第7話
僕は蔦でぐるぐる巻きにされ、吊るされていた。お情けで頭を下にされなかったのは不幸中の幸いだったけれど。
僕が何故こんなことになったのかはお分かりだろうが、事の経緯を説明させてほしい。あらぬ誤解があっては困るから。
妖精達が一目散に森の中に逃げ、僕もまたそれを追って森の中へ入った。勿論十秒数え終わってのことだ。ずるはいけない。
森の中はとても幻想的だった。森の切れ目から陽が差し込み森の中を照らす。カラフルな、しかしそれでいて森の調和を乱さない多種多様な植物たち。妖精が住むのもなるほどといった様相で、今まで森の中に入ったことのない僕にとってはとても新鮮な体験だった。
しかし、景色を楽しんでいるだけでは僕の運命は変わらない。妖精を捕まえなければならないのだ。
かといって焦ったところで僕の体力が尽きるのが先だ。しかもタイムリミットまではまだ十分な時間がある。ここは体力を回復させるのが先決だ。体力を回復するにはこれ以上ない環境で僕は休息をとる。
大きく深呼吸し森の空気を堪能する。空気に味があるわけではないけれど、その香りは筆舌に尽くしがたい。美味しさすら感じるほどに。匂いだけでお腹がいっぱいになるほどだ。
仙人は霞を食べて生きているというけれど、これだけ美味しい空気があれば僕でも生きていけるかもしれない。
いや、これは言い過ぎた。霞だけで生きていけるほど僕は燃費が良くない。燃費の問題じゃないかもしれないけれど、現に僕は空腹で倒れそうだったのだから、それはありえない。
しかし、言い過ぎてしまうほどの、それほどの空気の中で僕は休むことができた。妖精さえいなければなんと良かったことか。
このまま夢の世界に入りたいところだったが、それは叶わない。小一時間休んだところで僕は妖精探しを始める。
見つけたところで捕まえる手段は僕にはないけれど、しかし探さないという訳にはいかない。
重い腰を上げて僕は探し始める。文字通りの重い腰だ。まだ濡れた服は乾いていなかった。
「鬼さんこちら、手のなる方に」
少し森の中に入っていくと、笑い声とともにそんな声が聞こえてきた。
一体どこでそんな言葉を覚えるのだろうか。しかも僕は目隠しをしているわけではない。まぁ、彼らにしてみれば別段足が速いわけでもない僕は目隠しをしているのも同然なのかもしれないけれど。
仕方ない、ここは彼たちのノリに合わせるべきだろう。前も言った通り彼らは本能のままに生きる存在だ。ここで機嫌を損ねてはどんな目に合うか分からない。
僕がこの勝負に勝てる要素は一つもないけれど、かといって手を抜くわけにはいかない。
そんなこんなで日が真上に来る頃にはせっかく回復した体力も使い果たし、今現在の無様な姿へと相成った訳だ。
これで誤解が生まれることはないだろう。特別な何かがあったわけではないけれど。普通に鬼ごっこに参加し、普通に一匹も捕まえることなくこの勝負に敗北し、普通に罰ゲームを受けることとなっただけのことだけれど、誤解さえなければどうでも良い。先程のパンツ騒動のように。
念には念を入れてもう一度だけ言っておくが、僕はパンツを盗ったことはない。ここまで言うとうそのように聞こえるけれど、誰が何と言おうと、ケイトのパンツなんて盗ったことはない。断じて。
「僕たちと同じ空気を感じたけど、気のせいだったようだね」
「そうそう、濁りが一切なかったから期待したのに」
「普通の人間は濁っているからね」
「でもでも、あの人なら喜ぶんじゃない?」
「ここでこの人間を喰らってもいいけど、それはいいね」
「そうそう、あの人ならきっと美味しいお菓子をくれるよ」
「そしたらこの人間をもっていこうか」
「でもだいぶ遠いよ?」
「大丈夫、大丈夫抜け道があるから」
「じゃあ、呼ぶね」
僕の必死の弁明を無視し、妖精の一匹が指笛を鳴らす。実際に指笛の音が聞こえたわけじゃないけれど。
恐らく、魔法か何かだろう。僕のような人間には感知できないような。
しかしながら、かなりの展開の早さだ。僕がツッコミを入れられるスピードではない。しかもかなりの重要情報を些細なことのように言っていた気がする。
濁りがないとはどういうことだ?僕が無色であることに関係があるのだろうか?
しかも彼らと同じ空気を感じたとも言った。僕は人間のはずだがどういうことだろうか?
『あの人』とは誰だ?ケイトが言っていた伝説の魔女とやらだろうか?
抜け道とはどんな道だ?仮に『あの人』がブルーハだったとしてここからかなりの距離があるはずだ。ケイトは僕の足で一か月弱かかるといっていた。僕は確かに全力で、死にものぐるいで走ってきたけれど、たったの二時間ほどだ。大して距離が縮まってないのは明らかだった。
僕は、『あの人』がブルーハである可能性を切り離す。そんな抜け道があるわけないからだ。もしあるならお手上げだ。
ただでさえ人間並みの頭脳を持っているのに、人間より高い技術を持っているなんてそれこそ人類の危機だ。
しかしながら、彼らの数が少ないことを考えるとそこまで深刻な問題ではないかもしれない。
彼らが一騎当千だとしても、万が一にもそれは起こりえないだろう。万が一よりもはるかに多い人口を僕たちは有しているからだ。
僕たちと言うとやや語弊があるかもしれないが、別に支障はない。
そんなこんなで色々勘ぐっていると、彼らが呼んだのであろうある魔獣が姿を現した。
なるほど、幸運続きとはいかないらしい。
僕はその魔獣を見るやいなや、瞬く間もなく気を失う。閉じた目を再び開けることなく、まるで条件反射のように僕は気絶したのだった。
もうお分かりだろう。その魔獣は僕に一生克服できないようなトラウマを植え付けた、ウサギだったのだ。しかも先程の親ウサギよりも一回り大きい。
僕が気絶するのは必至だった。
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