一日目(1):夏江田川駅


「う…」


 ブラックアウトした意識がじわじわと戻ってきて、俺はゆっくり目を開けた。近くで鳥の鳴き声が聞こえる。


 まず見えたのは眩しすぎる太陽だった。

 その次に見えたのはゆったりと流れる白い雲とどこまでも続く綺麗な──


「……空が、赤い?」


 青空ではなく、建物の天井かと思うほど真っ赤だった。ゴミが入ったのかと何度目を擦っても色は変わらない。


 空が赤いだなんて、そんな馬鹿な。

 すぐに飛び起きた俺は周囲を見渡し、目を見開いた。


「誰もいない……」


 人で賑わっていたはずの駅は誰もおらず、左右平行に伸びたプラットホームの上には蔦の絡んだ待ち椅子が三つ並んでいるだけだった。

 プラットホームの高さは自分の腰よりも高いからきっと一メートルは優に超えているだろう。


 それにしても辺りは田舎くさいというか、田舎の風景が広がっている。

 さらに空の色のせいでプラットホームの景色も赤く染まっていて、まるで白黒写真に赤を乗せたかのような感じだ。


 ……ここは一体どこなのだろう。


 不思議に思った俺は誰一人いないプラットホームに何とかよじ登り、アスファルトの上を歩き回る。

 しかし手がかりになりそうなものは何もない、プラットホームにはつたおおわれて見えにくくなった駅の駅名標くらいしか。


「駅名標しかないかあー……って、一番の手がかりじゃん!?」


 プラットホームだと忘れて思わず叫んでしまった。自分の声が反響して両耳を押さえる。

 周りに誰もいないからいいものの、これが朝の通勤ラッシュ等だったら一気に視線が集まるからいい恥だ。


 俺は胸を撫で下ろして駅名標へ駆け寄った。

 蔦で見えにくくなってはいるが、様々な角度から見れば駅名が見えそうな感じがする。


「えっと……な……えだ………夏江田川なつえだがわ?」


 何度も角度を変えて見た結果、駅名を知ることに成功したのだが、駅名を知った俺は口をへの字にして首を傾げた。

 夏江田川、まったく聞いたことのない駅名だ。両端に書かれた二つの駅名も知らない。


 というか、一体どうなってるんだ。

 さっきまで新本寄しんもとより駅のプラットホームにいたんだぞ。

 訳が分からなくなった俺はひとまず記憶を手繰り寄せようと頭に手を乗せ、深いため息をついた。


 目を閉じれば新本寄駅のプラットホームが浮かび上がる。どうやら記憶は失っていなかったようで一安心だ。


「俺は確か、仕事終わりで……」


『一昨日に残業したから今日は午前中で上がる』、同僚そうに伝えて俺は会社を出たんだ。確か昼過ぎだったはず。

 それから歩いて十分の所にある最寄り駅“新本寄駅”に着いたものの、時間に余裕があったので駅構内のコンビニでビールとつまみを買った。


 ちなみに今日のおつまみは俺の好きなメーカーの新作おつまみ“梅チーズミックス棒”である。


 それでも列車が来るまでには十分時間があったので今度は百円ショップでボールペンとファイルを買った。

 あと何故か砂時計を買ってしまった。

 何となく気になって手に取ったら、いつの間にかレジで払っていたのだ。

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