第5話

 午前5時というのは朝に含まれるだろうと僕は思っているが、春の午前5時はまだ暗い。

 日の出の前兆のような淡い光に背を向けて、僕は道を曲がりビルの影へと入る。


 道を跨ぐ巨大な四角い影の中に、煌々と白く照らされた小さな一角がある。あそこは昨日の記憶にある、自販機の場所だろう。


「にしても、心地良いな。」


 今年は春が来るのが遅かったのか、朝の空気はまだひんやりとしていて気持ちが良い。冷たく乾いた空気を肺に循環させ、やっぱり寒いなと思い直して自販機へと急いだ。


 自販機に並ぶ商品は、僕のイメージより若干、温かい物が多い気がする。

 売り切れの商品は無く、コーヒーからココア、そしてレモネードと選り取り見取りといった感じだ。僕はホットレモネードを選んで購入する。


「あったけえ。」


 と、取り出したホットレモネードを手の平で転がしながら来た道を戻る。そして、拠点のコンビニのある道を曲がったところで足を止めた。


「ソノリティ……か?」


 ちょうどソノリティと同じくらいのサイズの白い鼠が、コンビニの外で2人の人間と話している。一人は長身の男で、もう一人は、かなり身長の低い女。この距離から年齢を判別することは出来ないが、仕草は2人ともかなり若そうに見える。

 2人は楽しげにソノリティらしき影と雑談していて、僕の知らない身内の話でもしているんじゃないかと考えると少し、コンビニに帰るのを躊躇ってしまう。戻ろうか、もう少し待とうかどうしようかなと考えながらソノリティと話す人間を眺めていると、男が僕の方を向いた。

 男は僕に向かって大きく手を振り、続けて大袈裟に手招きするような仕草をする。


「おーい、こっち来いよ!」


 と、声も聞こえる。


 初対面の人に随分と気さくなことだと驚いたが、これでコンビニに帰りやすくなった。僕は3人のもとへ駆け足で向かう。


 身長の低い女は、ソノリティと同じく妖精らしい。人間かと思ったが、近くで見るとケモ度40パーセントくらいのアライグマだった。顔は人間と言うよりアライグマに近いし、ゴワゴワした毛が全身に生えている。名前はヒルトだ。

 身長の高い男はヒルトの契約者で、名前はニシキ。本名は僕と同じで記憶から消えていたらしいけど、手元にあった免許証を見たら本名が書いてあったからそこから名前を取ったらしい。そういえば僕は身分証明書のようなものを一切身に付けていなかったがどうしてだろうか。


「この2人はソノリティが呼んだのか?」

「ヒルトが『魔法の反応があった』って言うから、別の妖精がいるんじゃないかと思って来たんだ。」


 妖精を探してここまで来たのか。ということは、契約者の僕のことは想定していなかったのだろう。

 昨日のソノリティの話から考えると、妖精は別の妖精を殺してエネルギーを得ることで生きているらしい。でもって、僕らは妖精を1匹倒して十分な栄養を得ている一方で相手はそうでない可能性がある。


 つまり簡単に言えば、お腹が空いているので僕らを殺しに来たという可能性があるわけだ。

 しかし、ソノリティは彼らと楽しげに話していたわけだから、意味が分からない。


「さっきは何の話をしていたんだ?」

「なんだよ、俺ら、なんか警戒されるようなことしたか?目つきが悪くなってるぞ?」

「順当に考えれば分かることだろう。少しでも考えれば、ヒルトが俺らを殺しにきたんじゃないかという可能性にたどり着くことは容易だ。」


 ヒルトが頷く。そこまでは既に了解済みだったのか。ならどうして談笑していたのだろう、と改めて考えようとしたところでヒルトがソノリティの言葉に続けるように話し始める。


「だけど、せっかく理性のある妖精に出会えたんだったら協力し合った方が得だからね。ソノリティはなかなか強そうだったし、拠点もあるみたいだし、敵対したくないっていうのもあるわ。」


 確かに納得できる。僕としても理性ある人間を殺すのは当然躊躇するし、それは妖精も同じなのだろう。


「ただし。」


 と、ヒルトが僕の方を見て人差し指を立てる。


「私は今、死にそうなほどエネルギーが足りていないので、今日中に妖精を見つけてエネルギーを得ないとやむを得ずソノリティとアズマを殺します。」


 それは困るな。


「ソノリティはそれで納得してるのか?」

「もちろん、ヒルトが俺らを殺しに来るというのなら俺らが返り討ちにするだけだ。それに、もしもここでヒルトを逃してしまったら、俺らが得られたはずのエネルギーが自然消滅してしまうことにもなる。それはもったいないだろう。」


 その言い方ではまるでヒルトを殺すつもりがあるように捉えられかねない気がするが、ヒルトとニシキ的には構わないのだろうか。思わず、顔色を窺ってしまう。


「俺は賛成だぜ。ようは今日、一体でも妖精を殺せば仲間が2人増えるってことだからな。」


 やや楽観的に聞こえないでもないが、まあ確かにそう考えれば協力した方が良い気がしてきた。


「じゃあ行くか、妖精探しに!」


 すぐに歩いていこうとするニシキを引き留める。まだ体が寒いし朝食もまだ食べていないので少しコンビニでゆっくりしたい。



 


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妖精の住む世界で AtNamlissen @test_id

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