『炎定考察』/後編

 ───炎々邸-玄関-廊下-:AM:10:59___




 探偵事務所から出発しておよそ20分。

 移動はゴエモンさんの運転する高級車。慣れない高級車から降りると、同じく慣れない景色が広がった。


 ___炎々邸。

 別に初めて見たわけじゃない。何度か近くを通ったことがある。......しかしこうも“今から入る場所”、と認識するといささか緊張するものだ。


 車にて移動する途中、沙絵ちゃんに屋敷の広さを聞いてみた。

 なんと坪数は3000を越えているというのだ。さらには奥にあるゴルフ場、サッカー場(浩二氏の趣味)を含めればもっと広くなるという。


 そんな豪邸を前にして、わたし達は唖然とする以外の反応ができなかった。


「───、............す、すごいですねぇ......」


「───、は、はいぃ......」


 なんだろう。

 遊園地にてジェットコースターに乗った後のような感じ。


「ん?なにしてるのだ?早く入るのだ」


 沙絵ちゃん、そしてゴエモンさんに先導されて中に入る。

 玄関、次に廊下。そして茶の間へ。

 廊下を縦一列になって歩いている途中、先生が口を開いた。


「この写真、誰が撮ったモノですか?」


 先生は壁に掛けられている写真を指差す。

 殻栗山頂上から町全体を眺めるように撮られた写真。......とても綺麗だ。

 写真には詳しくないのだが、一目見てプロが撮ったようにみえる。


 すると沙絵ちゃんは立ち止まり、


「あ、アタシなのだ」


 と、小さな声で答えた。


「おぉ、綺麗に撮れていますね。小学生にしてここまでとは恐れ入......あれ、どうかしましたか?」


「............」


 先生が褒めても、沙絵ちゃんは口ごもる。

 ......どうしてだろうか。こんなにも綺麗に撮れているのに。

 先程までの彼女の様子なら、『どうなのだ!すごいだろ!』と自慢してくるかと思ったのだが。


「悩みなら遠慮なく言ってください。謎解きには関係なかろうが、一人の大人として、子供の悩みの一つや二つ。解決できる自信はあります」


 ふふん、と仁王立ち。優しい微笑みと優しい口調。優しさのダブルパンチ。見た目は小学生だが、中身はやっぱり大人である。


「......その、あんまりパパとママからは良く思われてないのだ、その写真のこと。

 将来は写真家になる、て言ったら、『お前は会社の跡を継ぐんだ』て叱られて......」


 ......なるほど。

 確か彼女は一人娘。会社の社長としては、自分の子供に跡を引き継いでもらうのも夢の一つだろう。

 しかし___家族関係の話に首を突っ込むのは野暮やぼかもしれないが......親として、無理強むりじいするのは違うのではないか?とわたしは思う。

 その考えは、先生も同じだったようで___


 しばし沈黙が続いた。

 すると、先生が沙絵ちゃんに詰め寄り、頭を撫でた。先生の方が身長が低いので、自然とつま先立ちになる。


「な、なにするのだっ!」


「沙絵さん、気にすることなんか、無いんですよ?」


 ぶんぶんと頭を振って、先生の手から逃れようとする沙絵ちゃん。だが先生は撫でていた手を肩に下ろし、ガシッと掴んだ。


「よくある漫画の台詞かもしれませんが、自分の“夢”は自分のモノだけ。なによりもはかない世界唯一、人生唯一無二。押し売りもいけないし、押し売られてもよくないんです」


 その場にて、くるりとターン。人差し指を天にかかげる。


「この世は探求心で成り立っているのですよ?」


 決まった!キメポーズ!

