第49話

 授業開始のわずか数分でそこは見るも無残な姿に変わっていた。無数のクレーターにあったはずの山は跡形もない。地面は燃えていたし空は割れていた。


 確かに、開始直後は拳と拳のぶつかり合いだった。衝撃波すら発するのほどのおよそ人が到達しえない、その目で捉えることすら叶わない領域で僕たちは拳をぶつけ合っていた。


 まず、その衝撃波で地面は崩壊し空は割れ、山は崩れ去った。


「さすがにやりますね。師匠の弟子というのは嘘ではないようだ」


「それはこちらのセリフだよ。まさか師匠以外でここまで私と打ち合える人間がいようとはね。実に素晴らしい、数十年ぶりに心が躍るというものだよ」


 数百、数千の拳を交わし合い、相手の力量を測ったところでその会話は起こった。時間にして一分もかからなかったがそれだけ打ち合えば分かろうというものだ。では、ここからは本気で行かせてもらおう。僕の本領を発揮させてもらおう。僕の本職は魔術師だ。


「では本領発揮と行きましょう。シヴァ・ミティ」


 そう呟き先生の足元を破壊する。先生もまた空を飛べるだろうからこれが直接勝利とは繋がらないだろうが、一瞬は隙が生まれるだろう。刹那の隙さえあれば十分だ。


「ブースト」


 誰でも使える風魔法の初歩中の初歩だが、だからこそ使い勝手がよい。瞬きするそのわずかな時間で肉薄し、拳を打ち込む。もちろんこの拳もまた先程の何倍も加速している。スピードは力だ。これを受ければいくら先生でもただじゃすまないだろう。地面に打ち付ければ半径1キロは下らないクレーターを生み出すほどの威力だ。


「これが全力かい?」


 しかし、そうはいかなかった。先生はいともたやすく僕の拳を受け流す。受け流された拳はそのまま先生の拳となって僕に帰ってきた。何とまぁ器用なことをするもんだと感心するところだろうが、生憎そんな余裕は僕にはないし、かといって拳を受け流すなんて真似はできるはずもない。僕はただその拳を受けるだけだ。


 音すら置き去りにする超音速の拳によって僕は吹っ飛ぶ。一瞬で地平線の向こう側に消え去った僕に先生はやはり追い打ちをかけてきた。


 いくら僕より数段劣る拳と言っても、その威力は生身の人間がかすっただけで体が吹っ飛ぶほどだ。しかしやはり、僕にはそれを受けるほかはない。少しばかりは受け流しはできるものの完璧ではない。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!!」


 冷静沈着な先生は何処へやら、鬼神の如き表情で僕に拳を打ち続ける先生。ここを勝機と見たか。しかし、ここで素直にやられる僕ではない。体内にためた魔力を変換することなく放出する。要は爆発をしたのだ。先生はすぐさま距離をとり、次の攻撃に備える。


 やはり近接格闘では分が悪いか。ならば遠距離で戦うまでのことだ。


「アグニ・ネトヴァーク」


 先生の周りに炎の包囲網を張る。ドーム状の包囲網だ。摂氏数千度に達するその炎は余りの温度に白の光を放っていた。直視すれば失明するほどに眩い光を放っていた。


 いくら先生でもこの網を無傷で抜け出せはしないだろう。というかものの数秒で体が燃え尽きるはずだ。


「やれやれ、そんな物騒な魔法を使うとはね。どうやら君と距離を取っては不利らしい」


 頭より先に体が反応した。


「ほう。君は中々に実戦経験を積んでいるようだ。後少しでも遅れていたら君の首は飛んでいたよ」


 先程まで僕のいた場所は切り裂かれていた。どんな刃渡りの刃物を使えばそんな跡が残るのだろうか。


「アグニ・ネトヴァーク」


 僕は同じ呪文を唱える。何故あの網から逃れられたか分からなかったからだ。少なくともあの網が完成する瞬間まで確かにそこにいたはずだ。


「いいねぇ。その愚直さ嫌いじゃないよ」


 またしても逃した。が、わざわざ三度を費やす僕ではない。二度目にしてその原因は掴めた。先生の足元には穴があったのだ。人ひとりすっぽり入る程度の。


「私は君のように遠距離タイプではないのでね。力技で行かせてもらったよ」


 一秒足らずでここまでの穴を掘るとは。脳筋が過ぎる。


「まだやるかい?」


「もちろんです。アグニ・ネトヴァーク」


 三度同じ呪文を唱える。今度は地中にも包囲網を布いた。三度目の正直というやつだ。これで逃れられはしないだろう。


「いやはや今度はヒヤッとしたよ。転移魔法を使えて助かった。年の功というやつだね」


 二度あることは三度あるというやつか。全く諺のくせして相反するものがあるとは、作った人を恨みたくなるというものだ。


「何処にそんな余裕があるのかい?」


 僕は再び吹っ飛ばされた。一体何度飛ばされれば気が済むのか。学習しない僕に嫌気がさしながらも受け身を取る。『どこまで行っても基本に忠実に』だ。


 どうやら大技では決められそうにない。僕は近接戦に切り替える。大技にはそれだけの隙が生じるものだ。普通ならば気にならないものでも、ここまで拮抗する相手だとその隙は突かれるのに十分なものとなる。


「やはりそう簡単にはいきませんか。では僕も油断せずに行きますよ?覚悟してください」


「いいねいいね。そう来なくちゃ」


 数分後、立っていたのは僕だった。結局は魔力容量の差だった。あれだけの大技をぶっ放しておいてなお僕の魔力には余裕があった。先生は魔力を使い果たしてそれでジ・エンドだ。


 しかし、先生もまた立っていた。要は僕も魔力切れだったのだ。このまま生身で打ち合えば僕の負けは必死だった。


 僕は負けを認めこの戦いは終わりを迎えた。


 ただ残ったのは、見るも無残な地獄と化した大地だった。人智を超える戦いの結果がこれだ。あの時制止を聞かずに魔法を行使していたと思うと僕は戦慄した。市街地のど真ん中であんなのをぶっ放せば何百何千という命が奪われただろう。愚かささえ感じた。


 僕は『大きな力にはそれだけ責任が伴う』という師匠の教えを心に刻んだとか言いながら、その実まるで理解していなかった。理解したと思い込んでいたのだ。僕は愚か者だ。


 先生はあくまで先生だった。これでは僕が負けるのも頷ける。僕よりも数段高いとこにいたのだから。


 僕は力が何たるかを知らない、ただのガキだった。

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