第3話
僕が街から出たのは、日をまたぎ太陽が昇り始めたころだった。父上からお金をもらったわけではないので、街を取り囲む防壁までは徒歩で行くほかなかった。もっともお金があったとしても僕が馬車に乗れるなんてことはありえないが。
ここはそういう国なのだ。いくら元貴族だといっても才能のない者には一切の権利が与えられない。人として見られない。存在すらも認知されない。城壁を守る衛兵すら僕に話しかけようなどという気配は微塵も感じなかった。
残酷かもしれないけれど、いつだってこの国はそうしてきた。そうやってこの国は発展してきたのだった。
なんて見てきたように言うけれど僕はこの国に生を受けてから十年しか経過していない。だから実際に見たわけじゃない。本で読んだりご老人たちから聞いてきただけのことだ。今思うとそれすらも懐かしいけれど。
それはそうといくら物心つく前から訓練してきたといっても、10歳の僕が半日歩き続けることに支障がないとは言えない。体は休ませろとの警告を出しているし、意識を保つだけで精いっぱいだ。
それでも何とか街から出ることができ、城壁のそばにある木陰で一休みをする。
ここまでの道中で一つだけ有難かったことは、街で誰一人僕に話しかけてこなかったことだ。僕が無色だったことは街中に知れ渡っているようで、僕に良くしてくれた人たちもまた僕を一瞥するばかりで話しかけようとはしなかった。おかげで無駄な時間をとられずに済んだ。
と無理にポジティブに考えるぐらいには僕の心もまた疲弊していた。孤独は時としていいものらしいけれど、無視というのはいつだって辛いものらしい。
無色な僕にはお似合いかもしれないけれど、幼い僕には耐えろというのはどだい無理な話だった。
透明人間の気持ちが分かったことは不幸中の幸いかもしれないけれど、こんな形で体験するとは思わなかったし、望んでもいなかった。そもそも本当に透明になったわけじゃないし。
そう思いながらおもむろに父上が用意してくれたリュックを開ける。中に入っていたものは水と乾パン、それに干し肉だった。
用意された食料が保存のきくものでよかった。しかも普通に消費して2週間は余裕でもつ量が入っていた。これで節約すればひと月は持つ。その間に魔女の森につけば食料に困ることはないだろう。ケイトの言葉を信じるならそこは僕でも狩れるような獲物だっているはずだ。そのためのナイフもある。
僕は乾パンを数個と干し肉を一かけら口に入れ、水で流し込む。お世辞にも美味しいとは言えない食事だが、この疲れ切った体には驚くほどに染み渡る。
突如として家での食事を思い出してしまった。家族一同で仲良く談笑しながら食卓を囲む。母上はいつだって笑顔だったし、父上は表情は崩さなかったがそれでも楽しんでいた。弟のマインハルトはまだ言葉を話すことはできなかったけれど、彼もまた始終笑顔だった。そして夕食が終わった後はケイトと仲良くお話しするのだった。僕が寝るまで話に付き合ってくれたこともあったっけ。それが僕の当たり前の日常だった。
しかし、それは望みこそすれもう手には入らないものだ。あの日々に戻ることは叶わない。
不意に涙がこぼれそうになったが、必死にそれを食い止める。泣くということが今までなかった僕にとってそれは初めての経験だった。
しかしながら、涙で消費されるのは僕の気力だけでなく水分もだ。魔法が使えない僕では飲み水を確保することは難しい。この先の道のりを考えると涙で余計な水分を消費してしまってはとてもじゃないがもたない。
このまま感傷にひたっていたいが、そうはいかない。一刻も体力を回復させて旅路を急がなければならないのだ。どうにか心を押し殺し次の予定をたてる。
昼まで仮眠をとってそれから次の休めるところまで歩こう。僕はそう思い立って目を閉じたのだった。
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