼんやりと見つめていた。つい一時間前に遺跡調査研究所に常駐している医術師に体調を診てもらい、健康体であると太鼓判を押されたその顔は、医術師の診断結果に納得していないという表情をしている。無理を言って再度診てもらったが、医術師は「健康体だ」の一点張りだった。その結果に落胆しながら渋々と自室に戻ってきたのがつい先ほどの事だ。確かに、体がだるいと感じたり熱っぽさがある等の自分でも自覚できるような体の不調は無い。

しかし、医学のスペシャリストである医術師ですら見抜けない恐ろしい変化が自分の体の内側で生じていることを、自分は知っている。鏡に映っている顔は間違いなく自分のものだ。それなのに、全くの別人に変貌してしまっているような、何とも言い難い違和感がある。得も言われぬその違和感から目を逸らすように部屋の中央へ振り返ると、そこには発掘調査で使用した道具や資料が散らばった乱雑な部屋が広がっており、部屋の中心には数週間前に発掘した例の石棺が置かれている。発掘したその日のうちに石蓋は取り外し、中身の確認も調査済みなのだが、それ以来、石棺に近づく気になれないでいた。取り外された石棺の石蓋は自分の考古学の知識だけでは解明できない謎の紋章が記されており、別の研究チームが調査協力を申し出てくれたが、全て断っている。相手の研究チームには申し訳ない事をしていると分かってはいるのだが、それ以上に「この石棺を他の人へ見せるわけにはいかない」という思いの方が強かった。例え、他の研究チームから恨まれたとしても、決して。他者には理解されないであろう決意を心の中に刻みつけ、部屋の中央に存在するそれからも目を逸らして俯いた。目を逸らした先には、石棺の石蓋が無造作に置かれている。中央に古代語で『咎人』と刻まれたそれは、地下遺跡で永遠の眠りについていたこの石棺を、現代へ引きずり出してきたベスへ向けられた木乃伊からの非難の言葉のようにも思えて、唇を噛みしめた。数週間前から触ることのなかった発掘用の道具一式を収めた肩掛けバックを引っ掴み、逃げるようにその部屋を後にした。


この砂の国で人が生活できるほど環境が整えられているのはごく一部の地域だけであり、遺跡発掘現場の近くはその限られた地域の一部に該当する。国民の三分の一の住民が集中する大都市の一つとして数えられるこの地域には国が認めたギルドが幾つか拠点を構えており、様々な市場が所狭しと展開されている流通の場所としても有名だ。本日もよく晴れた灼熱の太陽の下、様々な人で賑わう熱気に満ちた市場の人込みの中を慣れた足取りですり抜け、市場から外れた街角にひっそりと建つ、砂埃に塗れた「龍の眼雑貨店」という看板を下げた店へ足を踏み入れた。薬草と砂埃の乾いた臭いが混じりあった独特な香りが鼻に付き、くしゃみが出そうになったところで、店の奥から愉快そうな女の声が投げかけられた。

「よぉアンデッドの学者先生。発掘調査は進んだか?」

ぎょっとして慌てて店内を見回したが、客は自分以外にはいない。それにホッと胸を撫でおろしながら、深いため息を零した。

「なんだアンデッドって……化け物呼ばわりか」

店の奥に視線を向ければ、そこには長椅子に腰かけた一人の女がいた。砂の国では滅多に見かけない、肌の露出が多い衣服を纏った若い女だ。露出した肌には夥しい数の裂傷痕があり、本来ならば右目がある場所に眼帯が巻かれ、残った左目の視力は具合が良くないのか、モノクル型の視界調整魔具をかけている。見るからにただの町人とは言い難い雰囲気を漂わせる女は唇の端を釣り上げ、モノクルの奥に見える左目を愉快げに細めている。女の様子を視界にしっかりと収め、再び溜息を零した。

「発掘の進捗は芳しくないけど、許可が下りた契約期間内には終わらせるつもりだよ。それより、依頼してた道具を見せてくれ」

「毎度~。足元の小包がそれだよ。そのまま持っていってもらって構わないから」

女の言葉を受けて足元に視線を落とすと、そこには脇に抱えられるぐらいのサイズの木箱があった。これまでの経験上、中身は依頼されたものがしっかり揃えられていることを確信していたが、念のためと木箱の蓋を開けて中身を確認し始めたところで、女がまた声を掛けてきた。

