第11話
感のいい人はもう気づいているかもしれないけれど、もうこれ以上の話はいらないかもしれないけれど、しかしながら話を進める前に僕の話を聞いて欲しい。僕がムショクになる前、いやムショクが発覚する前の話だ。
恐らく僕の名前など忘れているだろうから、一応言っておこう。もっとも僕の名前などさして重要ではないのだけれど。
僕の名前はアーノルド・トラス。この国の王に代々使えるトラス家の嫡男だったけれど、今では何者でもないただのアーノルドだ。
僕はトラス家の跡取り息子だった頃から、いままでずっとある疑問を抱いていた。
何故僕は怒れないのだろうか?と。何故笑えないのだろうか?と。何故感情がこんなにも希薄なのだろうか?と。
僕は、伯爵家の跡取り息子という肩書からほとんど他人から怒られることはなかった。もちろん、父上からは日々の稽古で厳しい言葉を言われていたし、あの優しい母上からすら怒られることもあったけれど。
しかし、僕は怒られてもなんら反抗心を抱くことはなかった。達観していると言うと聞こえはいいけれど、しかし10歳にも満たない子供が、反抗はおろか泣くことさえしなかったのだ。気味が悪いことこの上ない。
それは学校でも同じだった。この国では年齢に応じて、それぞれ初等部、中等部、高等部の三つに分けられていた。
この国では10歳の誕生日を迎えるまで、3歳の誕生日から七年間初等部に行く義務があった。それは貴族、平民ともに同じで、学ぶ場所は違えど同じ教育を受けるのだった。
そして10歳の誕生日に色が判明した後、それぞれの色に特化した中等部に行き、18歳までの八年間通う義務があった。ただ初等部違うことは平民、貴族が入り混じっていることだ。
この初等部と中等部で生活を送っていくにあたって必要な知識を学ぶ。中等部を卒業したのちは冒険者になるもよし、教師になるもよし、家督を継ぐもよし、どんな進路をとるのもよしだった。
そのなかでも魔法オタクのために、勉強オタクのために高等部があるのだった。高等部では各々の興味に応じて知を深め、知識欲を満たすのだった。ちなみに教師になるにはこの高等部を卒業することが必要である。
話を戻そう。
その初等部に通っていた七年間、まだ自我が発達していない頃ですら、僕は一度として泣くことも怒ることもなかったらしい。7,8歳の頃だろうか、母上にそんなことを聞いた覚えがある。
クラスメイトから喧嘩を吹っ掛けられてきたときでさえ、僕は取り合うこともせず。怪我をしても泣くことはなかったらしい。笑うことですら。
そんなあまりに人間味のない僕に友達ができるわけなかった。入学当初でこそ伯爵家の肩書もあり、話しかけてくる人も多かったけれど、すぐに話しかけられることはなくなった。
一人で学校に行き、一人で学び、一人で学食を食べ、一人で帰宅する。そんな生活を送っていた。
しかし家では違った。ケイトと遊び、ケイトと話し、時には喧嘩したりもした。
他人に対して、実の親ですら、感情を持てない僕だったけれど、何故かケイトにだけは持つことができた。感情が希薄だと言ったのはこのためだ。
学校以外では常に一緒にいたケイトだけは特別だった。理由は分からない。
しかし、僕が生まれた時から彼女はそばにいたのだ。そのことが関係ないとは思えない。
時には、姉として。
時には、友達として。
時には、親として。
僕は彼女とともに成長してきた。
いつだって彼女はそばにいて、いつだって彼女は良い理解者だった。
母上に言えないようなことでさえ彼女の前では素直に言ってしまう。そんな包容力もまた彼女は持っていた。
ついついケイトに話題が移ってしまったけれど、それだけ彼女には特別な感情を抱いていた。もっとも感情を持てたのは彼女ただ一人であり、特別なのは当たり前だが。
僕はそんな不気味な子供だったからこそ、無色が分かったときに父上から勘当され、戸籍を消され、挙句の果てに母上からも擁護されることはなかったのだろう。
例え自分が父上の立場でも、僕に愛情を注げなかっただろう、自分の子供と思えなかっただろうと、そう思う。もっとも感情が希薄な僕には当たり前だが。しかし、誰だって父上と同じことをするはずだ。
そんなこんなで十年間抱き続けたその疑問は伝説の魔女との出会いによって解消される。その謎は明かされる。
僕は何故感情が薄いのか。何故ケイトにだけは感情を持てたのか。
彼女の手によって、言葉によって、十年越しのクエスチョンは驚きへと昇華した。
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