〖短編〗名探偵は幼女である-O_N_E探偵事務所の事件簿-
YURitoIKA
『炎定考察』/前編
───O_N_E探偵事務所:AM:10:02___
「おはようござ─────ぁっづ!?」
ガチャリ、と事務所のドアを開けると、出迎えたのは灼熱の
「あら
「ど、どうも......」
なに食わぬ顔で元気よく返事を返したのは、この事務所の所長でありわたしの上司。
「ていうか、またエアコンつけ忘れたんですか!?」
「い、いや~私としたことがうっかり......」
うっかりって......
今日は8月の19日。外は快晴、真夏日だ。気温は、天気予報によれば35度をゆうに越えるらしい。
そんな灼熱地獄のなか、唯一の上司でありパートナーがエアコンすらつけずに部屋に
......まぁ、当の本人は全然気にしていない様子だが。
エアコンの電源を入れ、事務所のロッカーにバッグをしまい、室内中央の応接ソファーに腰掛ける。
一方先生はデスクに戻り読書に励んでいる。
事務所でそんなだらけていていいのかと怒られそうだが、なんといっても仕事がないので仕方がない。
“O_N_E探偵事務所”。それがこの事務所の名前だ。メンバーはわたしと先生の二人。
都会からは少し外れた田舎町___
交通網最悪の雑居ビル四階に、この事務所がある。
その名のとおり、世に溢れる事件の謎を解くことを仕事としている。が、浮気調査や迷子のペット探しがほとんどである。
というのも、某探偵アニメのように毎週土曜に
依頼がないときはこうしてだらけ、閑古鳥と共に鳴らない電話とノック音に焦がれる日々を送るしかないのだ。
___スマホを取り出して、先月に個人で開いたこの事務所の公式サイトを開いてみる。(予算カツカツではあるが、少しでも宣伝の場を広げようとしたわたしの提案だ)
そこには大きく、我らが探偵、愛先生のプロフィールが載っている。
・一輪 愛(いちりん あい)
────────────────────
───二十歳にして大学の教授となり、そこでの経験を活かして探偵事務所を開く。
現在は二十九歳となり、数々の──── ────────────────────────────────────────
とまぁ来歴が長々と書いてあるわけだ。その右には愛先生の写真も載っている。
綺麗な赤髪にロングヘアー、なにもかもを見透かしてそうな深紅の瞳。その点だけを踏まえるとまごうことなき美人なのだが......一つ問題がある。
問題という表現は失礼かもしれないが、___いわゆる童顔なのだ。それもとびっきりの。
顔写真だけなら、あぁ可愛らしいなぁ、で済むかもしれないが、実際に先生の姿を見ればそうはいかない。
身長は実に145センチ。これは六年生となる女子小学生の平均身長とほぼ同じらしい。そんな
ランドセルなんて背負わせたら鬼に金棒。否、鬼にガトリング銃だ。
所長がそんな容姿なので、事務所に入ってその姿を見て引き返す依頼人も少なくはない。これもまた依頼人が少ない(仕事が少ない)理由の一つといえるだろう。
___そんな仕事もろくに来ない事務所になんで入ったのか、と聞かれると話が長くなる。
......ざっといってしまえば恩返しだ。三年前、まだわたしが高校一年生だった頃。とある事件に巻き込まれたわたしを、愛先生が救ってくれた。
そのときの恩をどうしても返したくて、先生、両親に頼み込んだ。そうして今、この事務所にいるわけだ。
入った当時はどんな事件が待ち受けているのだろうかと心を弾ませていたが、今となっては
先生の大学教授時代のコネのおかげで、なんとかこの事務所が潰れることはないらしいが、それでも仕事がないのは精神的にクルものがある。
浮気調査でもペット探しでもなんでもいいから、なにか仕事になるものは___
ふと、先生が口を開いた。
「うーむ、海.....とか?」
神妙な顔つきで、なにやら呟いている。
「......?どうしたんですか?」
「いや、今度私と静香ちゃんの二人で、一緒に海にでも行きたいなと」
「......、............っ──────、────」
拍子抜けだった。
いや、それと同時に腰も抜けた。
「今、なんて?」
「え、だから二人で海にでも~~~って。あ、お金なら心配ありませんよ。ここのビルのテナント代をどうにかやりくりして......
