傭兵と少女の話


鉄の国、と呼ばれる国がある。


周囲の国と比較すると歴史の浅い新しい国だが、移住したいと身一つで門を叩けばすぐに移住手続きをしてくれるような、移民に寛大で多様性に富んだ国だ。それでいて傭兵ギルトが犇めく武力重視国家でもあり、偶に街のあちこちで弾丸や魔法、刃物が飛び交う殺伐とした国でもある。国民は荒くれ者が多く、喧嘩っ早い国民性が少し厄介ではあるが、国民の殆どが何かしらの傭兵ギルドに所属している為か戦闘に慣れている者が多く、利害が一致すればどんな相手だろうと手を組むという柔軟な思考を併せ持つ合理的な思考の持ち主も多い。


虎松亥兵衛も数年前にこの国に流れてきた移民の一人だ。余所の国へ出稼ぎに出る傭兵ギルドがあると聞き、なかなかの荒くれ者共が集う国でもあるとも聞いていたので、それなりの覚悟をしてこの国へ移住することを決断した。が、今日に至るまでフリーの傭兵として仕事も衣食住も困ることなくのほほんと生活できているので、この国に移住して良かったと今は満足している。きっとこの国の国民性が肌に合っているのだろう。腕っぷしの強さでその日の己の生活を切り開くこの国の生活スタイルは生きやすいとすら感じている。今や行きつけの店ができるほど、この国に慣れ親しんでいた。

行きつけの店の一つである「穴蔵」という名の酒場は住処にしている宿が近く、提供されるご飯はどこか故郷の味付けに似ており、傭兵募集の張り紙掲示を許可された店であるため仕事も探しやすいと、好条件が三拍子揃っている。また、店員が気さくな性格で話しやすく、偶に仕事を紹介してくれることからよく入り浸っている。唯一の欠点は常に人でごった返しているということぐらいだろう。

早朝ならば人も少ないだろうかと少し時間に余裕を持って傭兵募集の張り紙を探しに来たのだが、その日の朝も相変わらず穴蔵は人でごった返していた。皆考えることは同じらしい。思わず悪態を吐きそうになった。

「よぉトラマツ、席ならここ空いてるぞ」

声を掛けられてそちらへ視線を向けると、すっかり顔馴染みとなった店員がカウンターの奥から手招きをしていた。彼の言葉の通り、ちょうど彼の前のカウンター席が一つだけ空いている。滑り込むようにそこへ座ると、背後で舌打ちが聞こえた。どうやら同じ席を狙っていた者がいたらしい。なんとか席を確保できた安堵から思わず吐息を零した。

「今日も大盛況だな」

「お陰様でな。今日も依頼探しか?」

「あぁ。何か良いやつ知ってたら教えてくれ」

「そうだなぁ……月の国の応募はどうだ?報酬は金じゃないが、珍しい魔具がタダで貰えるらしい。張り紙はそら、そこの壁にある」

「却下だ」

即座に切り捨てると「お前なぁ」と店員が苦笑した。素直に提案してくれた店員に申し訳ないとは思うのだが、報酬が金じゃない上、代わりに魔具が報酬だと聞いて即決だった。

魔具は魔法を扱う素質がある者のみが扱える道具であり、魔法の素質が無い者が持ったところで何も効果は無いし道具としてすら扱えない。己の魔法を扱う素質についてはよく理解している。昔から割と卒なく何でも熟せる性質だが、どうにも魔法は例外だった。昔、父親がわざわざ火の国から魔術師のエリートを師として呼び寄せたが「才能がない」と匙を投げられたほどだ。魔術師のエリートにそう言われるぐらいなので余程酷かったのだろう。

そういうこともあり、いくら珍しい魔具を手に入れたところで宝の持ち腐れになるのは目に見えている。扱えない者が持つよりは、扱える者の下へ渡ったほうが魔具も道具冥利に尽きるだろう。

