チキンカツ丼

仕事終わりの帰り道。

いつもなら時間もないし、体力もないから、簡単なもので済ませちゃうけど。


なんと今日はノー残業。

だから時間もちょっとあるし、元気もある。

家でみおさんが待っていてくれるから、さらにちょっとプラスです。


帰宅途中の道にあるスーパーが、とても安い。

地元のローカルチェーンで、弁当と野菜や肉なんかがめちゃくちゃ安い。

もし安い弁当があったら買っていって、さっさとご飯を済ませちゃうのもいいんだけど……。


めちゃくちゃ大きいチキンカツが、まだ残っていた。

けっこう手の大きさには自身がある僕だけど、それを広げたの二つ分くらいある。

でかい。

しかもそれで180円。

なんて安さなんでしょう。


迷わず購入。

ついでに卵が乏しいことを思い出して、こちらも購入。

今日はたまたま、LLサイズ10個入って100円の日だったから、安い。



意気揚々と家についた。

部屋の戸を開けると、みおさんがこっちを見て、おかえりなさい、と言ってくれる。

今日はローテーブルの前でパソコンを広げていた。

たとえソファに座っていても、キッチンにいても、ベッドにひっくり返っても、僕が帰ると必ず顔を見せてくれるのが、嬉しい。


「今日のご飯だけど、チキンカツ丼にしようと思います」


おお、と歓声。


「食べられそう?」


「もちろんです」


あくまで二人で食べるご飯だから、僕がメニューを考えたら確認。

気分じゃない時に食べるメニューは、美味しくないし。


喋りながら身支度を済ませる僕。

手を洗ったり、スーツを脱いで楽な格好に着替えたり。


「みおさんは今日何してたの?」


弁当箱を取り出して洗いながら、聞いてみる。

みおさんは僕が見ていない間にいろいろやっている人なので、これがささやかな楽しみだったりする。


「今日は講義無い日だったから、お洗濯して、掃除機をかけましたよ」


「ありがとう。いつも助かります」


洗濯が大の苦手な僕は、みおさんがいつもやってくれることに感謝しかない。

自分でやろうとすると、つい溜め込んでしまうから。


「じゃあ、みおさんへの感謝も込めて、美味しいものを作っていきたいと思います」


「はい。お手伝いします」


帰ってきてからやることもやったので、満を持してお料理の時間です。


まず玉ねぎを切る。

ちょうど半分にして、ラップに包んでいたやつがあった。


「みおさんには、たれを作ってもらうね」


醤油、みりん、砂糖、水に顆粒だし。

必要なものと分量を伝えて、みおさんに混ぜてもらう。


その間に、玉ねぎを全部切ってしまおう。

きちんと刃のあたる角度を考えて切ると、さくさくいって楽しい。


「やっぱり速いですね」


「まあね」


調子にのって早くしようとすると形が不揃いになってしまうんだけど、それでも褒めてくれるみおさん。


「たれ、混ぜました」


ありがとう、といって受け取る。

おいしさの元が小さな金属製ボウルの中で煌めいていた。


「さて、切ったたまねぎは炒めちゃうね」


正しい作り方は、実はよく分かっていない。

でも、玉ねぎはしんなりしていた方がいい、というのが、僕とみおさんの共通認識。

なので、大抵の料理では、こうやって先に炒めて火をとおしてしまうのだ。

ここが、こだわりポイントです。


玉ねぎがしんなりしたら。

というより、透き通って飴色になってきたら。

混ぜてもらっていた、たれを入れる。


ちょっと煮て、玉ねぎに味を染み込ませてしまえ。


その間に、空いたまな板でチキンカツを切る。


「大きいですね」


「でしょ。これで180円だよ」


「安いです」


ちょっとびっくりするような顔をしたみおさん。

表情豊かで可愛い。

けど、僕もきっとスーパーでは同じような顔をしたんだろうな。


端っこの方を小さく切って、口に入れてみる。

