第43話

 さて、自分を痛みつけたところで本題に戻ろう。少なくとも先程の胸談義が本題とはなりえないだろう。


 暖気するどころか空気を凍りつかせるほどの話が本題とはなりえないだろう。


「それは君の寒いギャグのせいだと思うけどね。なんだよ禿増したって」


 少なくとも僕はうまく言ったつもりだったのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。


 しかしながら今はそんな話をする気はさらさらない。今日は初めての授業の日だからな。気分はもうウキウキだ。


 しかも、今の僕は一人だ。あのトラブルメーカはこの場にはいない。全く、デリカシーがないなどと、どの口が言えたものか。


「へえ、君はたまには正論を言えるんだね。見直したよ」


 僕の評価は思ったよりも低いようだ。


 しかしながら、女の自分の身体に関するコンプレックスはどうやら深いものらしい。若干二名は今朝も落ち込んでいるようだった。これからは身体的特徴をむやみやたらに言うことはやめておこうか。


「そういえばその場のノリで僕も落ち込んじゃったけど、その気になれば大きくすることだってできるんだよ?僕は生物というよりかは概念的な存在だからね。君がそう思えばその形に変化するという訳さ」


 どうやら昨日の失態を取り戻したいらしい。いや、僕は別段失敗とは思ってはいないのだけれど彼女に言わせれば失態らしい。


 恐らく胸に対するというよりかは自己矛盾に対するものだろう。僕にノリに生きすぎていると言っておきながらノリに乗ってしまったことに憤りを感じているのだろう。


 しかしながらもうこれ以上胸を論ずる気はない。僕に胸に対するトラウマを植え付けないでほしい。


「君がそこまで言うならやめておくよ。ただ覚えていてよね、僕は決して貧乳なんかじゃないって。君のイメージのせいなんだって。」


 はいはい。了解しました。


「でもそうなるとおかしいよね?」


 おかしいところなんかあっただろうか?


「いやね、君が僕に抱くイメージが貧乳だとしたら、君の巨乳好き発言はおかしいんじゃないかな?矛盾していないかな?」


 あぁそれね。いやなに、僕は確かに巨乳が好きではあるけれどそれはあくまで創作物上の話だということだ。現実にあんなものをぶら下げられたらたまったもんじゃないからな。現実では慎ましい胸の方が好みだ。


「なるほどね。やっぱり君は異常だよ、そんな人聞いたことがないよ。二次元と三次元で好みが違うっていう人は」


 前から気になっていたが、果たしてこいつは『そんな人』と言うほど人に会ってきたのだろうか?いや、確かに人には会ってはきたのだろうけれど、それはあくまでただ遭遇したというだけの話だろう。個人の内面まで知ったのは数えるほどしかいないんじゃないか?


「そんなこと別にいいじゃないか。嘘は言っていないわけだし。それに君は大雑把に生きていくんじゃなかったかな?こんな些細なことに気を取られていたら有言不実行もいいところだよ。それともなんだい、君のお家芸を披露するとでも言うつもりかい?」


 ここまで反撃される覚えはないぞ?これでは正当防衛も成立しないだろう。過剰防衛の範疇だ。


 とは言ったものの僕のお家芸まで言及されては仕方がない。ここは大人しく引き下がろう。


「おっとトリマーナ君じゃないか、奇遇だね。あれ?君のガールフレンドたちは何処に行ったのかな?察しのいい僕が思うにさしずめ振られたといったところだろうか。いやあ残念残念。君とは恋愛を語り合える気がしたというのに。だがそれでは仕方がない。僕は先に行くとするよ。愛しのガールフレンドが僕を待っているのでね。ではアデュー!」


「いやぁ、登場二回目だというのにやけに盛り込むね~。一体どこからつっこんだものやら。さすがの僕でもこの情報量はさばききれないよ。これも話題をかっさらった君への当てつけかな?」


 当てつけと言われても僕にはどうしようもない。ただ昨日は流されてしまっただけだ。当てつけをするなら凛の方だろうに。


 ここまで言われるのも癪だから彼の欺瞞を一つ暴くとしよう。


「それはなんだい?僕には思い当たらなかったけど」


 彼に彼女はいないということだ。自分の彼女をガールフレンド呼ばわりする彼氏なんて寡聞にして聞かない。普通彼女ならば名前で呼ぶもんじゃないか?


「確かに彼女を呼ぶときはそうだろうね。だけど第三者に言うときはガールフレンドって呼ぶんじゃないかな?いや、ガールフレンドって呼び方は確かに気にはなるけど、少なくとも彼女とは呼ぶんじゃないかな?」


 あれ?そうなのか?


 でも僕が読んだ本にはそんな描写はなかったはずだ。


「それは君が単に偏読家だというだけだよ。もっとほかの作者の作品に手を出すべきだったね。あれじゃあ偏った知識がついても仕方がない。読書というものは確かに人生を豊かにするものではあるけど、君みたいに一人の作者の本ばかり読んでると逆に貧しくなるんじゃないかな?物差しが一本では測れるものも測れないだろうに。今の君みたいにね」


 確かにその言葉に異を唱えるつもりはないが、僕は数百という本を読んだのだぞ?あれが一人の作者による作品だとでもいうのか?


「だからそうだと言っているじゃないか。もっと言うとあの本を書いたのは君が師匠と崇めるあの人なんだからね。ただでさえ偏読だというのに肝心要の作者が世界一浮世離れしている人じゃあ仕方がないよ」


 は?そんなことがあるわけないだろう?師匠が本を書いているなどそんな素振りもなかったではないか。


「君は疑問に思わなかったのかい?何故あの人は普通に生活できているのか?今回の件から君が得るべき教訓は先入観に囚われすぎるなといったところかな」


 僕はあまりのショックにツッコミを入れる余裕すらなかった。


『干渉しすぎるのはいけませんからね』なんてもっともらしい言葉を言っておいてガッツリ干渉しているではないか。


 この流れではいつか師匠と再び会う日も近いのかもしれない。

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