他に何か無いか、と視線で問いかければ店員は口をへの字に曲げた。

「もう少し早く来てれば火の国の傭兵募集の張り紙もあったんだが……さっきロベルトの奴が引きちぎってったからなぁ」

「ロベルト?槍使いのか?」

「あぁ。金が入用だって言うからそれを勧めちまったのさ。残ってる張り紙はトラマツが望むような国外の依頼じゃねぇからなぁ……」

うぅん、と店員は唸りながら両腕を組み、店内のあちこちに貼られている張り紙を眺めるように店内をぐるりと見渡し、ある一点で視線を止めた。

「あ」

声を上げた店員の視線の先を追い、赤毛の中年の男が視界に入ったと同時に席から立ち上がった。今しがた話題に上がった男、ロベルトがテーブル席で一人、ちびちびと酒を飲んでいる。そちらへ向けて歩みだすと、後ろから店員の慌てた声が追いかけてきた。

「お、穏便に話し合えよ。お前が後なんだから」

「分かってる。譲ってもらえないかちょいと交渉するだけだ」

店員へ向けて手を振りながらも、視線はロベルトから外さない。ロベルトとはつい先日同じ傭兵任務をこなした仲だ。任務の最中に何回か会話をしたこともあるが、別段仲が良いわけでも、悪いわけでもない。だが、落ち着いて話ができる人物であることを知っている。

さて、どうやって譲ってもらおうか。交渉の術を脳内に巡らせながらゆっくりとロベルトの方へ歩みを進め、「ロベルト」と声を張り上げた。呼びかけに気づいたらしい彼と目が合った。こちらの顔を覚えていたのか、ロベルトが「よぉ」と手を挙げた。反応は悪くない。挨拶をしてくれるということは相手もこちらに対してそんなに悪い印象を抱いていないという証だ。同じく手を挙げて応えながら、「今いいか?」と呼びかけたところでそれは突然聞こえてきた。

「――おい、喧嘩だ!奴隷商人とアレクの親方が揉めてる!報酬金未払いだ!」

店内中に響き渡ったその大声が賑わっていた穴蔵を静まり返らせ、一瞬の間を挟んで殺気立たせた。それまでカードゲームに熱中していたギルド連中も、酒を楽しんでいた傭兵連中も、張り紙を吟味していた職探し中の人物達も皆、目つきを変えて店内を飛び出していく。無論、ロベルトも例外なく飛び出していった。

「あっ、ちょっ……!?」

咄嗟に手を伸ばしたが声も手も届かない。つい数秒前までとは打って変わってすっかり人気のなくなった店内に残っているのは、カウンターの奥で悪態をついている店員と虎松の二人だけだ。

「この国で報酬未払いたぁ良い度胸してやがる。トラマツ、俺の分まで奴隷商人ボコボコにしてこい。帰ってくるまでにお前好みの張り紙探しといてやる。みたらし団子もおまけしてやる」

「あー……それは助かるが」

咄嗟に渋りかけたが、店員から刺すような視線を受けて肩を落とした。個人的には行きたくないのだが、行かないと穴蔵から出禁をくらいそうだ。仕方なく穴蔵から出て辺りを見回すと、目的の奴隷商人らしい人物は直ぐに見つけた。周辺にいたであろう傭兵達に円を描くように包囲されている。後からどんどん駆けつけてくる傭兵達が円に加わっていくものだから人垣の円は太くなっていく一方で、ますます逃げ場を失っている。非常に目立つ集団だった。ここまで傭兵達が殺気立つ原因が分かっていないのか、円の中心にいる奴隷商人は何かを喚いている。同じく円の中心で奴隷商人を睨みつけている大柄な男は話題の人物の一人、アレクだろう。何百という数の傭兵ギルドが犇めくこの国で指折の強さを誇る有名なギルドを率いる首領だ。あの円の中心の二人がどうしたんだと周囲の人間に詳しい話を聞かなくても、依頼人と思しき人物の名前と傭兵、そして報酬金未払いという単語が揃えばこの国では話が通じる。