あれ、静香ちゃん。なんか哀れなものを見るような顔をしていますけど、どうかしました?」
そうだ、先生の人柄を説明するなら、二言で済む。とても
「し、静香ちゃ...「馬鹿なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁッッ!!」
ソファーから立ち上がり、これでもかというほど声を荒げる。
「先生がいつまでもそんなへなちょこだから!」
「へ、へな......」
「先生がいつまでもそんなアンポンタンだからっ!」
「あ、アンポンタ......」
「この事務所はいつまでも
「う、うぐぅ......」
そう言い切って、ふぅ、とため息をつく。
訂正するとすればここは別に物理的に廃れているわけではない。ちゃんと掃除してるし、ソファーもバーカウンターもなかなか上品な物を使っている。───逆にいえば、ただそれだけ。
いくら事務所を着飾ろうが、依頼人が来なければ意味がない。なのに、当の所長とくれば......
とにかく、ここはわたしがシャキッとしなければいけない。弟子として、いやパートナーとして。
「とにかく、行動しなければなにも始まりません!町に調査に出掛けますよっ!」
「調査って、別にそんなバーゲンセールみたいにゴロゴロ事件が転がってるわけじゃないですし......」
先生はいじけた様子で、人差し指と人差し指をツンツンしている。可愛いが可愛くない。
「ほら、行きますよ!」
そういって先生の腕を引っ張りあげようとしたそのときだった___
ドガンッとドアが
驚いて、わたしと先生は同時にドアの方へと目を向ける。するとそこには、
「たのもぉぉぉぉぉーーーっっ!!」
ずかずかと大股一歩で事務所に入っては、大声をあげる茶髪ショートの少女の姿。そして後ろには黒スーツで身を包んだ大男。
色々言いたいことはあるが、まずは......
「
わたしと先生は、勢いよくツッコミをいれた。
___お盆が明けて数日。一向に暑さも引きを見せないなか、小うるさい探偵御一行と厄介な依頼人が
┗┓┗┓┗┓
───O_N_E探偵事務所:AM:10:14───
___取りあえず、少女によって見事に吹き飛んだドアを元の位置に戻した。
もちろんドアの開閉部分は折れている為修復不能。
......どんな怪力だろうか。
ひとまず事情を聞くために応接ソファーにそれぞれ座る。
わたしと先生、少女と大男。ガラステーブルを挟んで向かい合う形だ。
「えーと、なにから話したらいいでしょうか......あ、まずは静香ちゃん、お茶を持ってきて頂戴」
「は、はい」
助手としての役目をすっかり忘れていたわたしは直ぐ様カウンターテーブルへ向かい、お茶の準備を始めた。
......そりゃもう始めて体験した空気だ。
そもそもドアを蹴破ってきた
「どうぞ」
冷たい麦茶を人数分用意して三人の元へ戻る。
コトン、と麦茶を三つテーブルに置くと、少女は
「ん───っ!ぷはー!いやー外はアチいーのだ。やっぱこれなのだ」
......なにしにきたんだろう。ほんとに。
これで飲み物ゲッチュしにきました!なんて言い出したら右手からロケットパンチが飛びかねない。主にわたしから。
「それで、なにしにきたのでしょうか。ドアを蹴破るってなかなか───
先生が優しく問う。
けれど口調はどこか怒っている様子だった。それもそうだろう。肝心の事務所のドアを蹴破られて、怒らない人間なんていな____
───すごいですね。もしかしてなにかスポーツとかを習っていたり?」
「うーん、ちょっと違うのだ。アタシはサッカーを習っているのだ。足の力は誰にも負けないのだ」
............、......。
え、なんで普通に褒めてるの。なんで普通に会話してるの?ていうかサッカーしていてもドアを蹴り破るキック力なんか身につかないでしょ?
