第30話

「ええと、まずはそうですねお帰りなさいというのが正しいのでしょうね。ではお帰りなさい」


 やけに冷めた対応をするではないか。なんだなんだ、もう僕を忘れてしまったとでもいうのか。


「そんな顔しないでください。そんな呆けた顔をしないでください。呆けたいのはこちらなんですから」


 ん?どういうことだ?全く理解ができない。


「それはそういうことだい?僕は五年ぶりに帰ってきたんだけど、僕になんかおかしいことでもある?」


「五年ですか……まあいいですとりあえず離れに行きましょうか。そして鏡でも見てください。多分すべてわかりますから」


 そういえばあの森を出るときに妖精からも鏡を見てと言われたな……僕の顔に何かついているのだろうか。


「さあさあこちらに。私は見回りがありますからあとで参ります。ゆっくりしておいてください」


 そう言われて僕は離れに行く。離れといってもそこまで立派な建物という訳ではない。物置みたいなもので、図書館代わりに使用されていたものだ。


 久方ぶりにその扉を開け僕は鏡を見る。


 僕は絶句した。ガックシだ。しかしながら、鏡をみて合点がいった。


 僕は何も変わっていなかった。少なくとも外見は。


 恐らくこれではアヴァ―ラから追い出された時の、師匠の住む世界に飛ばされた時の姿のままだろう。


 なるほど師匠のいうことは正しかったらしい。あの妖精が言うことも正しかった。僕の視点が高くなったのは気のせいだったようだ。実際には背が高くなってなどいなかった。


 これではあのような表情を取られても仕方がないだろう。僕を笑いもせずにいてくれたことに感謝だ。


 と落ち着いたところで、恥ずかしさが込み上げてきた。あの魔法陣でやらかした時よりもはるかに死にたくなるほどの羞恥心が僕を襲った。


 ケイトにどんな顔をして接すればいいか分からない。僕の黒歴史がまた一ページ増えてしまった。


 僕が行き場のない羞恥心に悶えているとケイトがやってきた。僕は無言だ。今の僕では何を口に出すかわからない。これ以上黒歴史を増やさないための効率的な手段だ。


「いつもお坊ちゃまの妄言にはほとほと愛想をつかしていたところですが、今回の妄言は一層ひどいですね。五年はおろか一月も経っていないのですよ?待っているとは言いましたがここまで早く戻られるとさすがに親愛というものが欠けてしまうというか……これからの付き合い方を考えてしまいますね」


 この誤解がそのままではいけない。僕はすぐさま口を開きこの五年であった出来事を包み隠さず話した。


「なるほど分かりました。お坊ちゃまがそこまで私の胸に執着していたことは。お坊ちゃまならやぶさかではないですが、少なくともそれこそ五年は経ってから言ってほしいものですね。ショタな趣味は生憎持ち合わせていませんので」


 何ということだ、僕の弁明は間違った形で伝わってしまったようだ。いや、正確には間違ってはいないのだけれどこれは僕が意図していた反応ではない。


「あの……それは……語弊と言いますか誤解と言いますか……ええ確かに胸にいささか執着していたことはありますが……それは言葉の綾というもので……」


 やってしまった。誤解がさらに深まることになってしまった。僕の口下手は大概なのだと再確認する。


「まぁそこはいいです。いつもお坊ちゃまは私の胸を見てましたからね。たとえチラ見でも気づくものですよ?これからは気を付けてくださいね」


「はい……」


 僕はすっかり意気消沈していた。僕の冒険譚を語るどころか変質性を語ることになってしまうとは。語るに落ちるとはこのことなのだろうか。


「ですが師匠云々の話はその目を見る限りではどうやら正しそうですし、そうでなければここに騒ぎにならずに戻ってこれるわけがないですからね。積み荷に隠れたりしなければですが」


 僕は必死に首を振った。それはもう首が取れそうなくらいに。


「ではとりあえずはここで休んでください。明日また来ますから、あなたの大好きでたまらないお父様に話を聞いてもらいましょうか。五年も鍛えられたのですからできますよね?」


 僕の恥部を暴露してからやけにぞんざいになっている気もするが……まあ父上との間を取り持ってくれるなら有難い。父上と話をしなければ進むものも進まないからな。


「あら。間を取り持ったりなどしませんよ?一対一です。どうぞ頑張ってください。ではごきげんよう」


 そういうと彼女は自分の部屋へと戻っていった。一度も振り替えることもなく。


 いや、そんなことはどうでもいい。僕の思考はやはり読まれているようだ。極力思考を読まれないように敢えて道化を演じてみたけれど、どうやらそうはいかないようだ。


 やはり彼女は僕よりも一枚も二枚も上手のようだ。勝てる時はいつになったらやってくるのか、そんなことを考えているうちに僕は眠りについた。


 五年ぶりの布団は柔らかかった。

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