 ......と言うものの、あまりカッコいいとは思わない。ごめんなさい。


 けれど、沙絵ちゃんには効果抜群だったようだ。

 一瞬ぽかーんと驚いた表情をしていたが、すぐに元の笑顔に戻った。


「そうだな。そうなのだ。何事もチャレンジなのだ!」


 うんうん、といくらか頷いたあと、沙絵ちゃんは先生と肩を組む。


「ありがとうなのだ、探偵!ちょっと自信がついたのだ!」


「いえいえ、力になれたのなら、それで構いません」


 ......いやもう、なんか本当に小学生の日常の一幕を見ているようだった。

 依頼人と親交を深めるのはいい事なのだが、やっぱり先生の見た目が悪い。


 これではキョトンとしているわたしとゴエモンさんが保護者みたいだ。


 それはそれとして、このツーショットは写真に収めたいところだが。


 ┗┓┗┓┗┓


 ───炎々邸-茶の間-:AM:11:08───




 四人に対しては少々広すぎるような茶の間に着いた。

 木製の(これまた上品な)テーブルを挟み、わたしと先生、沙絵ちゃんとゴエモンさんはそれぞれ座布団の上に座った。


 例の石板、仕掛け箱は既に用意されていた。どうやら屋敷に残っていた別の使用人の方々の配慮らしい。


「思っていたより大きいんですね」


 わたしの感想はそれだった。

 仕掛け箱というのは、もっと小さいモノだと思っていたのだが......


