一日目(2)

 理由は分からないけれど、きっとオシャレなフォルムと砂の色に惹かれたのかもしれない。

 そりゃまあ、夏の海や空を連想させる青い砂はとても涼しげで見ていて心地いいからな。


 そして買い物を終えた俺はプラットホームへ下り、砂時計を眺めながら『暑い気分も爽やかになればいいな』と一番前で列車を待っていた。


 ところが、待っている途中で不幸なことが起きた。

 快速列車が通過する前、手を滑らせて砂時計を線路の方へ落としてしまったのだ。


 回転しながら落ちていく砂時計、俺は咄嗟とっさに手を伸ばして身を乗り出した。近づいてくる快速列車の音も聞こえなかったほど、砂時計に夢中だった。


『!』


 やがて手に伝わる確かな感触、目の前には青色の砂が見える。


『よかった! 危なかった!』


 砂時計を掴めたことに俺はホッとした。

 しかし次の瞬間、急に足元がふわりと浮いたような感覚がした。


 スローモーションのように流れる景色、体が重力に引き寄せられて下へ落ちていく。


 あ、そういえばここって──


 気づいた時には遅かった。すぐに強い衝撃を受け、視界も意識も真っ暗になる。

 最後に見えたのは砂利の上に敷かれた線路だった。




「えっ……まさか、」


 そこでハッとした俺は口を押さえ、再び辺りを見渡した。

 きっと今の俺は驚きや焦りが混ざったような目をしているんだろうな。


 ……でも、そんな顔になるのも無理はないだろ。

 だって、俺。


「まさか……俺、死んじゃった的な?」


 もちろんプラットホームは無人だから俺の言葉に答えなんか返ってこない。むしろ返ってきたら怖いわ。

「でも、流れ的にそうだろ……」

 落とした砂時計を追いかけて俺は線路に落ちた。

そして快速列車に跳ねられて俺は……うっ、自分の姿を想像するのも嫌だな。

 絶対、俺の周りにいた奴らは嫌な顔でもしていそうだ。


……そ、それじゃあ、ここはいわゆる"死後の世界"ってヤツなのか?


 自分が死んだのだと理解した瞬間、その言葉が頭に浮かんだ。

「まあ、そうだよな」

 そもそも快速列車で跳ねられたのに、血の一つも出らずに生きているのはおかしな話だ。

 死後の世界だと思った方がまだ納得出来る。


「死んだ後の世界か……」


 "死後の世界"、テレビや雑誌等の特集でたまに見たことがある。

 でも一度死んだ人間が生き返るわけじゃないから死後の世界なんて妄想で、本当は存在しないんだろうと思っていた。


 だから今、こうして自分の目で死後の世界というものを見られるのは正直面白いというか新鮮な気分だ。


 あー、友人や同僚に『俺、実は死後の世界見てきたんだぜ!』って自慢したいな。

 ……まあ、もうあいつらには会えないんだけどさ。


「それにしても」

 俺はプラットホームから駅舎、木々の隙間から見える駅の外へと目を向ける。


「死後の世界って案外普通なんだな。感覚もあるし」

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