第6話

 ファンファーレといったのはなにも比喩という訳ではない。正しくファンファーレが聞こえてきたのだ。


 僕が知っている中でこんなことをするのは奴等しかいない。しかも今から日が昇ろうとしているのだ、魔獣ではないのは確かだった。


 その奴等というのは自然と常にセットで語られる、妖精達のことだ。


 妖精というと何だが小さくて可愛いものを想像するだろう。しかし、この国ではそんな妖精など存在しない。いや、正確に言うと妖精は小さいのだけれどおよそ可愛いなんて言葉で形容していい存在ではない。


 彼らはいたずら好きの厄介者なのだから。


 嫌われこそすれ好かれることはまずない。彼らには道徳なんてものはなく、ただ己の欲求を満たすためだけに生きているような存在なのだから。本能だけで彼らは生きているのだ。


 本能だけで生きているなら魔獣も同じだけれど、魔獣と決定的に異なるのは、高度な知能を有していることだ。それも人間に匹敵するような。


 いたずら好きなのもそのためだ。その高度な知能を最大限に発揮し、魔獣だけでなく人間をも翻弄する。彼らは小さいうえにすばしっこいので、反撃することはまず叶わない。ただ彼らが飽きるのを待つことしかできないのだ。


 ここまでさんざん妖精について述べてきたけれど、うっとうしいぐらいに述べてきたけれど、ファンファーレの正体が妖精でなかったら僕は死ねる。恥ずかしさで。この場には僕以外いないはずなのに、極度の羞恥心で僕は死ねるだろう。


 しかし僕は生き延びることができた。もっともそれが良かったのかは定かではないけれど。


 ファンファーレが聞こえてきた時から薄々感じてはいたが、やはり妖精は一匹ではなかった。一匹どころか十匹はいた。


 こうなると僕がとる行動はただ一つ。


 そう、動かないだ。


「ねえねえ、この人間全く動かないよ?」

「きっと怖くて動けないのよ」

「なんて弱虫な人間だろうね」

「クスクス」


 彼らに何と言われようが、笑われようが、僕は動かない。


「ねえねえ、この人間ご飯を持ってるよ?」

「ほんとだ、お腹もすいたことだしもらっていきましょうよ」

「何もしないってことは、もらっていいってことだよね?」

「そうだよ、有難くもらおうよ」

「ラッキーだね、こんな易しい人間初めてだよ」


 例え食料が奪われようが僕は動じない。ここで動いてしまっては空腹よりも恐ろしいことが待っている。ここは我慢だ。


「ねえねえ、何かお守りみたいなのが入っているよ?」

「しかも、なんだか怪しげな写真も」

「これは盗撮ってやつだよ、人間ってのはそういうのに萌えるらしい」

「背徳感ってやつだね」

「ほんとに愚かな人間だよ」

「そんなに見たいなら、素直にお願いしたらいいのにね」


「……」


 何やら視線を感じるが、僕は断固として動かない。そんなことでは僕は動じない。必死に心を落ち着かせる。


「うわ、下着も入ってるよ。」

「こんな人間は見たことないね」

「ドン引きだ」

「しかも、真っ白だよ」

「意外と純粋な子が好みらしい」

「おしりのとこに穴が開いてるよ?」

「なるほど、獣人が好みらしい」


「ちがぁ―――――――う!」


 僕はついに口を開いてしまった。これ以上の我慢は僕には無理だった。


 せっかく真面目キャラを通してきたのにここでそのキャラが崩されてはたまらない。人間誰しも命より大切なものは持っているものだ。僕の場合、それがキャラだったという訳で。


 しかし、この判断は間違っていた。本当はそんなものなど入っていなかったのだから。入っているわけがなかった。父上が用意してくれたものなのだから。


「やっぱりバカだよこの人間」

「ほんとほんと、そんなの入ってないのにねえ」

「きっとやましいことがあったんだよ」

「そうそう、そうでもなければ反応しないよ」

「でもこれで遊べるんだし良かったよね」

「そうね、私たちと遊べるなんてめったにないもの」

「きっと嬉しくて言葉も出なかったんだよ」

「ねえそうだよね、人間?」


 そういって妖精たちはそろって僕の方を見る。「ニヤリ」なんて言葉が出てきそうなほどの笑顔を浮かべて。


「おい、人間。もう無理だぞ」

「そうそう、意識があるのは分かってるんだから」

「いまさらそんなことしたって無理だよ」

「そんなに僕たちと遊びたくないのかい?」

「人間はみんな喜ぶんだけどなぁ」

「そうそう、悲鳴を上げて喜ぶよ」

「どうやら君は違うらしい」

「俄然興味が湧いてきたよ」

「さあ、遊ぼう。人間」


 その悲鳴は決して嬉しさから来たものではないだろうに。いつだって彼らは自分の都合のいいようにすべてを解釈するのだ。


「おい、聞いているのか?」

「怖くて動けないのかい?」

「それはないよ」

「そうそう、嬉しくて動けないに決まっているよ」

「嬉しくて動けないなんてことがあるのかい?」

「人間は嬉しくなると、言葉が出ないものらしい」

「なら、嬉しいんだね」

「良かった、良かった」

「怖がらせては、妖精の名折れだからね」

「ねえ、君。いい加減遊ぼうよ」


 ようやく十人出揃ったところで僕は目を開ける。全く待たせやがって困った妖精達だ。こんなに僕を待たせたんだから、さぞ素晴らしいもてなしが待っていることだろう。


「ようやく目を開けたね。ところで何して遊ぶ?何して遊ぶ?」


 十人の中でのリーダー格らしい妖精が僕に話しかけてきた。


 おや?


 彼らは何も持っていない。僕への手土産はどうしたのだろうか。いやはや全く妖精というやつは礼儀がなってない。


「何だこの人間」

「僕たちに何か望んでいるようだよ」

「ならば、お望み通りオモテナシしてあげようか」


「いやぁ、すまないすまない。あまりに嬉しかったので動けなかったんだよ。ところで鬼ごっこなんてどうかい?」


 即座に話を戻し誤魔化す。彼らは感は鋭いけれど単純だからこれで通せるはずだ。


「それなら仕方がないね」

「じゃあ、君が鬼ね。僕たちを全員捕まえたら君の勝ちだよ」

「タイムリミットは日が真上に来るまで」

「負けた方は罰ゲームね」

「じゃあ、用意スタート!」


 そういった瞬間、妖精達は一目散に逃げる。無事に切り抜けられたものの、妖精たちを鬼にしてこの場から逃げる算段がなくなってしまった。


 なるほど、妖精達は賢いらしい。これが意図してのことかは分からないけれど、主導権を僕に渡さずにルールを決めたのはさすがとしか言いようがなかった。


 日が真上に来るまでにかなりの時間はあるけれど、ここで逃げるわけにはいかない。妖精達はかなりの機動力を持っているのだ。鬼を放棄したとあってはどんな目に合うか分からない。


 僕はため息をつきながらも妖精達の遊びに付き合う。付き合ってあげよう。子供と遊ぶのは大人の義務だ。


 なんて大袈裟に言ってみたけれど、付き合う以外の選択肢を持たなかっただけのことだし、何より妖精の方が僕よりも年上だろう。見栄をはってみただけのことだ。


 僕は意気揚々と森に足を踏み入れたのだった。

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