 許可を得てから、石板と仕掛け箱を確認調査していく。


 実物の仕掛け箱は横に1メートル。縦、高さは30センチ程。長方形だ。

 素材は石板と同じ石。

 正面に見て、前面側に引き出しのようなものがある。石板の謎を解けば、ここが開くようになるのだろう。


 仕掛け箱上部には四つの穴。


 ──『』──『』──『』──『洞』──


 沙絵ちゃんの言っていた通り、四つの内右端に洞の石板がはめられている。


 石板はそれぞれ縦横20センチの正方形。厚さは3センチ。

 ___なるほど。古来のモノにしてはどちらも綺麗だ。もしはめれば二度と取れないだろう。(一応、『洞』の石板が取れないかと先生とわたしで試したが、不可能だった)


 ちなみに居ても立っても居られなかったのか、沙絵ちゃんも一緒に仕掛け箱を確認していた。虫眼鏡まで用意している始末。


 ___最後に、古文書を読み返してみる。


 ────────────────────


 砂里定まり、廻連


 蘭ノ霧に洞の津へ


 厭離形骸矢で射ぬけ


 ~~~炎々ノ矢~~~


 ────────────────────


 これにて全てを実物で確認したわけだが......さっぱり分からん。

 もういっそぶち壊してしまえばいいのではないか、と思ったがそれでは駄目だ。

 今回の依頼は謎を解くこと。


 一方先生は熱心に仕掛け箱を色んな方向から眺めている。


「そういえばこの屋敷に、この石板のどれかの文字が入っている部屋の名前......とかってあります?」


 先生は仕掛け箱を見つめたまま、思い出したように問う。

 そうだ、石板に書かれている文字は『廻』、『洞』、『の』、『定』。どう合わせようと、現存する単語になるとは思えない。ならば古来から建っていたとされるこの家と関係していても、なんらおかしくはない。

 ───が、


「いや、今は無いのだ。前にパパが調べてたけど、昔にもそう呼ばれる部屋は無かったらしいのだ」


 沙絵ちゃんは首を横に振った。

 部屋以外にも、この古文書の文に関係しそうな物は無いのかと聞いた。しかし浩二氏がとっくに探し、とっくに挫折していたらしい。

 こうなると、得られるヒントは無し、か。




 ___確認及び調査を始めてから十数分。

 結局のところ、実物を見ることができたという以外は、進展は無しだ。


「「......うーー、むぅ~~」」


 わたしと沙絵ちゃんよる、ため息の合唱。お手上げのコールだ。

 ゴエモンさんは、部屋の隅で沈黙を維持。対して先生は......


 またもや顎に手を当てて考えこんでいる。


「先生、どうですか?解けそうですか?」


 こんなことを聞いたって、かしてしまうだけだ、というのは分かっている。けどこのままやるせない空気が続くのも......と、やっぱ聞かなきゃよかったかなと後悔していたそのとき___


「うむ、決まりですね」


 先生は、ビシッとこちらを指差した。


「「もしかして、解けたんですか!?解けたのだ!?」」


 声が重なる。待ちわびた台詞だったからだ。お手上げムードだった謎解きがついに___




 ___グルル。




 ......ん、ん?

 わたし達の問いかけに対する返答は、先生の口からではなく、聞こえた。


「いやあの、そうじゃなくて。

 お昼でもどうかな~~って。お腹も空きましたし、ね?」


「「───────」」


 えへっと頭をきながら首を傾げる先生。


「なにを言って...「くぇっぷ」


 すかさずツッコミを入れようかと思えば、沙絵ちゃんのゲップにさえぎられた。なんだろうこの二人は。台本でも持ってるのかな、マジで。


 ┗┓┗┓┗┓


 ───炎々邸-座敷-:PM:12:16───




 結局、我らが探偵の意見もあって、お昼ご飯を取ることになった。

 そのために座敷へ移動し、わたし達はまた二人並ぶ形で座布団の上に座っている。


 お昼ご飯は、なんと沙絵ちゃんが作ってくれるという。

『料理は得意なのだ!』というフラグ未来測定にしか聞こえない台詞を残してキッチンへ向かっていった。


 献立はカレーらしい。カレーはわたしも先生も好物だ。可愛らしい年頃の女の子の手料理。そう食べれるモノではないし、ここは言葉に甘えよう、という意向だったのだが......


 ___なんだ、コレは。


 カレーを作ると台所に消えて1時間。流石にわたしも空腹を感じていたとき、沙絵ちゃんが戻ってきた。

「どうぞ、なのだ!」と満面の笑みを浮かべて、わたし達の前にカレーを並べる。うん、カレー?


 ドロドロと紫色をしたナニか、に。

 黒色の物体ことナニか、に。

 なぜかミカンがそのままプカプカと浮かんでいる。


 新手あらての暗殺だろうか。


「さ、沙絵ちゃーん?これ、なに?」


「ん?見て分からないのか?カレーなのだ」


 見て分からないから聞いてるんだけど。


「カレーって、紫色だっけ?」


「教科書にはそう書いあったのだ」


「異世界人なのかな?沙絵ちゃんは」


 どこのどいつがこんなカレーの作り方を教えているのだ。

 ふと先生の方を向いてみる。するとそこには、


「うん、美味美味!いや~、沙絵さんは料理の才能ありますって、絶対!」


「なのだ!アタシはすべての分野において才能の持ち主なのだっ!」


 前言撤回。わたしの隣には先生ではなく、化け物がいたようだ。

 先生化け物はパクパクと物凄いスピードで、カレーの名前を付けられたナニかを口に運ぶ。


「どうした、助手は食わないのか?」


 首を傾げる彼女沙絵ちゃんが、鬼にしか見えない。

 ......いや待てよ。もしかしたら見た目はアレでも味は良い!ってヤツか?


 アニメではあるあるだ。見た目は食べ物と怪物の中間であっても、実際の味は最高!ていう流れ。かのカレーも、これに当てはまるのかもしれない。


「じ、じゃあ、いただきまーす」


 パクリ、と一口。

 “っ、以外にもこれは......!”




「───......かふ、ぅ」


 衝撃。衝動。味覚惨殺。

 わたしの味覚を切り刻む現実という名の刃。おかげで血まみれだ。

 一口で地獄に放り込まれたような、そんな不味さだ。死にます、これ、ほんと、に。


 悶絶するわたしを見て、沙絵ちゃんはにっこりと微笑む。


「うんうん、助手もおいしい!って顔してるのだ!」


 目が背中についているのだろうか。




 ___食べ進めること30分。先生はおかわり三杯。わたしは一杯をなんとか食べきった。今日はトイレと共に夜を過ごすと思う。


「それで、どうなのだ?謎は解けそうなのか?」


 休憩の最中、沙絵ちゃんはわたしが聞こうとして聞けなかったことを先生に聞く。

 さっきの返答を考えれば、どうせ仕掛け箱の確認中もお昼ご飯の事を考えていたのだろう。


 用意された冷たい緑茶を口に含む。

 そして沙絵ちゃんの問いに対し、先生は___




「ん?ああ!謎解きのことでしたか。それならもう解けていますよ。とっくに」




「───、、、..............ごふっ」


 時間差で緑茶を吹いた。


 ┗┓┗┓┗┓


 ───炎々邸-茶の間-:PM13:02___




準備はいいですか? A r e y o u r e a d y ?


 ___お決まりの台詞である。

 謎を解いたことを正式に宣言するとき、先生は必ずこの台詞を使う。


 座敷から移動して、茶の間へと戻ってきた。

 謎解きを披露するため。そしてそれを確認するために、石板と仕掛け箱、古文書が必要となるからだ。


 一応は部外者である自分達が仕掛け箱の中身を見ていいのか、と疑問に思ったが───その問題は、すぐに沙絵ちゃんが両親に連絡を取ってくれたことで片付いた。

 以外にもオッケーらしい。(当たり前だが公表は禁止、他人にもだ)


 古文書とその他一式以外にも一つ先生が要求したものがある。それは古文書をA4用紙にコピーしたものだ。(これも許可は取ってある)

 ......ナニに使うのかは『ここで言ってはつまらないですから』と教えてくれなかったが。


「最初に。『洞』についてですが、安心してください。奇跡的に、この石板はここで合ってます」


 全員が息を呑む。

 第一関門はクリアといったところだろうか。


「ではどうやってそれを証明するのか。

 順に話していきましょう。まず注目すべきところはココです」


 そう言って先生は、A4用紙にコピーした古文書の『炎々ノ矢』という部分を赤ペンで印をつけた。___なるほど、コピーさせたのはメモを取るためか。


「『炎々ノ矢』。まぁ、普通は『えんえんのや』と読みますよね?

 ではこの『えん』の部分を他の漢字に置き換えてみましょう。つまりは、同音異義です」


 はいはーい!と沙絵ちゃんが勢いよく手を上げる。


「同音異義ってなんなのだ?」

「同じ読み方でも、違う漢字のことですよ。ほら、沙絵さんも『えん』て読む漢字をこのコピー用紙に書いてみてください」


「分かったのだ!」と沙絵ちゃんは熱心にコピー用紙に『えん』の読み方をする漢字を書いていく。

『円』、『演』、『縁』、『園』という風に、小学四年生ではまだ習わない漢字もある程度は知っているようだ。


 それにしても、太くて力強い字だ。字は書く人の性格を表すというが、事務所のドアを蹴破った彼女にはピッタリだ。


「ふむふむ。いいですね。今回使用するのはこの『円』です」


 沙絵ちゃんの書いた『円』の字に印をつける。


「では、今度はこの『円』の漢字に置き換えて考えると『円々ノ矢』となりますよね。

 さらにこの文字を砕いた表現にしてみましょう。単純な話ですよ」

「砕いた......えーと、つまりってことですか?円だから」


 わたしはコピー用紙に、大きなを赤ペンで書いた。


「はい、そういうことです。流石静香ちゃん私の助手ですね。

 あとは簡単です。いま出来上がった『○○ノ矢』という単語。つまりは『○○まるまる矢』。これを前の本文二行に当てはめていきましょう」

 ────────────────────


 砂(○)理(○)定(矢)ま(○)り(○)、廻(矢)連(○)


 蘭(○)ノ(矢)霧(○)に(○)洞(矢)の(○)津(○)へ(矢)


 厭離形骸矢で射ぬけ


