第12話
「いやいや、待ちわびましたよ、それはもう気が遠くなるぐらいに。お師匠様が勝手に置手紙だけを残して去ったあの日から何年たったことか。もう長すぎて長すぎて、百年を過ぎるころには数えるのをやめてしまいましたよ」
僕は彼女のなすがままに、家に連れられ、座らせられ、お茶を飲まされていた。緑と赤が入り混じった決して食欲をそそらないお茶を。
全部受け身で書いたのはもちろん僕がさせられていたからだ。強制させられていたわけじゃないけれど、彼女の纏う空気に飲まれて僕の体は勝手に動いていた。だから、受け身。
彼女のその美貌もその空気に彩を加えていた。何やら百年という言葉も聞こえてきたけれど、およそ彼女の容姿は老いを感じさせないものだった。仮に百年生きていればの話だが。
彼女は魔女は魔女でも美魔女だった。本や物語で語られる彼女はいつだって老婆の姿だったのだが。そもそも彼女の存在はもはや伝説のものであり、老婆の姿で語られるのは当然だ。
だからこそ伝説の魔女なんて呼び名がついたのだけれど。
彼女を題にした物語は古いもので千年をゆうに超えるものすら存在する。
何故彼女の名前が今でも伝わっているかというと、そういった本の存在もあるけれど、一番は彼女が成した数々の偉業に他ならない。
何を隠そうこの国の学校の制度を作ったのも彼女なのだ。僕が通っていた初等部には彼女の石像すら存在した。後出しで恐縮だけれど、この国の歴史は千年近くある。僕が五歳の時に建国千年記念の式典があったから確実だ。そして建国したその時から今の学校の制度はあったらしい。
ちなみに、僕が彼女を伝説の魔女ブルーハその人だと分かったのは、その石像のおかげだった。まさか石像と同じ姿とは思わなかったけれど。
言うなれば彼女は建国の母でもあった。
学校の制度だけにとどまらず、彼女は建国に大いに貢献した。
これも後出しで恐縮だけれど、今から千年以上前、この国が建国される前の話だ。この世界は人間の間での争いが激化しており、血で血を洗う毎日だったらしい。
各国の戦力は拮抗しており、とってはとられ、殺しては殺されの日々は百年も続いたそうだ。
そんな中、彼女はその絶大な力を用いてこの戦乱の時代を終わらせたのだった。
戦争が終ってからは、国の再編成が行われ、僕が住んでいたこの国も新しくなった。
しかしながら、貴族という地位は相も変わらず残ったけれど、王政を廃止し、立憲君主制の国となった。
王は存在するけれど、ただいるだけ。なんの権力も持たない存在となった。貴族は確かに権力は持っているけれど、それは国の大多数を占める市民の支持があってのこと。『ノブレス・オブリージュ』が大原則であり、それを逸脱する貴族は問答無用に罰を受けるのだった。
そこまでするならば貴族制を廃止してもいいじゃないかと思うだろうが、貴族は魔法に関して市民よりも絶大な才能を持っていたのだ。無理に廃止するより有効活用した方が良い。血が薄まればその分魔法の才も劣るのだから。
もっとも、例外はある。僕のように。
この制度はほかの国もしていることだから、まぁ理には適っているのだろう。
そもそも、この考えを指示したのは伝説の魔女ブルーハなのだから。
そして人間の国すべてが参加する連合が発足し、千年もの安寧を我々人間は享受することができた。
千年の間、人間の国では一度として戦争が起きることはなかった。連合の恩恵もあるが、もっともな理由は、彼女の恐ろしさが、圧倒的な力への恐怖が、骨の髄まで組み込まれたからに他ならない。
千年たった今もなお、すべて人間は彼女を恐れているのだ。
大雑把に彼女の説明をするとこんな感じだ。まぁ千年も前の出来事など大雑把でしか語られないのだけれど。
一部の例外を除いて。
例えば、当の本人が生きているとかの場合だ。
例えば、当の本人の口によって直接語られる場合だ。
不敵な笑みを浮かべながら僕の眼をじっと見据える彼女のように。
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