一日目(3)

 自分の手を握れば生きている時と同じように肌の温かさや感触があった。

 個人的に死んでいるのに温かさなんて必要ない気もするが、そういうものなのだろうか。

「まあ、いいや……そういうものなんだろ」

 これ以上考えるのは面倒くさい。俺は無理やり自分を納得させ、次に階段へ向かった。


──のはよかったものの、駅内へと続く階段は想像以上に脆かった。


 かなり時間が経っているのか、コンクリートで出来た階段は所々が欠けていた。

 さらに階段を挟んだ両側の壁には大小様々な穴が空き、だいぶ塗装が剥げてしまっている。


「うわ……これ大丈夫か?」


 今にでも折れそうなほど劣化した手すりに掴まり、階段を一段一段上がりながら顔を引き攣らせる。

 コンクリートで出来ているから耐久性はそれなりにあるのだろうが、ヒビだらけの階段を見れば誰でも上るのを躊躇ためらうだろう。


 何だよここ、死者への扱いひどすぎるだろ。


 死後の世界に対して文句を言いつつ、俺は最後の一段を登り終えた。駅内にトン、と足音が響き渡る。


「うん。駅……だな」


 割れた窓、床に散らばる枯葉や窓ガラスの破片、埃のかぶった待ち椅子やロッカー、人の気配すらない切符売り場と二ヶ所の改札口。

 夏江田川駅内は都会である新本寄駅より小さくシンプルな造りだった。


 駅内もプラットホームと同じように真っ赤ではあるが、郊外ならどこにでもありそうな駅だ。


「何か見つかりそうだから調べてみるか」

 湧き上がる好奇心、にんまりと笑った俺は誰もいないのをいいことに駅内の調査をすることにした。


 いやー俺、こういうの大好きなんだよな。脱出ゲームみたいでさ。

 ……ただ、ちょっとトイレは怖いかな。


 奥の方に見えるトイレをちらりと一瞥いちべつする。

 太陽の光が入らず薄暗いトイレは入るのに勇気と明かりが必要になると思う。

 俺はため息をついてスーツやズボンのポケットを軽く叩いた。

 ……ああ、やっぱり無理か。勇気は時間をかければ何とかなるかもしれないけれど、明かりは持っていないし。


 だってポケットにはスマートフォンと砂時計しか入ってない──


「って、いつの間に!?」


 俺はポケットからスマートフォンと砂時計を取り出し、二つを凝視する。

 愛用していた黒のスマートフォンと百円ショップで買った砂時計、どちらも見覚えのある物だ。

「スマホも砂時計もあるなんて、リアル過ぎるわ死後の世界」

 自分の頭をガシガシと強めにく。

 リアル過ぎて本当にここが死後の世界なのか分からなくなってきた。


「……」


 ここ、実は死後の世界じゃなくて漫画やアニメで言う『異世界』なんじゃないか。それに最近の小説にも『異世界に転生したら〇〇』的なのあるだろ?

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