よくもまぁ、鉄の国を代表する有名なギルドの首領を相手に報酬金未払いだなんて、奴隷商人もなかなか馬鹿なことをしでかしたもんだと思わず鼻で笑いそうになった。

この国の数少ない法律の1つに「仕事の依頼人は依頼した仕事が達成された際に請負人、つまり傭兵に決められた報酬を決められた日に必ず支払うこと」という内容が定められており、この法を破ったものは報酬の倍の金額を傭兵へ支払うか、相応の罰を傭兵から下してもいいと法的に認められている。つまり、報酬金が支払われなければ傭兵は依頼主をボコボコに殴り倒しても良いと国が許可をしているのである。国すらもそう対応するほど、報酬金未払いはこの国では最もやってはいけない大罪の一つとして認知されている。

この国で傭兵を募集する際に国からその旨の通達がされている筈だが、何らかの手違いで報酬を用意できない依頼主は偶にいる。そういう輩は今後同じことを仕出かさないよう依頼を受けた傭兵が自分の手でボコボコにし、近くにいる傭兵達も「この国の傭兵が舐められてないけない」と加勢してみっちり締め上げるのが暗黙の了解とされていた。

無論、今回の件もそれに該当する。しかし、奴隷商人が雇ったアレクのギルドは選りすぐりの精鋭達で結成された武装集団で、メンバー数も三桁は超えていると聞く。噂を聞きつけてギルドに属していない傭兵達も集まってきている。奴隷商人が数分後にはどうなっているのか、想像に難くない。加勢に加わるまでもない。あの円に無理やり入っていったところで、中心に辿り着くころには奴隷商人は襤褸雑巾の成れの果てと化しているだろう。いくら法律を破ったとはいえ、そんな人間に追い打ちを掛けることに虎松の良心が難色を示した。

店員には「きっちり十発ぶん殴っておいた」とでも伝えればいいだろう。そう一人頷き、近くにあった護送用と思しき木造の荷馬車へ背を預けてその騒ぎを静観することにした。そんな虎松に声を掛ける者がいた。

「おっおいアンタ!この荷馬車は大事な商品なんだ!寄りかからないでくれ!」

咄嗟に背を離して声の主を探した。主は直ぐに見つかった。荷馬車の荷台の下に隠れるように這いつくばり、こちらを非難めいた眼差しで見上げている。小心者そうな顔つきの男だ。予想外な場所にいたその男に思わず声を掛けていた。

「あんた、何してんだそんなところで」

「み、見て分からねぇのか!隠れてんだよ!」

「何で」

「な、何でって……」

男の視線が虎松から外れる。男の視線の先を追いかけ、納得した。

「なるほど、あの奴隷商人はお前の主人か」

「でっでけぇ声で言うな!」

「あんたの方が声でけぇよ」

思わず突っ込むと男は自らの口を両手で塞いだ。間の抜けたその姿に思わず苦笑したところで、ふと視線を感じた。咄嗟に腰に下げている刀の柄に手を掛け、視線の主を探す。殺気は無く、害を含んだ視線でもない。一つだけ分かるとすれば、妙に突き刺さる視線を寄越すこの人物は余所の国の住人だろうということ。

この国では視線が合っただけで喧嘩が勃発することもある。その為、この国の住人は他人をジロジロと見たり相手が視線に気付くほど見つめたりしない。暗黙の了解となっているそれを知らずに他人を見つめたり視線を送って揉め事を引き起こすのは、大抵余所の国から来た奴だ。

恐らく、視線の主もその類だろう。滅多に感じない視線を受けて咄嗟に身構えてしまったが、悪意を感じなければ特段気にも留めない性質の為、気付かないふりをして流そうとも思ったのだが、あまりにも熱心に向けられるそれに気が変わった。