「ちょちょちょちょっと!なんで先生も普通に会話してるンですか!ドア蹴破られてるんですよ!意味分かってます!?」
止めに入る。なんかこのまま流されそうな気がしたからだ。
「まぁ、それはそうですよね。えーと名前は......」
「
伊江津......どこかで聞いたことのある名前だ。
それはそれとして、なんかまた爆弾発言があった気がするが。
「え、ドアの?」
一応聞き返してみる。勘違いだろう。
「うん、ドアの。自分で開いたことないし」
勘違いじゃなかった。
さらにはもっと驚くべき発言も降りかかってきた。
「まぁ、知らないなら仕方ないですよね」
「なのだ」
意気投合する先生と沙絵ちゃん。そして沙絵ちゃんの隣にいる大男も首を縦に振る。
___あれ、これわたしがおかしいのかな?かな?
閑話休題。
とにかくドアの話は一旦やめて、なぜこの探偵事務所にやって来たのかを説明してもらった。
なんと、語り部は沙絵ちゃん。隣にいる大男は、頑なに口を開かない。
見た目相応の少女は少女。沙絵ちゃんの説明は脱線が多く、全貌を記すだけで紙数が尽きてしまう。ので、ここからは沙絵ちゃんの説明をわたしが要約していく。
やって来た依頼人は二人。
一人は、黒色のワンピースに、鮮やかな茶髪とショートヘアー。端から見れば可愛らしい雰囲気を漂わせるが、ドアを蹴破るという
伊江津グループと呼ばれる、ロボット開発の最先端を手掛ける会社。その社長こと
殻栗町の最北。殻栗山の
だからあの性格、というには癖が強すぎる気がするが......
そしてもう一人、黒スーツの大男。
実は人間ではない。人型ロボット兼使用人、
今は2046年。この時代において、さして人型ロボットという存在は特別的ではない。
人類の
......と、壮大なレッテルを張られているが、残念ながら一般家庭には普及していない。企業向けのお助けロボ───というのが正直なところだ。
なんともキャラの濃い二人。
とにかくドアは弁償するという形に収まった。(相手はお嬢様なのだし、少々嘘をついて元の金額よりも高い額を請求すればいいのではと思ったが、先生はきちんと元の値段を伝えた。先生は根っからの正直である)
肝心の依頼内容だが___
「「古文書ぉ?」」
わたしと先生。二人同時に聞き直す。
「そう、古文書なのだ。古文書の謎を解いてほしいのだ」
えっへん、といわんばかりに大きく胸を張る沙絵ちゃん。
ちなみに彼女は小学四年生にして、先生の身長を10センチ程越えている。胸の方も───いや
「古文書って、あの、古文書ですか?」
「うむ。あの、古文書なのだ。......ちょっと待つのだ。ゴエモン、例のモノを」
「かしこまりました」
お、やっと喋った。
ゴエモンさんは、「これを」とスーツの胸元から黒い長方形のケースを取り出した。
ケースから巻物の様なモノを取り出し、わたし達に見えるような形でガラステーブルに広げる。
「これは......」
思わず先生が吐息を漏らす。
わたしも
────────────────────
砂里定まり、廻連
蘭ノ霧に洞の津へ
厭離形骸矢で射ぬけ
~~~炎々ノ矢~~~
────────────────────
............うーむ。さっぱり分からん。
対して先生は___
顎に手を当てて、考え込んでいる様子だ。
「どうだ、わかるか?」
テーブルに身をのりだし、目を輝かせながら問いかけてくる沙絵ちゃんだが......