「ところで先生、例のアレは解けたのか?」

アレ、という単語に思わず中身を検分する手が止まった。女の言うアレが何を示すのか、嫌という程分かっている。脳裏に自室の石棺が過り、また溜息を零しそうになるのを何とか堪えた。念のため、背後の店の入り口に下げられている「営業中」という板を「閉店」という表示にひっくり返してから、女へ向き直った。

「まだ。手掛かりすら見つけられてないよ。不老不死の呪いらしいということだけは分かった」

「なんだ、不老不死だって決めつけたのか」

「決めつけたんじゃない、あくまで"らしい"さ。お前に紹介してもらった専門のギルドで俺の細胞を調べてもらったけど、治癒魔法のような超回復効果は認められなかったようだ。ただ、酸で溶かされるような外的要因が無い限り、俺の細胞は"採取された時のままの形で劣化もせず死滅もしなかった"ってさ」

そう告げると、女は「なるほどねぇ」と口元の笑みを深くした。

医術師ですら見抜けなかったベスの体に起きている変化。それは言葉にした通り、不老不死の呪いによるものだった。原因は例の石棺に収められていた木乃伊であることをベスは確信している。自分の体を襲っていた違和感は、中身を調べようと石棺の石蓋を開け、中に収められていた木乃伊を一目見た瞬間から始まっていたのだから。最初は日頃の不摂生が祟ったかと思い、石棺の研究を万全の体調で行うべく直ぐに医術師に診てもらった。だが返ってきた診断結果は「健康体だ」の一言だけ。初めはその言葉を信じて自室に戻ったが、全身を襲う何とも言い難い違和感があまりにも気になりすぎて、目の前の女に事情を説明して幾つかの専門のギルドを紹介してもらい、自分の細胞を調べてもらってそれは漸く発覚したのだった。

それ以来、ベスは遺跡発掘を中断し、自分の身に掛けられた呪いについてありとあらゆる資料を取り寄せて読み耽っては、呪いの解除方法について躍起になって調査している。石棺と木乃伊は、これ以上呪いが悪化することを恐れて、劣化を防ぐ保護魔法だけ掛けて自室の中央で放置し、石棺に刻まれた古代語を遠目から観察するぐらいだ。

「傷を負っても血は出るし自然治癒は可能なようだけど、老化することはまずあり得ないって調べてくれたギルドの人に言われたよ。死を覚悟するような大怪我をまだ負ったことないから不死の部分については確認取れてないけどね。あと、石棺に刻まれた古代語を解読してみたら、中に収められていた木乃伊は人ではなく、不死という存在から止む無く討伐を諦めてあの石棺へ封印することで葬られた魔物だそうだ。人型の魔物だなんて見たことも聞いたことも無いけど……この呪いにその魔物の木乃伊が関係していることは間違いなさそうだよ」

「ふぅん……不死の存在から討伐を諦められて封印された魔物、ねぇ……ちなみに先生、痛みは感じるのかい?」

「朝方、寝ぼけて発掘道具を蹴っ飛ばしたら痛みで目が覚めた。痛覚はあるみたいだ」

「なるほど……血は流れるし痛みも感じる、と……だけど先生、不老になったのは確定として、不死かどうかはまだ確認できてないんだろ?呪いを解く手掛かりも見つからないことだし、この際だ、本当に不死なのか試してみないか?幸いにもここに剣があるし、剣の扱いに慣れた元冒険者の私もいる」

ほら、と喜々とした様子で女が足元から細身の剣を引きずり出してきた。咄嗟に一歩後ろへ後退したが、女がそう簡単に自分との距離を詰められない体の持ち主であることを思い出して、その場に何とか踏みとどまった。

「いや、俺の話ちゃんと聞いてた?痛覚はあるし血も出るし、怪我してもあくまで自然治癒で回復するんだよ?仮に死ななかったとしても大怪我を負えば治癒するまで動けないし、そうして動けない間に国と約束した発掘調査契約期間が切れたら魔物の木乃伊も石棺も国の研究機関に差し押さえられて呪いについての手がかりが完全に無くなっちまうからな!?」

