第42話
僕の何気ない発言、いや心言は中々彼女たちには刺さったようで、夕食後も落胆していた。
心言痛み入るというやつだ。もっともここでは慣用句的な意味ではないのだが。
しかし、夕食後もこんな状態が続いていては僕の気が滅入ってしまう。痛みいってしまう。ここは彼女たちの気を取り戻すべきだろう。
「そんなに僕に気に入られたかったのかい?ケイトはともかくとして凛、君はまだ発展途上なのだからそう悲観することはないだろう。ヴァーユはまあ生物学的なものだからしょうがないじゃん。そう悲観することないって」
「ともかく……」
「発展途上……」
「生物学的……」
しまった。二人の空気がより重くなってしまった。しかも、凛は何故かさらに気を落としている。何か変なことでもいったのだろうか?
「いえ、発展途上といえば聞こえはいいんですが、私の母も姉上も私の頃にはそれはもう豊満なものを持っていたようで」
なるほど……ではないな。
由々しき事態だ。励ますどころかかえって心を抉ってしまった。禿増してしまったという訳だ。
この場の空気は氷点下を軽く越して絶対零度まで到達しようとしていた。たかが乳にそんなに執心するものか?
「私たちに言わせてみれば、それは死活問題なのです。貧乳はステータスだ希少価値だなんて言葉がありますが、あんなので気が保てる人は、はなから胸なんて気にしていないのです。胸に生きる我々にはそんな言葉は通用しないのです」
胸に生きるなんてそんな大げさな。それならば他の人はどうなんだ。
「ですから、私たちみたいに胸を気にしない人も大勢いるんです。いえ、大多数と言った方が正確でしょうか?整形手術が何も顔だけだとは思わないほうがいいですよ。地雷を踏みぬく可能性がありますからね。たまたま相手が私たちだったからよかったものを、他の見ず知らずの人にするかと思ったら気が気じゃありません」
じゃあ、まずは整形手術なんていう世界観にそぐわない言葉を出すのをやめてもらおうか。あと、そこまで僕はデリカシーがないわけではない。さすがに人は選ぶ。
「でしたら、ほとんど初対面な私はどうなるんですかね?まだあって一日も経っていないと記憶してますが。これでもデリカシーがあると仰いますか?」
では話を進めようか。明日は授業初日だからな。今日は早く寝て明日に備えるべきだろう。新しい環境というものは本人が思っているより存外心と体に負担を強いるものだ。
そうと決まれば早く寝よう。じゃあ、おやすみなさい。
「そうはいきませんよ?取り敢えず私たち三人に謝ってください。誤りを謝ってください。そうしないと少なくとも私の気持ちは収まりませんからね?」
「だよ?」
「ですよ?」
そういってにじり寄って来る三人衆。全くもったいない。普通にしていれば、お淑やかにしていればなんとも美人さんだというのに、それを全く感じさせない鬼人の如き表情だ。むしろ鬼人そのものと言っていい。氷点下の世界が一瞬にして蒸発してしまったのだから。
「「「さあ」」」
そこまで凄まれては仕方がない。
僕はいつぞや師匠に披露したセブンアポロジーを披露する。ただ、これでは一人多くなってしまうから二回増やした。
ナインアポロジーが誕生した瞬間だった。
いやはや、僕のある意味で初めての新技がこんな形で、ふがいない形で完成し披露されるというのはなんとも納得のいく話ではなかったけれど、しかし生死にはかえられない。
今晩、枕を濡らすであろうことが確定されつつも、これも主人公だからしょうがないと自分に言い聞かせる。
だって、そうじゃないとまともでいられないだろう?今まで聞いたことがあっただろうか、土下座が初めての必殺技な物語を。必殺技の対象が自分自身な物語を。
少なくとも僕は聞いたことがない。
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