第38話
「あれ?どうしたんだい?式はまだ終わってないはずだけど」
「そんなの分かり切ってるだろう!あの魔女から逃げてきたんだよ!」
「はっはー元気がいいねえ。何かいいことでもあったのかい?」
「それにはツッコまないぞ?例の娘から追われているんだ、とりあえず匿ってくれ」
「魔女なんて大層な言葉使っちゃって。ともあれ了解したよ。君の危機は僕の危機でもあるからね。大船に乗った気でいてよ」
泥舟じゃないだろうな?
とは言っても、ここは彼女に頼む以外の方法はない。できるだけ周りの空気と同化し少しでも確率を上げなければ。
「トリマーナ様?」
そう言って勢いよく扉を開けたのはその人だった。
全く、扉を優しく開くこともできないだろうか?
「そこの妖精さん、ここに誰か逃げ込んできませんでしたか?」
「へー、今の僕が見えるんだ。だけど君の期待には沿えないよ。君が一人目だからね、お探しの人は他の教室にでも逃げ込んでいるんじゃない?生まれたてに小鹿の如くブルブル体を震わせてさ」
なんという言い草だ。たしかに今の僕は震えてはいるけれど、そこまで言われる覚えはないぞ。
「それは残念ですわ。せっかくここに美味しいお菓子がございますのに」
「それはなんとも魅力的な相談だね。だけどちょっと美味しいからと言ってその手には乗らないよ?僕のこれからもかかっているからね」
「ちょっと美味しいどころではないですわ。このムール王国が一翼を担う、世界美味しいモノ百選に毎年載る私の故郷自慢のお菓子ですわよ?このアヴァーラで買おうとすれば一年は待たなければらないところを、地元特権をフルに活用して手に入れましたの。それを差し上げますわ」
「なるほど、たしかにそこらへんの妖精なら、今ので陥落したかもしれないけど、生憎僕は普通に妖精じゃないからね、残念だけどそれではまだ無理かな」
意外と粘るではないか。てっきりすぐにバラすと思って逃げる準備をしていたけれど、どうやらそこまで急ぐ必要はないらしい。帰ったらそのお菓子とやらを上げてもいいかもしれない。相手が地元特権なら、こっちは貴族特権だ。
「じゃあこうしましょう。そのお菓子を毎週差し上げますわ。これでどうです?申し訳ありませんがこれ以上の用立ては出来ません。いくら地元とはいえ限度はありますので」
ほほう。これで最後とな。であるなら僕の勝利は決まったようなものだ。権力をフルに使えば毎週と言わず毎日だって用意できる。
「残念だけど、それでも無理かな。僕のパトロンはどうやら君よりもずっと有用なようだからね。他をあたってよ」
「そうですか……この手だけは使いたくなかったのですが仕方ありませんね。実力行使と行きましょうか」
南無三。後でヴァーユにはアヴァーラ中の有名なお菓子をプレゼントすることにしよう。合掌。
「あれ?そんなに余裕ぶっこいてて良いんですか?」
あれ?聞き間違いだろうか?さっきまであんなに丁寧な言葉を使っていたというのに。デジャブを感じる気もするけれど、僕は気づかれていないはずだ。
「だから、そんな悠長にしてて大丈夫なんですか?そんなに脱がして欲しいならお望みどうりにしてあげますよ?」
僕は目線を上げる。なるほど、デジャブはまさしくデジャブだった。何度目か分からないし、同じような展開で申し訳ないのだが、しかしそうなってしまったのだからしょうがない。
僕はまた逃げ出した。
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