捲し立てるようにそう告げると、女は不満そうに唇を尖らせた。

「だって、不死はあくまで仮定の話なんだろ?いざという時の為に早いうちに確認しておいたほうがいいじゃないか。幸い回復はするんだし」

最もそうな口ぶりで言葉を紡ぎながら、女が鞘に収められていた剣を抜く。ギラリと妖しく光った細身のそれを見て、頭から血の気が引いていく音を聞いた気がした。

「本当に人の話聞いてた!?あくまで!自然!治癒で!血も出て!痛覚もあるんだぞ!?確かに確認するのは大事だけどそれは全力で遠慮するからな!」

「おいおい、竜殺しと名高いあたしの剣技をその身に刻まれるだなんて滅多にない経験だよ?出血大サービスで腹掻っ捌くだけにしておいてやるから四の五の言わずに大人しくそこに寝っ転がれって」

「お前の異名が"竜をも殺す猛攻撃を仕掛ける女"ってところからきてるの知ってるからね俺!?お前の攻撃が腹掻っ捌くくらいで終わるわけないだろ!なんだよ今日はやけに食い下がるな!?」

半ばキレながらそう叫ぶと、女はにっこりと微笑んだ。愛嬌すら感じる愛らしい微笑は見る者の視線をいとも簡単に奪うが、女の手元にある抜身の剣の輝きはどう頑張っても無視できない存在感を放っていた。

「いやぁ、前職の職業病だよ。もし不老不死の竜が現れたらってやつさ。回復能力は無いが死なない。それなら攻撃手段と逃走手段を奪うために首と脚と翼を捥いで地面に縫い付けて……あ、先生の細胞、採取されたまんま死滅しなかったんだっけ?ってことは捥いだ首も脚も翼も全て細切れにしないと反撃される可能性があるな?ということは本体もミンチ状になるまで刻んで……」

まるで料理の話をしているかのように女は笑顔だった。あまりにも普通に見える笑顔で不老不死の竜をどのように"調理"するかを語るその様は、常軌を逸した恐ろしさがあった。その恐ろしさに気圧されて言葉を発することもできなかった。そんなベスを気にも留めず"調理方法"を語り続け、やがて何を思ったか、女は突然言葉を止めて、ポツリと呟いた。

「……でも、そこまでされても竜は不死の存在だから、んだろうな」

その言葉が妙に引っ掛かった。

「何が、言いたいんだよ」

漸く言葉を発する気力の余裕が生まれて問いかければ、女は抜身の剣を杖代わりにするように床に突き立て、不思議そうな顔をして小首を傾げた。

「先生の話を聞いてふと思ったのさ……なぁ、先生。先生が発掘したその木乃伊、本当に?」

「……は?」

女の言葉が理解できず、頭の中で繰り返した。発掘された木乃伊が、本当に死んでいるのかだと……?

「……木乃伊だよ?」

「生体反応は確認したのか?」

「生体反応も何も、木乃伊にそんなのやる必要、」

女の言葉を鼻で笑おうとして、言葉が途切れた。そんなベスを見て女は唇を笑みの形に歪めた。

「確認してないんだろ?不死の魔物だって封印されたその木乃伊が、本当に死んでんのか」

言葉が出ない。女の言葉を鼻で笑おうとしていた気持ちは凍り付き、愉快そうに笑う女の顔を見つめることしかできなかった。

「それにちょっと引っ掛かるんだよ。先生前に来た時に言ってたよな?石棺の石蓋には古代語で『咎人』って書いてあったって。石棺の蓋に刻まれる文字は大抵、中に収められる奴の身分だったり名前だったりするもんだ。この国の国民なら幼子でも知ってる雑学だ。それなのに、石棺の側面に刻まれた中の木乃伊に対する説明は魔物だって書いてある。冒険者やってた頃に人型の魔物の話なんてあたしでも聞かなかった。そりゃあ、遥大昔にだけ存在してた魔物ってんならアレだけど、歴史に詳しいベス大先生でもそんな魔物の痕跡も資料も知らないとなると話は別だ。魔物に対して『咎"人"』だなんて言葉を使うのもおかしいし、こう考えるのが妥当だと思わないか?中の木乃伊は魔物ではなく、だったって」