「この国ではあんまり他人を見つめなさんな」とお節介がてら忠告をしておくかと、視線の主を探し、ふと上を見上げた先にそれは見えた。木造の荷馬車の荷台には鉄格子がはめ込まれた小さな窓がある。景色を楽しむため、というよりは単純に荷馬車の中の空気が籠らないようにと造られたであろうと分かるその小さな窓の、武骨な鉄格子のその奥に、その赤い瞳はあった。視線の主だとすぐに分かった。虎松が見つめ返しても目を逸らすことなく、じぃ、と見つめている。どこか見覚えのある目元だった。どこで見たのだったか。思わず小首を傾げると、相手も合わせたように首を傾げた。窓が小さいため相手の顔の全貌は見えないが、小さい子供特融の、幼い目元をしていた。子供、だろうか。この荷馬車は奴隷商人のものだろうし、きっとこの子供は奴隷なのだろう。

「おい、ぼう……嬢ちゃん?坊主?」

声を掛けようと言葉を発してから気付いた。目元しか見えないせいで相手の性別すらわかず、なんて二人称で声を掛けるべきなのか分からないのだ。どうしたものかと数秒だけ悩んで、考えるのが面倒になってやめた。

「あー……そこのあんた。窓越しから俺を見てるそこのあんた。そう、あんただ。この国にいる間はあんまり他人を見つめるなよ。揉め事に巻き込まれるぞ」

そこまで言葉を口にした途端、後ろから怒号が響き渡った。振り返るまでもない。恐らく奴隷商人の公開ボコボコ処刑が始まったのだろう。ふと下に視線を落としてみると、荷馬車の下で這いつくばっていた男は姿を消していた。恐らく主人を見限って逃げたのだろう。視線を窓に戻せば、そこには相変わらずこちらを見つめる赤い瞳があった。忠告が聞こえなかったのだろうかと小さく溜息を吐いたところで、それは小さな窓の奥から淡々と聞こえてきた。

「もう、巻き込まれてる」

囁くような、少女と思しき小さな声。どうやら赤い瞳の主は少女らしい。感情が読み取れない静かな話し方に興味を惹かれ、観察がてらその赤い瞳を見つめ返した。見れば見るほどどこかで見た気がした。どこで見たのだろう。赤い瞳自体は故郷では珍しいものではなかった。ということは、故郷で見たのだったか。そう考えれば確かに懐かしい気がした。確か、身近にこんな目をした誰かがいた、気がする。誰だっただろうか。ここ数年思い出すこともなかった記憶を辿ろうとして、止めた。思い出したくないことを思い出しそうだ。今にも脳裏に駆け巡ろうとする過去を振り払うように口元を笑みの形に歪めた。

「そりゃそうだ。嬢ちゃんの売り主は雇った相手が悪かった。アレクは傭兵の中でも契約に口煩い性質でな、足りなかった分の報酬金を何が何でも補填しようとする奴だ。この荷馬車はあの奴隷商人の持ち物だって知られてるだろうし、足りない報酬金の充てにしようと売り飛ばされるだろう。もちろん嬢ちゃんも」

「そう」

わざと不安を呷るような話し方をしてみたのだが、少女は無感動に見つめてくるだけだった。目の前の少女は生きた人間なのだろうかと疑問にさえ思うほど感情が伝わってこない。暖簾に腕押ししたような気分だった。世の中には死者を蘇生して奴隷にする死霊使いなる魔術師もいると聞くし、もしやこの少女は死者なのではないだろうか。そんな馬鹿げた考えが浮かんだ。

「怖くないのか」

問いかけたが、少女は答えない。静かに虎松を見下ろして、やがて目を逸らして姿が見えなくなった。荷台の奥に引っ込んだのだろう。何故か、少女が目を逸らした瞬間の目元が頭から離れなかった。あの目元。あの目。どこかで。

