第50話

「そろそろ落ち着いたかい?」


 見かねた先生が水を片手に見舞いにやってきた。


 気がつかなかったが、僕はゲロっていたようだ。地獄を具現化したようなその世界に僕は立ち尽くしていた。


「いいかい?これが君がやろうとしていたことだよ?私の防御魔法がかかっているからそこまでの影響はなかっただろうけど、学校の崩壊は免れなかっただろう。何人の生徒が生き埋めになったか分からないよ」


 分かっている。そうでなければ吐いたりなどしない。


「まぁ、分かったならいいさ。じゃ戻ろうか。休養も大事だからね」


 その後のことはほとんど覚えていない。教室に戻った後で何やら言われた気もするが虚ろ虚ろだった。


 次に気づいたとき僕は家に帰っていた。なかなかどうして帰巣本能というのは馬鹿にはならないようだ。僕は本に埋もれて寝ていた。本に埋もれて死ねば本望というもの好きもいるようだが、窒息死など一番きつい死に方だろう。生を感じれるという意味では良いのかもしれないがそんな酔狂な奴はもとよりそんな普通な死に方など選ばないだろう。


 そんな他愛ない妄想に久方ぶりにふけっていた。


「分かりきっていたことのはずなんだけどね。それともなんだい、今更知らなかったとでもいうつもりかい?」


 そんなこと言うつもりはない。が、ただ僕は知識として知っていただけのことだ。経験として知ってはいなかった。


「まぁ、僕もこれ以上は言うつもりはないけどね。どうやらすでに言われているようだし、ここまでにしておくよ」




 その夜、僕は夢を見た。


 燃え盛る街を僕は眺めていた。生まれ育ったはずの街なのにしかしそれは何も感じない。感じられなかった。悲しみなどを感じられる状態ではなかった。


 しかし、僕自身はその街に見覚えはなかった。が、確かに所縁はあるのだろう、それはどこか懐かしさを感じていたようだった。


 しかし、それは何も感じない。目の前に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていようと、いくら助けを求められようと、何も揺さぶられなかった。


 しかし、それは助けを求める者は助けた。本能ではなく理性によってだ。ここは助けるべきだという客観的評価によって。


 しかし、それは多くを助けることはできなかった。いくら力を持とうとも人を癒す力は持ってはいなかった。


 しかし、それは己の無力を恥じる心は持ち合わせていた。後悔しさえした。愛する者すら助けられなかったからだ。


 しかし、その惨劇は歴史で語られることがなかった。こんなことは日常茶飯事だったからだ。数あるうちの一つとしてしか語られなかった。そんな矮小なことを記す余裕はそこにはなかった。


 だから、それは人であることをやめた。最愛の人を殺し、数多の人を死に至らしめたその存在をそれは憎んだ。


 だから、それは決して人の歴史では語られることはない。人の理から外れた獣のことなどを記す余裕もまたそこにはなかった。


 人であることを忘れた者に差し伸べられる手はなかった。理性を忘れ本能のままに散々な悪逆を尽くした後でそれは滅された。


 ある一人の心残りによって。


 しかし、それは満ち足りた表情をしていた。


 それは、先に逝った友と会える喜びを感じていた。


 後に残ったのは戦争の爪痕だった。たった一人によって行われた戦争の傷だ。


 たった一人によって世界は崩壊しかけ、たった一人によって、それはすんでのところで免れた。


 人々の記憶とともに消え去った古い記憶である。

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ムショクの貴族~才能なしと切り捨てられた少年、伝説の魔女に拾われ最強へと返り咲く~ マグロ @maguroTUNA

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