まるで謎解きの問題を解く小さな子供のように、女は楽しそうに口元を綻ばせている。しかし、モノクルの奥から覗く赤い瞳が一切笑っていないことに気付いて、急激に口の中が乾いていくのを感じた。

「な、にを」

視界がぐらりと歪んで、咄嗟にその場に座り込む。確かに、中に収められているのは討伐できないことから封印された不死の魔物であると、石棺の側面には古代語で刻まれていた。『咎人』と刻まれた石蓋。見たこともない人型の魔物の木乃伊。自分に掛けられた不老不死の呪い。それらの言葉がベスの頭の中で渦を巻いて思考を混乱させる。その中でも特に異質な存在感を放つ言葉が思考を鈍くさせる。魔物と呼ばれた不老不死の人間。不死故に討伐を諦められ、石棺に封じ込まれることで葬られたそれ。それが、女の言う通りだったとしたら。


だとしたら、木乃伊の呪いで不老不死となった自分は、いったい。


そこで完全に停止したベスの思考を継いで言葉にしたのは、小さく吐息を零した女だった。

「つまり、今の先生は『咎人』と印されて葬られたあの木乃伊と全く同じ存在だってことだね。命に関わる怪我をしても死なない。歳も取らない。人と違うのはたったそれだけなのに、周りからは魔物と恐れられて攻撃されて、それでも不死なもんだから死なないし、挙句には討伐を諦められて石棺へ封印されて……いやぁ、生きたまま石棺に放り込まれるってどんな気分なんだろうねぇ」

あっけらかんと放たれた女の言葉に誘われるように、木乃伊のことをぼんやりと想像した。正確には、生きたまま石棺に封じられた、魔物と呼ばれた人間の気持ちを。人々から忌み嫌われて閉じ込められた狭いそこは当然光もなく、呼吸できる空気も直ぐになくなっただろう。呼吸ができず苦しんでも、誰も助けてくれない。生命維持に必要な食糧も水もない。耐え難い飢餓と苦しみだけが永遠と暗闇の中で続く。地獄、なんて言葉ではあまりにも生温い。まともに意識を保っていられる間は自分をこんな目に遭わせる他者を恨み呪い続けたに違いないだろうが、そうやって意識を保っていられたのはきっと僅かな時間だけだろう。永い悠久の時間の中で、呼吸で得られる酸素が無く飢餓を満たす食料も水も無い環境で体は自然治癒で再生するより早く腐り落ち、残ったのは骨と僅かばかりの乾いた皮膚と、終わりの見えない耐え難い苦しみに喘ぐ発狂した意識のみ。もしかしたら、精神を蝕んだ苦しみの原因となる肉体が朽ちたことで苦痛が和らぎ、ここ千年の間は発狂した精神を微睡ませて、安らかに眠っていたのかもしれない。少なくとも、墓を暴かれるまでは。

そこまで想像して、何故自分がこの呪いに掛かってしまったのか分かったような気がして、乾いた笑い声が零れ落ちた。それはあくまで想像上の考えでしかないが、強ち間違っていない気もした。

「……なるほど。俺はあの木乃伊のささやかな安らぎに満ちた眠りを妨げてしまったことで、千年も昔にあの木乃伊を埋めた人達へ向けられていた怒りと呪いも同時に目覚めさせ、先人達の代わりに呪われたってことか」

「千年越しの八つ当たりで呪われるたぁ、先生も苦労するねぇ」

全く同情も憐れみも感じられない口調で女がしみじみと呟き、緩慢な動きで腰を上げた。

「ま、魔物の木乃伊が本当は人だとか、木乃伊がまだ生きてるとか、そんなの全部あくまであたしの推測さ。あんまり気に病むんじゃないよ、先生」

病は気からって言うだろう?と女は背伸びした。女の飄々としたその態度にこれ見よがしに溜息を零すのも諦め、力の入らない足に喝を入れて何とか立ち上がり、呆れた視線を向けた。

