第10話

 ワープ装置の先は一面の緑で覆われていた。等しくそろえられた草の緑で覆われていた。まさしく草が生えている状況だけれど、僕は決して草を生やすことはできない。草を生やすことは実際問題できないし、かといってこの状況を笑うことなどできようもない。引き笑いはできるかもしれないけれど。


 しかし、そんな笑みがこぼれてしまうほどに不気味な空間だった。確かに先程の空間も不気味だったけれど、どこか神秘的な、得体の知れない美しさを纏っていた。


 だが、今僕がいる空間はそんなものは微塵も感じさせない。謎めいてはいるけれど、美しさなど皆無だ。いや、一部の好き者はこれを美しいとでもいうのかもしれない。グラデーションが美しいとかなんとか。特に魔法オタクに多いだろう。彼らは魔法陣にすら美しさを見出すのだから。


 だけどやはり、僕にはこれを美しいとは思えない。彼らを否定するようで悪いけれど僕には無理だ。


 一面の草原だけならばさほど不気味さはないだろうけど、美しさを感じられるかもしれないけれど、空は雲一つない青空。完全に緑と青の世界だ。この世のものとは思えないそんな景色に僕は不気味さを抱かずにはいられなかった。


 心がざわつきさえした。まるで天国かのような、そんな景色に僕は心をざわつかせる。存外あまりに情報のない世界は落ち着かないものらしい。今まで雑踏の中で暮らしていたのもあるかもしれないけれど、例え田舎に住んでいてもこんな景色では無理だろう。田舎とはいえその目には多くの情報が入ってくるのだから。


 この空間から得られる情報はただ空が青く、ただ地面が緑だということだけ。風は吹いていないし、熱いも寒いもない適温だった。視覚以外からは何の情報も得られない。それも不気味さを助長していた。詳しく見ればまだあるけれど、大きくはこの二つ。普段の生活で注視することなどないのだから、これでいい。赤ん坊でもなければそれでいい。


 たった二つの情報だけでは今まで多くの情報を得、処理してきた目と心では不安になるのは必然だった。


 たった二つの情報というと、あの妖精たちはどうしたのかと思うだろうけれど、しかし僕もまた同じことを思っていた。彼らの姿はなくなっていたからだ。おまけに嘔吐感まで消えていた。それもまた不気味さの要因の一つだ。何の前触れもなく、何の挨拶もなく彼らの姿はなくなっていた。嘔吐感とともに。もっとも僕の目に見えないだけなのかもしれないが。


 だが、ここで三つ目の情報が現れる。僕の目の前に一軒家が姿を現したのだ。僕が瞬きをしたその瞬間にその家は姿を現した。


 しかし、現れたといっても何の効果音もなければ、何の演出もなかった。ただ目から得られる情報が一つ増えただけ。ほかは何も変わらない。


 が、逆にその一軒家の出現により僕は心を落ち着かせることができた。情報のなさへの不安が、その家の出現の驚きに勝っていたのだ。


 僕の心が落ち着いたところで家のドアが開いた。妖精たちの言葉を信じれば、あの家の住人は僕の探し求めている人のはずだ。もっとも『あの人』は人間じゃないらしいけれど、今の僕にはそれは関係ない。ウサギじゃなければ何でもいい。僕は久しぶりの話し相手が欲しかったのだ。言葉さえ話せれば何でもいい。


 あの妖精たちは言葉を理解はしていたけれど、実際に話をしていたわけではない。彼らの言葉を借りるならテレパシーで会話をしていたのだから、いうなれば思念で会話をしていたのだから。僕は会話に飢えていた。口を介しての会話に。


 が、僕の会話への渇望は満たされなかった。


 僕はその家の主に会話を遮られたからだ。その人の纏う空気によって。


 僕の口は機能することはなかったからだ。有無を言わせぬその空気によって。


 開口一番、いや会口一番といった方がいいだろうか、その人はこう僕に投げかけた。満面の、嫌みたっぷりな笑みをその顔に浮かべて。


「お久しぶりですね。?」


 と。

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