 ~~~炎々ノ矢○○ノ矢~~~


 ────────────────────


 言われた通りに、○○矢というのを当てはめていく。

 わたしと沙絵ちゃんは、「あ!」「ん?」「あぅ、」「ありゃ?」と思考が行ったり来たり。解けそうで解けないのだ。

 ......こう、なんというか。あと少しで、てとこなんだが___


「さぁ、幕引きですよ。最後に注目するのは三行目の『矢で射ぬけ』という部分です。

 この文の通り、矢で射ぬいてみましょう!」


 先生に言われた通りに矢で射ぬく。すると正体を現したのは、


「「『定』、『廻』、『ノ』、『洞』、『へ』。『定廻ノ洞へ』、だ!なのだ!」」


 わたしと沙絵ちゃん。揃えて声を上げる。

 これが、古文書の答え───!


「はい!これにて謎は解けましたね」


 わたしだって助手だ。先生の卓越たくえつした才能は熟知しているつもり。けれどこうも披露されると、感心するものだ。


 解けたことが嬉しくて、わたしと沙絵ちゃんは思わずハイタッチ。次に先生と沙絵ちゃん。そして三人。

 ゴエモンさんは......無理矢理ハイタッチ。すごく嫌そうな顔をされた。




 依頼されてから数時間足らずで古文書の謎は解けた。

 と言いつつ、先生いわく『とっくに』謎は解けていたようなので、事務所で古文書を見たときから......

 いやまさか、そんなことは無いだろう。

 けれど、あり得てしまうのがウチの探偵のこわいところだ。


 ┗┓┗┓┗┓

 ───炎々邸-茶の間-:PM :13:13___




「───んじゃ、さっそく開けるのだ」


 しばらくして、仕掛け箱を開くことになった。

『洞』以外の三つの石板を、わたしと先生、沙絵ちゃんの三人ではめていく。

 最後に、ナニかが隠されているだろう仕掛け箱の前面下部分の引き出しを、代表者として沙絵ちゃんが引くことになった。


「───えいっ!なのだっっ!!」


「あちょ、慎重に____」


 わたしの制止をもろともせず、沙絵ちゃんは力強く引き出しを引いた。彼女はこの世の全てが破壊対象に見えているのだろうか。


 ───どうしよう、これが中に宝石なんて入っていたら。物によっては全てパー台無しになりかねない。

 ......しかし、わたしの心配は要らなかったらしい。


「これは......饅頭まんじゅう、でしょうか?」


 沙絵ちゃんが思い切り引き出しを引くの同時、空中に舞った丸いナニか。

 拾い上げると、ソレは信じられないことにビニールに包まれた饅頭だった。なんと腐っていない。綺麗なままだ。

 さらに中央には『厭離形骸』と刻印がある。


「なるほど、だから『厭離形骸』なのですね。

 つまりお宝は『厭離形骸饅頭』。しかもこれ、ビニール......ですか?こんな精巧な作りのビニールかが古来にあったなんて......」


「た、たくさんあるのだ!?」


 数は大体30個は下るだろうか。それにしても、江戸時代に秘蔵されていたビニール技術に腐っていない饅頭。確かにお宝と言えるだろう。




 ___そうして、茶の間の畳に広がった饅頭達を拾い上げ、机の上に一通り乗せる。

 ズラッと並べられた歴史の神秘達は、饅頭といえど重圧感がある。


「一件落着、ですね。長居してもアレですし、わたし達は帰りましょうか」


 スマホを取り出して、地図を調べる。ここから事務所もかなり離れているので、まずはバス停探しだ。

 ......しかし先生からの反応が返ってこない。ましてや沙絵ちゃんからも。

 代わりにナニか音が............


 ───モッキュ。

 ───モッキュモッキュモッキュ。


 食べ物を頬張る音。まさか___


「せんせ......─────ッッ!?」


 スマホから、顔を上げる。そして絶句。

 幻覚だろうが、わたしの目には先程の饅頭を頬張る先生と沙絵ちゃんの姿。幻覚、ですよね?


「「モッキュモッキュ____んーーー!美味!!」」


 先生と沙絵ちゃん。二人揃って最高級の笑顔。控えめにいって殴りたい。


「なに......してるんですか?」


「ん?見て分からないのか?数がまぁまぁあるから、幾つか食べているのだ」


 分かりたくないから聞いているのだが。


「それ、お宝......なんですよね?何年も前のヤツなんですよ?お腹壊しますよ??

 ていうか先生も止めてくださいよ!」

「え?いやだって美味しいじゃないですか。食べたことないですよ、こんなあんこ。一つ一つの粒が固すぎず、柔すぎずに___」


 ペラペラと感想を述べる先生だが、そんな事は聞いていない。

 やっぱりこの二人は怪物なのだろう。いつのものかも分からない食べ物を平然と食べてのける。

 脳ミソをカニ味噌ミソにすり替えられているのではないか?


「............もう、二人で勝手にしてください」


 座っていた座布団から立ち上がる。

 とりあえず一旦席を外そう。外でひと休みでもしてこよう。

 と思いきや、先生が引き留めるように声をかけてきた。


「静香さん、こっち向いてください」

「───?なんです...「はい、あーん」


「ん?ぐも____ッ!!??」


 そうか、先生は化け物じゃない。暗殺教団ハサンの一味だったようだ。さよなら、わたしの人生。


 ───と、


「あれ、おいしい」


 信じられなかった。

 分からない。沙絵ちゃんのカレー怪物によって味覚が狂ったのかもしれない。

 どうにせよ旨い。凄まじく旨い。甘すぎずさっぱりとしているが、それでいてあんことしての威厳を____




 すっかりとわたしまで厭離形骸饅頭に夢中になったのだった。

 ひとまず、古文書の謎解きは饅頭との一時ひとときによって幕引きとなる。




 ┗┗┗エピローグ┓┓┓


 ───O_N_E探偵事務所:AM:10:26___




 あの事件謎解きから三日。

 引くに引かない残暑が外を支配する日中。

 わたしと先生はいつも通り、エアコンの効く事務所でだらけている。


 そんなとき一通の手紙が送られてきた。それも写真付きで。

 差出人は沙絵ちゃんだった。相変わらずの太くて力強い独特な字で、


 ────────────────────


 この前はどうもありがとうなのだ!