わたしも先生も、「これだけだと、なぁ」と吐息を
「そもそもこの古文書に、謎が含まれているという根拠はあるのでしょうか?」
「えーとだな、___」
そこからまた、沙絵ちゃんによる脱線カーニバルの説明が始まった。こればかりは仕方ない。小学生だし。
要約していく。
まずはなぜ古文書が見つかったのか。なんでも、彼女の屋敷は江戸時代から建っているらしい。(現在は改修工事を重ねて真新しい屋敷となっている)
その経歴もあって、たまに倉の整理をしていると、昔の巻物や装飾品が見つかるんだとか。
今回の古文書も、その中の一つ。
先程の『古文書』と、『廻』、『洞』、『の』、『定』、とそれぞれ文字が掘られている四つの“石板”。そしてその石板がピッタリはまるであろう『仕掛け箱』。
これらが風呂敷に包まれて、先日浩二氏によって倉から発見されたという。
まずは専門家を呼び、確認したところ......
本当に江戸時代のモノだった。
そうとなれば開けてみよう、と伊江津一家は
しかし古文書の意味はよく分からないので、とにかく適当に石板をはめてみようとしたところ、その仕掛け箱がなかなかの癖者なんだとか。
一度はめたら、手で取ろうとしようが、逆さにしようが、衝撃を与えようが、外れなくなるモノだった。
それに気づいたのが、正面から見て一番右の穴に『洞』をはめてしまった後らしい。
焦って再度専門家を呼んだが、結局は謎は解けず。
そして流れに流れ、わたし達のところにきた。っというのが事の顛末らしい。
───そして説明が終わり___
「なるほど、つまり古文書の謎を解いて石板のはめ方を調べろ、と。しかし既に右端に『洞』の石板をはめてしまった。それも含め謎解きをしなければ......
間違ってないことを祈る運ゲー。なかなか難題ですね」
先生は、今一度整理するように復唱した。
わたしもある程度は理解したが......『洞』の石板が間違っていたらそれこそ失敗。
もし、古文書の謎を解けても意味がないことになる。それは、なんかイヤだ。
「やっぱ......だめ、なのだ............?」
しゅん、と肩を落とし、表情が暗くなる沙絵ちゃん。
いくらドアを蹴破ったワンパク少女といえど、こういう表情はクルものがある。
しかしわたしには解けそうにない文章だ。この謎を解けるのは......先生しかいない。
どうします?とわたしは先生に視線を送る。すると......パチリ、とウインクが返ってきた。
「いいでしょう。その謎、必ずやわたし達が解いてみせましょう」
しばらく、沈黙が続いた。全員が息を呑む。
「やったぁぁぁーー!なのだぁ!!」
両手を上げ、バンザーイ!と満面の笑みで喜ぶ沙絵ちゃん。
それは先生も同じらしい。喜ぶ沙絵ちゃんを眺めながら、にっこりと笑っている。
ゴエモンさんは......気のせいか、先程よりもいくらか堅い顔ではないような......ま、いいか。
___契約書のサインを済ませ、(ゴエモンさんが担当)まずは古文書に関する手がかりがないか調べる為に、四人で炎々邸に向かうことになった。
沙絵ちゃんの両親は現在出掛けているらしいが、許可は得ているらしい。(彼女のことだから怪しいが)
「じゃあ、よろしくなのだ。探偵」
出発する前に握手しろ、とわたしに手を差し出す。
......ん?わたしに?手を?
「えっと、探偵はわたしじゃなくて、あっち」
そう言ってわたしは先生を指差す。
沙絵ちゃんはぽかん、と口を開けて驚いている様子だ。
......あらぬ間違いをしていたらしい。
一方先生は、少しプルプルと震えている。
危なかった。引火寸前だった。爆発寸前。
「なーんだ。偉そうに喋るなーと思ったらお前だったのか。探偵の癖に意外とちっちゃいのな」
「──────────」
引火した。爆発必至。
「誰がチビですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
ドガァァン!と、この快晴日に落雷が。
壮大?な茶番劇から始まった古文書の謎解き。
先行きの不安なスタートダッシュだが、果たして転ばずにゴールに辿り着けるのやら。
先に言っておくと、かなり転ぶ。
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