第14話
知らない天井だった。
しかしながら、どこか懐かしさを感じる天井でもあった。
今までの僕は、追放される前の僕は、いつも白く冷たい、無機質な天井で目覚めていたけれど、今の天井は、採光窓が取り付けられ、眩しい日の光を僕に与えていた。
色とりどりに彩色され、およそ洗練という言葉とは無関係の天井だったけれど、落ち着きを与えていた。
「懐かしさを感じるのも当たり前でしょう。この家はもとはお師匠様が住んでいた家なのですから」
彼女が言うからにはそうなのだろう。およそこの家に住んでいた記憶はないけれど、懐かしさを感じたのは確かだった。
「そうそう、だんだん思い出してきましたよ。そういえば、あの時いつものようにお師匠様様を訪ねて行ったら、この家はもぬけの殻でした。ただ『後は頼む。その茶葉たちを僕が戻ってくるまで大切に保管しててくれ。僕の色を変化させたものだから。では大体千年後ぐらいにまた会おう』とだけ置手紙を残して」
「ああもう、思い出したら腹が立ってきました。お師匠様の頼みですから無下にはできなかったとはいえ、千年、千年ですよ?あなたにそれがどれだけ長いのかわかりますか?あの時のお師匠様は軽くおっしゃいましたけど、当時齢20になったばかりだった私にはそれはもう、絶望ですよ?もっとも今のお師匠様に行っても仕方のないことですが、言わずにはいられません」
「……」
「ああもう、我慢なりません。ちょっとこっちに来なさい。今の私はお師匠様より強いんですからね?反抗したらただじゃすみませんよ?」
当初のあの冷静な物言いは何処へやら。口調が崩れてしまっていた。しまいには『あなた』呼ばわりである。もっともその呼び方に何ら不満はないのだけれど、僕には何も言えないのだけれど、少しばかり可笑しさを感じてしまった。
今まで笑ったことのない僕だったけれど、言い方は悪いが勝手に激高し、口調がぶれるその滑稽な姿に僕は思わず笑みをこぼしてしまった。
「おやおや。ようやく笑いましたね。お師匠様を笑わせられるのはあの小娘だけでないと覚えておいてくださいね。失礼な妄想はそれで許してあげますから」
どうやら僕は許されたらしい。儲けものだ。
「それじゃぁこっちに来なさいな。早速始めましょう」
「何をするんですか?」
「何って、魔法の訓練ですよ。さっき言いましたよね?今飲んだお茶は過去のお師匠様の魔法の色を変化させたものです。いわばお師匠様の魔法そのものを今取り込んだわけですから、今なら魔法が使えるはずですよ?もっとも制御はできないと思いますがね」
なんと。薄々気づいてはいたけれど本当に僕が魔法を使えることになるとは。過去の僕に感謝である。
「ですが、僕は魔法の使い方を知りません」
「それは問題ありません。私が手取り足取り教えて差し上げますから。ぞれじゃぁ、外に出ましょうか」
そういって外に連れ出された僕はありえない光景を目にする。
一面の緑で覆われていたはずの大地が茶色に染まっていたのだ。
茶色といっても下品なものではない。大地はその地肌をむき出しにしていたのだった。
僕は愕然とした。今まで彼女のことを話半分に聞いていたけれど、どうやらその評価は改めなければならないらしい。
これほどまでに広範囲で強力な魔法は見たことがない。国内でもトップに位置する父上ですらこれほどまでの魔法は使えない。
「ふふふ。驚きました?実はただの幻覚魔法なんですけどね。さすがに地質自体を作り替える魔法は一瞬でとはいきませんからね。ちょっとした演出ですよ」
しかしそれでもすごい。さっきの僕は確かに一面の草を感じられたのだ。視覚だけならともかく触覚と嗅覚にすら作用していた。
二つの情報だけだと言ったけれど、僕は確かに草の確かな触感を、確かな草の匂いを感じていたのだ。ただ草があるならば当たり前のことだから省いただけで。
「それじゃ、私の信憑性も上がったところで、早速始めますか」
そういって訓練が始まった。手取り足取りの懇切丁寧な訓練が。
文字通り手取り足取りの訓練が。
回復魔法のサポートの充実した、懇切丁寧な地獄の訓練が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます