第4話

 朝、昨晩と同じ蛍光灯の明かりの下で目を覚ます。背中に感じる引っかかれるような痛みは、ソノリティが僕を起こそうとしているのだろう。

 目覚めは悪くないが、僕の本能が体を地面に押し付ける。


「体感だけど、まだ起きるような時間じゃないよ。」

「いや、もう4時半だ。もう8時間も寝てるんだから睡眠時間は十分だろう。」


 無言で首を縦に振る。まさかそんなに長く寝ていたとは思わなかった。


「こんな緊急事態で、よくそんなに長く寝れたよね。」

「それは俺のセリフだ。よもや、今が緊急事態だということすら気付いていないのかと思ってたくらいだぞ。」


 確かに昨日は記憶が消えていたことに動揺していたのもあって、状況が把握しきれていなかった気もする。しかし、一晩寝て落ち着いた気分で考えてみて今がどれだけヤバいのかは理解した。


「このままだといずれ食料と電気と水が無くなる。そうしたら凍死か餓死か渇死で死ぬ。」

「ああ。そうだな。」

「まず、凍死を警戒するべきだと思う。水と食料は何とかなるかもしれないけど、電気の問題はぼく一人じゃあ解決できない。」


 ソノリティは少し首を傾げながら僕の言葉を聞き、だいたい納得したのか、首を縦に振った。


「そうだな。まずは凍死の対策をするか。」

「とりあえずは焚火が準備出来ればいいから、何か火を起こせるものと薪を集めるのが急務だな。」

「……そうだな。」


 ソノリティは同意してくれているが、どこか納得がいかないような顔をしているのを不安に感じる。


「何か、気になることでもあるのか?」


 ソノリティは首を縦に振り、悩ましそうな顔でこめかみを押さえながら暗い声で言う。


「デンキと、マキ、タキビという言葉は初めて聞いた。」

「まじか。」


 サンドイッチとスクイーズはあるのに電気も火もない世界ってどんな世界だよ。と思わないでもない。

 説明するのは面倒くさいが、そのくらいの知識は共有しないと後々困りそうだ。僕は電気のスイッチに近づいて蛍光灯を点けたり消したりする。


「これが電気。」

「その……雷魔法を用いたライトとスイッチを接続している魔力回路のことを、電気と言うのか?」

「ああ…………」


 これはどこからすり合わせを始めるべきか。そもそも魔力回路=電気回路として説明してしまってもいいのか、それはそれで違う部分があるのかそこから分からない。

 まあ深く考えずに、大体合ってるくらいだろうと思っておくか。


「……まあ、そんな感じかな。」

「なるほど。それで、マキと言うのはなんなんだ?」


 薪はどうやって説明しようかな。コンビニに薪なんて売っているわけないし。そもそも火の説明からしなければいけないとなると、そうだな。

 僕は従業員室を出てレジまで歩く。レジの上はサルの妖精にめちゃくちゃにされているが、すぐ近くの床にいくつもライターが落ちているのを見つける。これを探していたんだ。


「これがライターと言って、簡単に火を点ける装置だ。」


 そう言いつつ、銀色に光るボタンをぐっと押す。


「なるほど……スイッチで炎魔法を発動する機械か。」


 ソノリティは納得しかけるが、ライターが火を出さないのを見て黙る。僕は予想外の事態で首を傾げる。

 オイルは入ってるし、スイッチを押した瞬間には火花も出ている。


「何でだ?」


 床に落ちた衝撃で壊れたのだろうか。他のライターも試してみる。


 結果、10個ほどあったライターの全てが機能しなかった。

 この現象に、僕がこの世界の大気に耐えられないという、ソノリティの話を思い出す。

 確か昔習った燃焼の三要素は可燃物、熱、そして酸素だったはずだ。今、燃焼と呼吸両方が出来ていないということは、大気中に酸素が無いと考えるのが妥当か。


「もしかして、この世界に酸素は無いのか?」

「そりゃあ、単体の酸素なんて自然に存在したら大変だろう。」


 ソノリティが肯定するような返事をするが、僕からすれば、単体の酸素が自然界に無いと大変なんだよなあ。


「というか、酸素が無いって分かってるなら先に言ってくれればいいのに」

「大気に酸素が含まれてるのが常識だと思うなよ?思いつきすらしなかったわ。」


 そりゃあ、大気に酸素が含まれてない世界からすればそう思うか。


「じゃあ酸素は何に変わったんだ?二酸化炭素か?」


 世界の終わりといえば地上が燃やし尽くされるのはよく聞く話だし、燃えたならここにいない人間はみんな二酸化炭素になったんだろうなと思う。なんて、直近の記憶が消えているせいなのか発想のおおもとの知識が小学生か中学生レベルになっている気がする。


「大気の中身なんて俺に分かるわけないだろ。脳内に検査機が詰まってるとでも思っているのか?」


 そこまで言わなくてもいいじゃん。


「で、タキビというのはどういうものなんだ?」


 ソノリティの質問に僕はどう答えようか迷う。目の前で見せるわけにもいかないし、口で説明しても理解してもらえるかどうか。


「この世界の火っていうのは、酸素と可燃物が反応して生じるんだ。」

「へえ、それは不便だな。」

「で、火に上手く酸素を送り込めるように可燃物を組み合わせたものをタキビっていうんだ。火を焚くっていう言葉をひっくり返して焚火って言う。」


 伝わっているのかいないのか、ソノリティは特にリアクションをすることなく、従業員室に戻っていった。

 分からない話をして気分を害したのだろうか。凍死対策を考えなきゃいけないのに、困るな。


「火が使えないのにサバイバルも何も始まらないしな……でも、酸素が無いってことは食べ物も腐りづらくなるだろうし、熱源さえ確保できれば多分、しばらくはこのコンビニで生活できるか。」


 僕は楽観的なことを考えながら、従業員室に戻った。


 部屋ではソノリティが床を爪でガリガリと引っ掻いている。


「何してるの?」

「魔法陣書いてる。上手くいけば火が出せるかもしれんし。」

「なるほど。」


 僕の世界がソノリティの居た世界に近い構造に変わってしまっているのなら、ここは確かにソノリティを頼りにした方がよさそうな気がする。

 さて、喉が渇いたな。寒いし、何か外で飲み物でも買ってこようかな。


「ちょっと外でコーヒー買ってくるね。ソノリティは何か飲みたいものある?」

「コンビニの飲み物で良いだろ。」


 ソノリティは地面から目を離さずに言う。


「暖かい飲み物があるエリアが壊れちゃったっぽくて、外の自販機じゃないと手に入らなさそう。」


 見たところ電子レンジは生きていそうだったから物を温めるのに困ることはなさそうだったが、昨日、偶然確認したところ、確かホット飲料の棚は冷たくなっていたはずだ。


「俺は店のヤツでいいや。帰ってきたらコップか何かに注いでくれ。外は何がいるか分からんからくれぐれも気を付けてな。」


 確かコンビニまで行く途中に一つ自販機があったはずだ。昨日みたいなことはあまり起きて欲しくないが、確かに何がいるか分からないし、急いでいこう。


「財布には……」


 持ち合わせは大小合わせて2000円くらいか。やや少なく感じる。ATMがあれば向かいたいが、食料にお金がかからないのならまあしばらくは保つだろう。

 僕は割れたガラスを踏まないように気を付けながら外に出た。


 




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