「嬢ちゃん」

呼びかけても、拳で荷台をノックしてみても反応は無かった。何故だか、妙な焦燥感が胸を過った。このままではいけないと誰かに囁かれた気がして戸惑った。このままではも何も、いったいどうすればいいというのだろう。この少女の売り主は現在リンチの真っ最中だし、部下の男も逃げ出した。この荷馬車はいずれアレク達のギルドの手によって足りない報酬金の充てにする為に売られていくだろう。少女も。つい先程、自分が少女に言った通りだ。虎松の知らないところでそうやって事は進んで、少女は売られてやがて誰かに買われるのだろう。それが奴隷の運命だ。買われた先で死ぬまで働く。それがあの少女の運命。自分には何も関係のない、ちょっと忠告をしてやろうと思わせたあの真っすぐな眼差しの少女の。どこかで見たようなあの目の、少女の。

脳裏に少女の目元が、眼差しがぼんやりと思い出される。目を逸らされたあの瞬間の、あの目元。一瞬だけ、あの無感動な目に感情のようなものが滲んでいたように見えた。あの目と同じ目をした人のことを、自分は知っている気がした。同じような目をした人を、確かに自分は、何処かで。

背後からは未だに怒号が響いている。周囲の人間の興味も視線も、その騒ぎに向けられている。それを確認しながら、何となく荷台の背後に回った。見張りはいない。荷台の扉をしっかりと閉める南京錠は大型のもので頑丈そうな造りのものだが、よく見れば傷だらけで傷んでいる個所もあり、古い代物であることが分かる。守護魔法が掛けられている気配もない。それをしっかりと確認した上で辺りを見回した。タイミングのいいことに周りには誰もいない。恐らく、周辺の傭兵達は皆、奴隷商人の下へ加勢に行っているのだろう。その絶好の機会と言わんばかりの環境が、脳裏に浮かんだ少女の目元が、虎松を後押しした。

「嬢ちゃん」

しっかりと閉じられた荷台の扉をノックした。反応は無い。それでも、続けて声を掛けた。

「ちょいと揺れるが、悪いことは起きない。不安なら、扉から離れて奥の方にいてくれ」

返事を期待していないと言えば嘘になる。少し耳を澄ましたが、何も聞こえなかった。荷台の奥に移動したかも分からない。それでもいい、と笑みを浮かべた。少女に悪いことは起きない。起きるとすれば、この古びた鍵にだ。

腰に下げた刀の柄を利き手でそっと握りこみ、片足を半歩だけ後退りさせ、ゆっくりと鼻から息を吸い込む。肺に息を貯め、一瞬だけ呼吸を止めた。今だ。脳裏に響いた命令と同時に鯉口を切り抜刀、煌めく白刃が一閃した瞬間、甲高い音が喧騒の中に紛れた。足元には真っ二つになった南京錠が転がっている。荷台には傷一つない。恐らく揺れもなかっただろう。そう満足して肺に貯めていた息を吐きだし、刀を鞘へ仕舞う。扉に手を掛け、手前に引くとあっさりと開いた。灯り一つない薄暗い荷台の中は黴臭く、少女が自分を見つめていた小窓から差し込む太陽の明かりだけが唯一の光源だった。

その光の奥、荷台の奥に件の少女はいた。予め奥にいたのか、はたまた虎松の忠告を聞いて奥へ移動したのか。何にせよ少女は確かにそこにいた。襤褸切れ同然の薄汚い布を体に巻き付け、こちらを呆然と見ていた。淡々とした喋り口から十代半ば頃かと思っていたが、もっと幼く見えた。整った顔をしている。瞳は故郷の人間と同じくらい鮮烈な赤色をしているが、襤褸切れ同然の布の隙間から覗く肌とくしゃくしゃの髪は驚くほど白い。病的なまでに。そうして少女の全体像を隈なく観察して、ようやく気付いた。何故、少女の目元を見て懐かしいと思ったのか。誰と似ていたのか。生き写しというわけではない。それでも、目元とその眼差しがあまりにも、記憶の中の子供と同じ面影をしているものだから。

荷馬車の中へ駆け込みたくなる衝動を辛うじて抑え込み、呆気に囚われた表情を浮かべるあどけないその顔に向けて、手を差し出した。


「なぁ、ここから出られるって言ったらどうする?」







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