このままでも十分おいしい。


「はい、みおさんも」


あー、と、口を大きく開くみおさん。

目まで瞑って、キス待ちならぬカツ待ちだね。

チキンカツの破片を、放り込んであげた。


「あ、おいしいです」


「ソースかけて食べても十分おかずだよね」


たしかに、と神妙な顔をして頷くみおさん。

顔が真面目過ぎる。


玉ねぎがいい感じに透き通ってきたみたいなので、カツ投入。

同時進行で、卵を二個、まぜておく。


「卵を混ぜる時は、こうやって箸と箸の間に空間を作ってあげると、よく混ざる気がする」


「あ、それ私もよくやります」


知恵を披露するつもりが、まさかの経験済み。

料理をあんまりしない、と自分で言う割には、けっこういろんなことを知っているみおさんでした。


「さ、卵を投入しよう」


箸伝いに、流し込む。

三割くらいを残すように。

蓋をして、閉じ込める。


「全部は使わないんですか?」


「最後にちょっといれて、あの半熟みたいな感じを出したいからね」


「あ、とろとろしたやつですね。大好きです」


ここまで来たら、ほとんど完成。

チキンカツを買った時点で、ご飯を炊いてもらうようにみおさんにお願いしていた。

それを今、器に盛ってもらう。


「大きめの白いやつ。……そうそう、それにお願いね」


「どのくらい食べますか?」


「普通盛り、よりちょい多めで」


傍から見ると謎の会話だが、僕たちはこれで完全に意思疎通できている。

というより、みおさんはこんな少ない情報でも、正確に僕の気持ちを汲んで、食べたい量盛ってくれる。

さすがだ。


蓋をあけると、一気にいい香りが飛び出てくる。

たれの甘い香りが、食欲をそそる。


最後に残った卵たちを入れて、軽く火を通せば、完成。

あとはみおさんが絶妙に炊いて、絶妙に盛ってくれたご飯に盛り付ける。


「完成! お腹すいたね」


「すきましたね。じゃ、持っていきますよ」


二人、ローテーブルの前。

二人分のチキンカツ丼。


揃って、いただきますを言って、食べ始める。


肉厚のチキンカツ。

衣にたれをいっぱい吸って、しっとりしている。

噛めばじゅわりと染み出してくる甘めのたれが、おいしさを連れてきた。


「チキンカツ丼、美味しいんですね」


みおさんが感嘆の声を漏らす。


僕としても初めての試みで、実はこんなにうまくいくと思っていなかった。

出来合いのものを使っているから、言ってしまえば「手抜き」なんだけど、それがどうしたと言わんばかりの、堂々たるおいしさ。


楽できるところはすればいいじゃん、という温かみを、僕はこのカツ丼から感じる。


「お米も、おいしいね」


僕は、ふっくらのご飯より、ほんの少し硬めのご飯が大好き。

みおさんに伝えてからというもの、お米の硬さは僕が一番好きな具合にしてくれるようになった。


今回のチキンカツ丼は大成功だが、いろいろな要因が絡み合ってとても美味しくなった。

卵もまた功労者で、この半熟のふわふわとろとろが美味しい。


みおさんもまた、卵なのだ。

普通盛りのちょっと多めで、僕の食べたい量を察知してくれるみおさん。

ご飯の硬さを、僕の好みのとおりに調節してくれるみおさん。

僕の苦手な洗濯を、さっとやってくれるみおさん。


融通のきかないチキンカツである僕を、固さを変えて、ふわりと包んでくれる。

だから、こんな美味しいチキンカツ丼になるんだし、チキンカツが美味しくなるんだ。


ごちそうさまの後、僕はその考えをみおさんに報告しない代わりに、いつもありがとう、と伝えた。

何かを遠慮したりする様子もなく、こちらこそ、と言ったみおさん。

いつも大きな、くりくりとした目を、今は少しだけ細めて笑う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る