第21話

 頂上への道程は先程までのスイミングよりかは随分と楽だった。


 当たり前である。地面があるのだから。


 しかし、彼女たちの攻撃はいよいよ熾烈を極め、避けるのに精一杯となっていた。


 まぁ、それでも楽なのは変わりないのだけれど。


 結局三千メートルの登山とはいえ、千キロランニングを走破した僕にとっては朝飯前だった。一日足らずで僕は頂上まで走破した。


 わざわざ頂上までやってきたのはほかでもない。ここであれば火の精霊が多くいるためだ。


 火の精霊が多ければ多いほど、つまりは火の魔法が強力になる。そうすれば訓練も早く終わるという訳だ。しかも、水の精霊にとってこの場所はいささか居づらい場所だろう。そういうわけでわざわざ頂上まで登ってきたのだった。


 しかし、ここである異変に気づく。いくら集中しても火の精霊が感じられないのだ。


「クスクス、君も学習しないねぇ。君の考えなんてあの人にはお見通しだよ?」

「いくら火山といっても普通の火山じゃないんだから」

「あの人お手製の火山なんだから当たり前でしょ」

「君は火の精霊なしで僕たちを倒さなければならないんだよ?」

「もっとも確かにここでは僕たちの力もいささか弱くなるんだけどね」


 どうやらそう簡単にはいかないようだ。さすがの師匠である。僕の考えなどお見通しという訳か。


「わざわざ体力を消耗しやすいとこに来たんだよ、君は」

「僕たちの弱体化があったとしても、全体でみれば君は不利なままだよ?」

「でも君はごり押しでランニングを走破したんだから、大丈夫だろう」

「精霊の力を借りなくても大丈夫なんじゃない?」

「色の純度は、変換効率が高いことも意味するんだからね」


 ここで思わぬ裏設定を暴露されたところで僕には何の影響もない。むしろ色の存在を忘れていたぐらいなのだ、有難いとすら言える。


 しかし、彼女らを倒すまでに果たして僕の体力は持つだろうか?水の魔法の時は毎日師匠が食事を用意していてくれたからよかったものの、ここでは師匠の食事は望めないだろう。


「もう忘れたのかい?さっきまで君にエサを与えていたことを」

「もちろん一年分の食事は持ってきているよ」

「もっともあげるかどうかは僕たち次第だけどね」

「君が真面目に取り組みさえすれば意地悪はしないよ」

「一年分しか持ってきてないんだから、ふざけられないだろうけどね」


 大丈夫だ。たったそのくらいでふざけない僕ではない。むしろこれでふざけないほうが失礼というものだろう。一年もあればふざけながらでもクリアできるだろう。今の僕は体力バカなのだから。


「食事がなければ、体力もクソもないと思うけどね」

「まぁ、君があの人にキツーイお仕置きを喰らっても僕たちには関係ないんだから」

「僕たちの善意がいつまでも続くとは思わないほうがいいよ?」


 そうだった、そうだった。生殺与奪の権を僕は握られているのだった。


 ならば、大人しく訓練に励むとしよう。初めはエネルギーを練ることからだ。


 そう思い、僕は意識を集中させる。先程とは違う火のイメージを持ちながら、ゆっくりとエネルギーを大きくさせている。


「ズド――――――ン」


 集中モードに入ったのも束の間、僕は一斉に弾丸を喰らう。水鉄砲の出せる音ではない気もするが。地面だって抉れているではないか。


「言ってなかったっけ?僕たちは敵だと」

「少なくとも君はそう思っていたようだけど」

「まぁ、良いよ。とりあえず僕たちは敵だからね」

「忘れないように」

「油断したら即ズドーンだからね?」


 てっきり彼女らは傍観者とばかり思っていた。敵だというのはあくまで空気的なものだとそう思っていた。


 そうなると話は変わってくる。先程は一つの攻撃を良ければいいだけだったけれど、今度は五つの攻撃を避けなければならない。しかも五方向からだ。避けるのすら一苦労である。


 僕は再びエネルギーを練り始める。彼女たちの動きに注意しながら。


 結局、魔法を発動するだけのエネルギーを練るには五分以上かかり、それらすべては避けられた。


 まるで羽虫が風に靡くが如く、華麗に避けられた。しかも笑いながら。


 どうやら彼女たちに魔法を当てるには、より高密度に練らなければならないらしい。風圧で彼女たちが避けないように、細く、速い魔法を使わなければならないらしい。


 なるほど。確かにこれでは一年かかるというのも納得だ。水の魔法の訓練とはまるで難易度が違う。先程までの訓練がイージーモードに感じられるほどに、高度な技術を必要する訓練だ。


 今回ばかりはふざける余裕もなく、ただ淡々と必死に訓練に取り組んだ。


 それでも、彼女たちを屈服させた時にはタイムリミットまであと数時間というところだった。


 水への恐怖心が薄れていないとはいえ、ここでためらっていてはもっと恐ろしいことが待っている。


 僕は覚悟を決めて水の魔法を行使し、さながらジェット噴射のように操り、師匠のもとにたどり着いたのだった。


 もちろん奇麗に行くはずもなく、何度も水面と激突した僕は見るも無残な表情だったようで、目から鼻から口から、穴という穴から水を垂れ流し、白目をむいていたらしい。


 しかしながら時間には間に合ったようで、僕は五体満足のまま訓練を終えることができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る