第13話
僕は依然として緊張していた。そもそも彼女とは初対面のはずだ。僕が忘れてさえいなければ。彼女の人違いという線もある。
彼女は『お久しぶりですね』なんて言ったけれど、『お師匠様』なんて僕を呼んだけれど、僕は彼女との面識はない。少なくとも僕は覚えていない。
いや、少なくとも見覚えはあった。学校で毎日彼女の姿を目にしていたのだから。
しかし、これを対面したことがあると言える図々しさをあいにく僕は持ち合わせていなかった。事実、僕は彼女に『お久しぶりですね』なんてフランクな反応を返すことは出来なかった。
「百年を過ぎたころから数えるのをやめましたけど、外の世界を見るに千年は経っているようですね。いやいや、本当に待ちわびましたよ。」
「いやはや、何のことをおっしゃっているのか皆目見当もつきませんね。人違いではないでしょうか?」
「そうですね。今のお師匠様では無理もないことでしょう。ですが今まで何の疑問もなかったわけではないでしょう?例えば感情が希薄とか」
「何故それをあなたが知っているのですか?確かに僕は感情が希薄ですが、そのことをあなたに言った覚えはありません」
「何故知っているか?ですか。私は、お師匠様のことなら何でもお見通しなんですよ?そんなこと知ってて当たり前でしょう」
まったく話が通じていない。僕はそんなことを聞いているのではない。どうやってそのことを知ったのかを聞きたいのだ。
「どうやって?ですか。お師匠様のことはすべて掌握しているということでは理由になりませんかね?知っているから知っているんです」
「あと、お師匠様の思考は全部読み取れますからね。あの子たちですら簡単に思考を読みとられるのですから、私にとっては朝飯前です。もっともあの頃のお師匠様ならそんなことなかったんですけどね」
知っているから、知っているとは何とも頭・痛・の・痛・い・返しだ。要は僕の行動などすべて把握しているからこそ、すべて予想がたてられるということなのだろう。かぎりなく真実に近い予想を。
しかしやはり、思考は読み取られていたか。あの妖精たちと出会ってからというものの、僕の思考は読まれっぱなしだ。服は着ているけれど、僕の心が全裸状態なのは依然として変わらずだった。
それならば、いっそのこと真の全裸になろうか?さすがに心も体も全裸になれば思考も読み取りづらいはずだ。
「やめてくださいな。あの頃ならともかく今のお師匠様の裸を見てもなんもうれしくないです。その貧相な体を見ても何とも思いません。あの忌々しい小娘はその限りではないようですが」
そこまで言わなくてもいいではないか。これでも僕は鍛えているのだ。年上ならともかく、同年代の子に負けるような体ではない。まぁ、鍛えてるといっても所詮は10歳なのだからそういわれても仕方のない気もするけれど。
それはそうと、あの忌々しい小娘と言っただろうか?恐らくケイトのことだろうけれど、どこが忌々しいのだろうか?
「あぁ、気にしないでください。こっちの話です。今のお師匠様に言っても仕方ありませんから」
追求したい気もするけれど、拒絶されたのだからしかたがない。彼女の前で反抗すれば何が起こるかわからない。もっとも反抗心など持ち合わせてはいないのだけれど。
「それはそうと、はやくそのお茶を飲んでくださいな。私がこの日のために丹精込めて作ったお茶ですよ?飲まないというのは失礼ではありませんか?いくらお師匠様でも怒りますよ?」
怒涛の三連撃によって僕はあえなく撃沈する。今までこの全く食欲をそそらない緑と赤のお茶を、お茶と呼んでいいのか分からないけれど、ともかくそのお茶を読むのを拒んでいた僕だったけれど、ついに飲んだ。飲んでしまった。一気飲みだった。
「まぁまぁ、そんなに焦らなくてもいいのに。おかわりはまだたくさんありますよ?」
そのお茶は見た目に反して美味しかった。これまで飲んだどのお茶よりも。
「さあさあ、これも飲んでくださいな」
そういって出されたのは色とりどりのお茶。中には明らかに飲んではいけないような色をしたお茶もあったけれど、さっきの例もある。僕は一気にそれらのお茶を飲みほした。
「あらあら、焦らなくてもいいって言ったのに。せっかちなのは相変わらずですね」
そのお茶を飲みほした瞬間、突如として強い眠気に襲われた。
「そんなに一気に飲むからですよ?ほら、ここにベッドがありますからお休みなさい」
まだ聞きたいことは多くあったけれど、この眠気ではしかたがない。
僕は素直に彼女の手に引かれ、眠りに落ちたのだった。
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