第29話

 結論から言って、僕は無事にアヴァ―ラへ到着した。


 街が見えてからは空を飛んでては怪しまれるだろうから、付近の森で夜を待った。


 前回はここでにっくきウサギに襲われたけれど、今回は襲われたところで問題ない。


 僕は安心して仮眠をとった。飛びっぱなしで体力が減っていたということもあり、少し森の奥に入り食料を調達してからの仮眠だった。


 そこで出くわしたのが何故かウサギだったのだけれど、まぁここではウサギが多く生息しているのだろう。そう思い僕はお腹を満たした後、眠りについた。


 再び目を開けたころにはすっかり日が沈み潜入するにはもってこいの時間になっていた。何を隠そう僕はこれからアヴァ―ラに潜入するつもりなのだ。もちろん魔獣に襲われることはなかったことを言っておこう。


 僕は身分を証明するものは何も持っていない。当たり前だ。以前の僕は死人扱いなのだし、何よりアーノルドという存在が亡き者になってから五年も経っているのだ。


 僕が正攻法で街へ入る方法は何一つ持っていなかった。


 ここでふとあの商団を助けなかったことを少しばかり後悔する。なんとか積み荷に忍び込めれば街に忍び込めたかもしれない。


 と思ったが、その考えを払拭する。あの規模からして大層なのある商団であるのは間違いないだろうから、恐らく積み荷が改められることはないだろう。が、だからこそ僕を密輸することは決してありえない。身元不詳なこの僕を信用するのはともかく僕が街で何か問題を起こせばあの商団が糾弾されるのは想像に難くない。


 もっとも仮に潜入の手助けをしてもらってその上彼らを売るということは万に一つもあり得ないのだけれど、僕をそこまで信用するには至らないだろう。実力のある商人だったらなおさらだ。


 という訳でようやく僕は数年ぶりとなる元わが家の上空に滞空していた。


 ここで無理に潜入してしまえば防犯装置でもなってお縄になることは必至だ。確かに警備の目をかいくぐって潜入することは可能だろうけれど、そのあとで手詰まりとなってしまう。


 そんな僕が探していたのはケイトだ。今もなおこの屋敷で働いているならばきっと協力者になってくれるはずだ。父上、母上にそして弟に再び相見えるのは置いておいて、この街で過ごすには協力が必要だ。


 果たして、ケイトはそこにいた。どうやら庭を見回っているようだ。何を隠そう彼女は当時、この家の警備係も担っていたのだ。もっとも、それは今もなお変わっていないようだ。五年たってもなお。父上には及ばないけれど、彼女もまたかなりの実力者なのだ。


 そんなこんなで僕は庭に降り立ち、彼女の目にその姿を映す。


「久しぶりだね、ケイト。五年ぶりかな?会いたかったよ。君の助言に従って本当に良かった。無事に伝説の魔女に魅入られて力をつけて戻ってきたよ。長い間待たせてごめんね」


『ごめんね』なんてギザな言葉を使ってしまうくらいには僕は感極まっていた。


 あの地獄の訓練の最中も片時も忘れなかったその姿に、あの時の記憶そのままのその姿に再び出会えたことに僕は感じ入っていたのだ。


 五年ぶりの再会に、待ち望んでいたその再開に、僕の緊張の糸は五年間張りつめていた、僕という人格を形作り、その形をとどめていたその糸はついぞ切れてしまった。


 今まで流したことのない涙を僕は流してしまったのだ。


 それはもうとめどなく溢れてきた。声をあげて泣いた。僕が初めて感情を赤裸々に露わにした瞬間だった。誰の目があるとも分からないその空間で、僕は泣きに泣いた。


 僕の感情の大洪水は結局、小一時間ほど続いた。


 彼女は無言で抱きしめてくれた。本来ならばこっ恥ずかしいとその手を振りほどくところだけれど、今はその体温が、心音が心地よい。


 僕は彼女の胸の中で泣きに泣いた。彼女の服が濡れて水が滴るほどに泣いたのだった。


 彼女はそんな僕を見てからかうこともせず、ただ落ち着くのを待っていてくれた。

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