第26話

「これで訓練は終わりですね。お疲れさまでした。四年と半年ですか、まぁ及第点というところまでは力をつけられたんじゃないでしょうか?少なくとも人間にあなたより強い人がいないぐらいには」


『ある程度まできたえます』みたいなことを言っていた気もするが、なんと人類最強まで成り上がってしまったようだ。師匠が本気を出せば今の僕ですら瞬殺だろうから、師匠の人智をこえたその強さには恐れ入るばかりだ。


 穿った見方をすれば、人間はあまりにも弱いと言うこともできるのだけれど、これはさすがにかわいそうというものだろう。師匠と比べてしまってはどんな生物も地に伏すばかりだ。


「本当なら私とやりあえるぐらいまで育てるつもりでしたが、強すぎるのも問題ですからね。ただの十歳児にはこれぐらいがちょうどいいんですよ。」


 十歳児?今の僕は十五歳間近のはずだが……


「まぁそれはもとの世界に帰ってからのお楽しみですよ。ここはあなたが住む世界とはちょっと異なる世界ですからね、もとの世界に戻るときにいささか適応するように改変されることはままあります。バランスが乱れてはいけませんからね」


 どうやら僕の初めの予想は当たったようだ。やはりこの世界と元の世界は異なっているようだ。


 まぁ、だからと言って何もないわけだけれど。自分の予想がただ正しかったということだけだ。


「五年と言ったのもひずみが生じる限度みたいなものです。それ以上この世界にいてしまうと元の世界に戻るときに何があるかわかりませんからね。千年以上私はこの世界に住んでいますから、もちろんあなたの世界に行くことはできませんけど、あなたは帰れますよ。無事に」


 本当に至れり尽くせりである。確かにここでの生活は楽などと言えるものではなかったけれど、それでもここまで最大限鍛えてもらったことは感謝以外の言葉では表すことはできない。


「とにもかくにも訓練を終えたのですから、ご褒美に何でも答えてあげますよ」


 そういえばそんなことを約束していた。では早速……


「僕は何故ここにたどり着いたのでしょうか?やけに都合よくいった気がするんですが……」


「私がそうなるように仕向けたからです。言ったでしょう?あなたのことは掌握していると。ここまで誘導することも容易いわけです。あのウサギたちは演出の一環ですし、あの子たちも私の差し金です。もっとも、それはあなたもそれとなく気づいていたようですけどね」


「僕はここを出て何をすればいいのでしょうか?アーノルドという人物はいなくなったわけですし、力を得たからと言って何をすべきか……」


「それは自分で探すべきものですね。私から言うことはないもありません。まぁ助言を一つ言うなら、あなたの街へ帰りなさいということですね。待ってる人もいるようですし」


「五年もたっているのですから、忘れられていることはありませんか?そもそも戻ったところで学校に行けるわけでもありませんし、道はないと思うのですが……」


「待ち人があなたを忘れるということはないようですし、そもそもあなたのその疑念は意味のないものです。まぁ、これも元の世界に戻ってからのお楽しみです」


「ここでは治癒の魔法とそれから火、水、土、風の五つしか魔法を学んでいないのですが、ほかの魔法はないのでしょうか?少なくとも転移の魔法というものはあると思いますが……」


「それもまた元の世界に戻ってから自分で探しなさいな。ここではあくまで基本しか教えてませんからね。応用は自分で見つけなさい。すべて教えるというのは極めて味気がないことですからね。私色に染め上げるというのは確かに面白そうですが、結局は興醒めでしょう。自分自身の手で極めるというのもまた一興というものです」


 とここまで一息に質問したけれど、これぐらいだろうか。少なくともここで解消される僕の疑問はすべて解消した。後はもとの世界に帰るのみだ。


「では疑問もなくなったようですし、そろそろ元の世界に送りましょうか。まあまあ楽しかったですよ、師匠を一方的にいたぶるというのは。成長を実感できるというのもなかなか乙なものでしたし」


 確かに一方的にいたぶられはしたけれど、僕は感謝しているのだ。絶望の底に叩きつけられながらも師匠は引き上げてくれたのだ。絶望で押し潰されないように僕を保てていたのはケイトのおかげだけれど、復活させてくれたのはまごうことなき師匠のおかげなのだ。


 僕の思念が読み取れるからと言って言葉をもって感謝を伝えるべきだ。筆舌に尽くしがたい恩ではあるけれど、それでも言葉を尽くして感謝を使えるべきだろう。


 と思ったけれど、そんな僕の口から出た言葉は


「師匠!ありがとうございました!」


 とそれだけ。


 言葉を尽くしてと言ったけれど、これが僕の限界だった。ほかの色んな感情はダイレクトで伝わっているだろうから、これぐらいでちょうどよいのだ。


「では最後に一つだけ言葉を授けましょう」


 心していただこう。


「力に驕ることなかれ。これを常に心に置いておきなさい。あなたの国には似たような言葉がありますが、それでもこの言葉は刻み込んでいなさい。あなたのその力は人間の国を一人で滅ぼせるぐらいには強力なのですから」


 最後の最後でまさかのカミングアウトだ。ある程度の程度がおかしい。


 しかしながら、その言葉は確かに心に刻み込んだ。『ノブレスオブリージュ』の言葉に恥じないように生きていこう。


「いい心がけです。ではさらばです。楽しかったですよ、


 僕はこの世界に来た時と同様の光に包まれ、嘔吐感にも包まれる。しかし、ここでそうやすやすと陥落する僕ではない。訓練を経て僕は……


 とはいかなかった。なんともしまらない様子ではあるけれど、僕は再びゲロにまみれながら元の世界に帰るのだった。






「いつの時代も過ぎた力は身を滅ぼすものですが、はどうでしょうかね。保険はかけておきましたがそれが吉と出るか凶と出るかは分かりません。凶と出ないことを祈るばかりですが、どうであれ再び会うことはないと信じたいものですね」


 一息に彼女はそう呟いた。たった一つ残った茶葉を眺めながら。


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