「ここまで俺のメンタルをタコ殴りにするような話ばかりしておいてよく言えるね、それ」

「ちょっとした推測の話をしただけじゃないか。こちとら冒険者を引退してから道具屋の店番ばかりで体も訛るわつまらないわで退屈してたから、オカルトだろうがゴシップだろうが、こういう刺激のある話を聞いちまうとついつい食いついちまうのさ。許してくれよ」

「人を暇つぶしの玩具にするなよ。俺にとっちゃ真剣な悩みなんだから」

思い詰めすぎたためか、ストレスが原因と分かる鈍い頭痛がして眉間を揉んでいると、流石に悪いと思ったのか、女が苦笑した。

「悪かったって。でもまぁ、いい着眼点を披露したろう?その木乃伊本当に死んでんのかとか」

「……まぁ、確かにね。不死の魔物として討伐を諦められて石棺へ封印されて葬られたぐらいだし、あの状態でも生きているという可能性も捨てきれない。木乃伊も石棺も呪いも呪いを解く方法も、まだまだ調べることは多そうだし、いつまでもウジウジしてる訳にはいかないな……認めるのは癪だけど、久しぶりに調査意欲が湧いてきたよ」

「おっその意気だ先生。不安にさせたお詫びに今度の買い物で色つけてやるから、またこの店に来てくれよな。日用品やら魔具やら爆薬やら揃えて首を長くして待ってるからさ」

「……今不穏な単語が聞こえたんだけど?」

「腹掻っ捌かれるの怖いなら爆薬で一思いに吹っ飛ばして不死を確かめるのもありかなって」

「いい加減にしてくれ俺を殺す気か!?」

「不死なんだろうから大丈夫だって~」

ケラケラと笑い声を上げる女を睨みつけ、このままでは命が脅かされると足元の木箱の蓋をさっさと閉め、脇に抱えて店を出た。「またのお越しを~」と女の間延びした挨拶が追いかけてきたが、あと一週間はこの店に来るのをやめておこうと心に誓った。下手したら来店と同時に首を飛ばされかねない。相変わらず人がごった返す熱気がこもった人込みの中を慣れた足取りですり抜けながら、ベスは深々と溜息を吐いた。


ベスが去った龍の眼雑貨店は静寂に満ちていた。その静寂の中で、女、道具屋のミラーシュカは一人、長椅子に凭れ掛かるように座ってベスの身に降りかかった呪いについて思考していた。先ほど、「冒険者やってた頃に人型の魔物の話なんてあたしでも聞かなかった」と述べたが、実は少し、似たような存在が語られた昔話を聞いたことがある。かなり昔、現役の冒険者として旅をしていた頃に、偶然旅を共にした吟遊詩人が歌っていた。

今より遥か千年も前の話。遠い東の果て、魔物の国と呼ばれる魔の国で魔王を名乗るの男が現れた。魔王は世界を恐怖と混沌に陥れ、幾つもの国が討伐隊を差し向けても、圧倒的な武力と魔力で討伐隊を殲滅し、歯向かう国を幾つも滅ぼした。何年もの間、世界は魔王の存在に苦しめられていたが、ある日、一人の若者が現れて魔王討伐の旅に出た。旅の途中で何度も魔王と交戦し、幾たびか息の根を止めたこともあったが、魔王はその度に蘇って若者を苦しめた。長い時間をかけて魔王と戦い続けた若者は、不死の存在である魔王を倒すことは不可能であると悟り、罠を仕掛けて魔王を封印した。若者は封印された魔王が二度と世に出てこられないよう、厳重に封印を重ねてこの世界のどこかに葬った。若者は魔王を倒した勇者として世界中から讃えられたが、暫くすると何処かへ旅に出て姿を消したという。

誰が作者かも分らぬほど古くから語られているお伽話だと、吟遊詩人は笑っていた。ベスから例の木乃伊について話を聞く迄、ずっとそのお伽話のことを忘れていた。

「……先生、あんたとんでもない奴を蘇らせちまったかもしれないねぇ」

ポツリと呟いたミラーシュカの言葉を聞くものは、誰一人としていなかった。




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