 パパとママも喜んでいたのだ!

 今度は普通に遊びに来てほしいのだ!


 ps.またご馳走するのだ!


 ────────────────────


 可愛らしい内容ではあるが、『ps.』の部分だけは勘弁してほしい。

 まぁでも今度は遊びに行こう。


「それにしても、よく撮れていますね。この写真」


 先生の横から覗いてみる。手紙と一緒に同封されていた写真。それはわたしと先生の記念写真だ。

 撮ってくれたのはもちろん沙絵ちゃん。

 ___確かによく撮れている。


「先生のおかげで、沙絵ちゃんも自信、ついたんでしょう」


 わたしの言葉に対して、先生は首を横に振った。


「いえ、一歩踏み出せたのは彼女の力ですよ。私は足にはなれませんから。自分の力、です。

 私こそ、見習わないといけませんね」


 ......ぁ。少し、分かった気がする。

 こんなにも天然と天才の掛け持ちな先生が、大学の教授にも探偵にもなれたのか。

 沙絵ちゃんの前で言っていたあの言葉___


『この世は探求心で成り立っているのですよ?』


 そうか。わたしも沙絵ちゃんに負けてられない。


「─────静香ちゃん」


「あれ、なにか呼びましたか?」


 少しボーッとしていた。

 先生は、そのあかい瞳でわたしをジッと見つめてくる。しばらく沈黙が続いたあとに、


「安心してください、静香ちゃんも負けてませんから」


 ニヒッと笑って先生は言った。

 本当にこの人の瞳は苦手だ。なにもかもを見透かされているような気がしてならない。

 けど、


「......頑張りますっ!」


 前進あるのみヨーソロー。わたしも頑張らねば。


「ところで、この前の海の話なんですけど___」


「へ?」


 デスクから水着を二着取り出す先生。彼女は一体なにをしているのだろうか。


「先生?なにしてるんです?」


「ほら、今度海にいくでしょう?それで水着をどうしようかなって」


 なぜに決定しているのか。

 まだ懲りてなかったのかこの人は。


「いやいや、なに満足してるんですか!今月が終わるまで、あと一週間以上もあるんですよ!?せめてあと一件くらいは仕事を探しましょうよ」


「いやいや、ちゃんと分かっていますよ?それを踏まえた上で、1日くらいは休暇を取ったってバチは当たりません」


一切合切金輪際いっさいがっさいこんりんざい、きっぱりさっぱり、全くもって意味が分かりませんっっ!!」


 ほとんど休暇みたいな日々を過ごしているのに、なにを言ってやがりますか、この人は。


「と、とにかく所長命令です!絶対に行きますからね!海っ!」


「あ、こんなときにだけ命令ってズルい!」


「で、こっちの水着とこっちの水着、どっちがいいですか!?」


「んなもん裸で行け!」


「む、むごい!」


 ......なんでこんなことで口喧嘩してるんだろう。馬鹿馬鹿しくなってくる。

 けれどこんな日々が、わたしにとって居心地が良いのも確かなのだ。


「やっぱ、最近は攻めた水着の方が良いのでしょうか......」


 そんな言葉を溢す先生。釣られて先生の胸を凝視ぎょうしするが___

 悲しいかな、其処そこにあるのは谷ではなく平原だった。


「ちょっと、なんですかその目はッ!」


「先生、自分の体には正直であるべきですよ」


「ど、ど、どういう意味ですかそれはッッ!?」




 ───あ。海に行くのは一億歩譲って良いとして、一つ大きな問題があるじゃないか。


「そういえば先生海に入れないじゃないですか」


 きっぱりとわたしが言うと、先生は、え?なんで?と言わんばかりの表情で首を傾げる。

 まったくこの人は......


「海に入ったりしたら、ボディびちゃうでしょうが!」


 自分の体くらい自分でいたわってほしい。でないとこちらがもたない。

 なんていったって、先生の体は____






 ___機械I A Sなのだから。

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〖短編〗名探偵は幼女である-O_N_E探偵事務所の事件簿- YURitoIKA @Gekidanzyuuni

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