言わないわ

──私には好きな人がいる。

 その人は明るくて元気で何事にも全力で、人を妬んだりもしないし悪口の一つも言わなくて。……ああ、でもこの前は友人の愚痴を言ってた気がするわね。前言撤回しましょ。

 あと、ちょっとどころかかなり天然でよく凡ミスをしては部屋の隅で膝を抱えてたりするのよね。

 本人曰く『穴に入っているつもり』らしいけどよく分からないわ。まあ、面白いから止めはしないけど。


 そして恋愛にはうといというか、女心が分かっているようで分かっていない。気もしないけど疎いのは紛れもない事実。あと突っ走りやすいかしら。

 最後に、『好きになったら一途』だそうで。……ちなみにこれは本人談。


 まあ、それでも全部ひっくるめてその人が好きなわけなのよ。

──でもこの気持ちなんて絶対に言わない。





──「エルミアさんッ!」

 散歩で道を歩いていると後ろから声がした。目を閉じていても分かる声に足を止めて振り返る。

「あらあら、武家ぶけのお坊ちゃまが私に何の御用でいらして?」

「今日こそ教えていただきますよ! エルミアさんには好きな人がいるんですか!」

「……またその質問ですの? ご想像にお任せすると告げたはずですわ」

 ドレスを身に纏った女性、エルミアはため息をついて肩を竦めた。この質問は今を含めて30回以上聞いているのだ。

「そうですけど、いるかいないかだけでも教えてくれませんか……」

「何故そこまで必死なのかしら。……もしかしてお坊ちゃまは私に惚れていらっしゃるとか?」

 もちろん冗談のつもりだった。エルミアが口元に手を添えて含み笑いでからかうと彼の顔がスッと真顔になる。

「ええ、惚れてますよ」

「……!」


「あの日からあなたしか見えないんです。それほどぼくはエルミアさんが好きなんです。あなたに心を奪われてしまったんですッ!」


 彼は頬を真っ赤に染めながら大声で告白してきた。

 それはもう周りに人がいたら振り返るほどの馬鹿でかい声で。

「……ニホンの男児は声もなかなかのものね」

「あ、ありがとうございますッ!」

「褒めてませんわ」

「えっ」

 エルミアの言葉に彼は目を丸くし、しゅんと肩を落とした。彼の周りはどんよりしている。

「ふふ、まあいいわ。ただお坊ちゃまはまだ学生、もう少し大人になったら考えないこともなくてよ」

「ほ、本当ですか!」

「ええ。けれど生真面目で一途なお坊ちゃまにはそれに相応しい同国の淑女がお似合いですわ。──ッ!?」

 急に彼がエルミアの両手を掴む。

 自分よりも大きくて骨張った手はとても温かく、彼女の手をすっぽりと包み込んだ。


「ぼ、ぼく絶対に立派な紳士になりますから! 待っててください!」


 目と鼻の先、綺麗な茶色の瞳がまっすぐ見つめる。

 今思えば間近で彼の顔を見たことがなかったため、幼くも凛々しいその顔に心が揺れた。


「……紳士を目指すのなら、まずは淑女レディの扱い方からですわね」


 エルミアは息を吐きながら口角を上げ、やんわりと手を振りほどくと彼に背を向けた。


「ではごきげんよう。“ミスター・エーイチ”」

「初めてぼくの名前……!」


 振り返らなくても分かるほど、分かりやすい声を聞きながら歩を進める。

 その途中で「諦めませんから!」と叫んだ彼の声が鼓膜を揺らして、エルミアの口が小さく弧を描いた。


──貴方が好きだなんて、“今は”言わないわ。

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