第31話

 翌朝僕はケイトに連れられて父上と相対していた。もちろんこの場には僕と父上の二人だけだ。


「よくもまぁぬけぬけと帰ってこられたものだ。恥ずかしくはないのか?」


「いいえ。恥ずかしくなどありません。そもそもアーノルドという名前は捨てました。これからはトリマーナとして生きていくつもりです」


「ほう。名を捨てたか。どうやら生半可な気持ちで戻ってきたのではないようだ」


「もちろんです。その言葉に恥じぬ力をつけてきました」


「一月足らずで力をつけてきたとでも言うのか。まあいい手合わせをしてやろう。万が一にもないが、もし私に勝ったならばなんとか便宜を図ってやろう」


「ありがとうございます」


 口数の少ない父上だが、今回はそれ以上だ。目に何の感情もこもっていない。まるでゴミでも見るようなそういう光のない目だ。


 ならばその目に光を与えてやろう。今まで見下していた、捨てた自分の子供に完膚なきまでに叩き潰されるその様を見て、笑ってやろう。その目に絶望という名の輝きを与えてやろう。


「いつでもかかってこい。手加減はしてやろう」


 庭についたところで父上はそう言った。


「手加減は無用ですよ。では……」


 僕は一瞬で懐に潜り込み、正拳突きをかます。無論父上から渡された剣は使わない。あくまで師匠から習った格闘術でのみで倒しにかかる。


「ぐっ……」


 かなり力を抑えたつもりだが思ったよりも効いたようだ。もっとも僕がそんなに俊敏な動くをするはずがないと高を括っていたことは十二分にあるようだが。


 しかし、ここで手を緩めるような僕ではない。叩き潰すと口にしないまでも宣言したのだ。間髪入れず二発、三発と拳を打ち込む。


 四発目を打ち込もうとしたところで、父上は気を失った。なるほどやはり僕の力は人間に対しては圧倒的らしい。


「ではお願いしますね」


 死体蹴りは僕の趣味ではない。無様に倒れた父上の姿を尻目に僕は部屋に戻る。


 思ったよりもあっさりと勝ってしまった。しかも師匠の訓練で感じた緊張も危険も何も感じなかった。ただ道端でひっそりと生きている虫を潰してしまうような、ただ雑草を抜くような、そんな何も心に響かない、そんな試合だった。


 いや、こんなものは試合とは呼べないだろう。これはただの蹂躙だ。


 この国では最強の部類に入る父上を倒し、何の感情も抱けなかった僕は少しばかり悲しさを感じながらも部屋に戻った。読み飽きるほど読んだ本をさらに読み返す方がよっぽどましだ。



 そんな一方的な蹂躙の数時間後、ケイトはある書類をもって部屋にやってきた。


 もちろんその書類というのは僕がトリマーナとして生きていくための書類だ。新たな戸籍を作るというのはいささか無理がある話だが、それぐらいの無理は通させてもらおう。無難な話というのは随分と退屈なものだ。


 もっとも僕の扱いはこの本家の遠い親戚というもので、かなり無理のない話ではあったのだが。


 父上はさすがに僕と顔を合わせることができないようだった。まあこれはしょうがない。


 次に僕はケイトに連れられて母上に会うことになった。もっとも話すことはほとんどないのだが、まあ挨拶ぐらいはしておいた方がいいだろう。


 僕はため息をつきながらもその扉を開けた。

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