第3話
コンビニの中に入ると、あのサルの妖精にどれだけ荒らされたのかよく分かる悲惨な光景が広がる。
医療品、日常品コーナーから冷蔵庫、レジとその奥のたばこの列までがことごとく破壊され、妖精の目的が見えない。てっきり腹が減っていたのだろうと思っていたが、それならば冷蔵庫の中が特に荒らされているわけでないのは理屈に合わない。
「何がしたかったんだあの妖精は。」
「おおかた、この世界がどんな場所か知りたかったんだろうな。俺らは食料も服も必要としない。何かを盗ることが目的とは考えづらい。」
食料が要らないとは、なんとも羨ましいな。
「それにしても、誰かが殺されたりしてなくて良かった。」
ソノリティは不思議そうな顔をする。
「もとから無人販売所なんじゃないのか?」
「そんなわけないだろ。店員がいたはずだ。」
「そんな当たり前のように言われても、俺がこの世界の常識を知るわけが無いだろう。この透明な膜に覆われてる柔らかい何かをどう使うのかさえ分からん。」
比較的綺麗な三角形を保っていたサンドイッチを足で潰しながらソノリティが不満げに言う。
「もしかして、スクイーズの類か?」
サンドイッチは無いくせにスクイーズはある世界ってどんな世界だよ。まさか口の付いている生物が普段から飲まず食わずで生きていけるとは思わないし、スクイーズを発明するような種族がサンドイッチに似た食べ物を思いつかないとも思えない。
「サンドイッチだよ。パンに野菜や肉を挟んで食べるんだ。そうすると手が汚れなくて良い。」
「なんだ。サンドイッチか。それなら知ってる。こんな体じゃあ食えそうにないが、そこそこ好きだったな。」
ソノリティはサンドイッチを器用に転がし、原材料名の書かれたシールを見つめる。
「俺等の世界には、わざわざこんな風に食べ物を密封する文化は無かったな。」
比較的無事そうなカツサンドを拾い上げ、1つを齧りながらもう1つをソノリティに差し出す。
ソノリティが僕の手を見つめ、困った顔をする。
「食い方がわからん。今までは手を使って食ってたからな。」
話を聞いていると、ソノリティはもとの世界で人型だったらしい。突然、ネズミのような姿にされてソノリティに違和感はないのだろうか。
「『あーん』するよ。地面から直に食べるのは嫌だろ。」
「別に。こんなに地面の近くに目線があると、地面から食べることに戸惑いはない。」
ソノリティはそう言いつつも後ろ足で立って首を伸ばす。僕はソノリティの口元にサンドイッチを持っていき、咀嚼する口元を眺めながらタイミングを見て少しづつ差し込んでいく。
あきらかに大きめの鼠にしか見えないが、精神が人間と同様なのだと考えると変な感情が沸く。なんというか……
「背徳的なことをしてる気分だ。」
「確かに、『人間を餌付けしてる』とでも表現すれば、字面としては倫理に反しているような気もするが。」
ソノリティは口を小さく動かしながら器用に喋る。
「よくその口から声が出るな。」
ソノリティは口元に手を置きながら、「あ、あ。」と声を出す。僕に言われて違和感を抱いたのだろう。
「どうやら口から声は出ていないらしい。おおかた、俺とアズマの間のパスを通って、互いの言いたいことが聞こえるように感じているんだろうな。」
「パスって何だ?」
「別に『パス』っていう専門用語があるわけではないけど、さっき契約したときに出来た繋がり的なもののことだよ。」
繋がりか。今のところソノリティと僕の間にそのようなものは感じないが、ソノリティの言葉には説得力を感じる。
ソノリティにサンドイッチを食べさせ終え、もう一つサンドイッチを食べ終えた僕は当初の目的を達成し、やることが無くなってしまった。
なので、とりあえずコンビニ奥の従業員室の椅子に座って暇つぶしにソノリティと雑談することにした。
「ソノリティは何かしたいことある?」
「何かって……まあ、死ななけりゃ何をしたっていいな。」
そう簡単には死なないだろうとは思うが。
「とりあえず、この店の中にあるものが無くなったら餓死するだろ。それまでに食料を継続して手に入れる方法を見つけるのが急務だな。」
「そうは言っても、あれだけあれば1月は保つだろうしな。」
「逆に言えば1月後に死ぬことになるけど、いいのか?いや、良くない。俺が許さない。」
そうか。食料が無くなり始めたら考えようと思ってたけど、継続的に食料を手に入れるならそれだと遅い可能性があるのか。
「それに、1月も経ったら食料が腐るだろう。この世界で食中毒にでもなったら一巻の終わりだぞ。」
「確かに。けど、夜も遅いし眠くなってきたから明日考えるよ。」
どうしてか分からないが、ものすごく疲れている。ソノリティと少し話したいと思ったが、椅子に座ったらすぐに眠くなってしまった。
「明日からは精力的に動くぞ。」
「分かったよ、ソノリティ。ソノリティは眠くないの?」
「俺は2日に1回寝れば十分だ。」
部屋の暖房を強めにして、売り物のフェイスタオルを枕代わりに地面に寝転がる。
「寝心地が悪すぎる。」
「そりゃあ……」
ソノリティが何か言おうとしているのを聞きとる間もなく、僕は眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます