大好きな人に作るごはん

まめまめ

鯖のトマトソースパスタ

僕たちの食事の準備は、しっかり分担ができている。

みおさんが献立を考える。

僕が作る。


これはとても効率的な分担方法だった。

僕は献立を考えるのが苦手。

みおさんは食いしん坊。


みおさんは料理が苦手。

僕は料理大好き。


特にお互いの取り決めもなく、こうやってそれぞれの仕事を一生懸命やる。



「みおさん、今日は何を食べたい?」


みおさんは大学のレポートの最中だったらしい。

うんうん唸っている様は可愛くもあるけれど、僕が代わってあげたいくらいだ。


「トマト!」


「イタリアン?」


「ですです」


僕は学生時代、よくトマトソースを作っている人間だった。

すごく得意なので、腕が鳴る。

みしみし。

みおさん、良いチョイスです。


冷凍庫にシーフードミックスがあったはず。

今日はペスカトーレ、漁師風トマトソースパスタにしよう。


食材が乏しい、と思っていても、冷凍庫はいつもパンパン。

下の方に埋まっている目当てのそれを見つけて、びっくり。

賞味期限が半年も切れている!

これは今度、僕一人でこっそり食べよう。


今は肉のストックも無い。

どうしようかと頭を悩ませた挙げ句、思い至ったのが、鯖缶。

そういえばこれも、よく使ったなぁ。


ということで、ホールトマト缶、鯖缶、白ワイン、にんにくを冷蔵庫から出して、コンロの脇に並べる。

食材たちの自己紹介タイムです。


大きめのフライパンを取り出している時、横からみおさんが現れた。


「レポートは終わったの?」


「目処がついたので。お手伝いします!」


彼女は自分で料理できないと言うけど、けっこうお手伝いをしてくれる。

一緒に料理するのが好きだから、なんだかんだ、この言葉を待っていたりする。


「トマト缶! パスタですね」


「そうだよ」


「え、鯖……?」


ちょっと疑わしげな顔のみおさん。

むむむ、と声が聞こえそうなところが可愛い。


「まあまあ、絶対美味しいのができるから」


こういう顔をされると、こっちもやる気がでる。


「まず、にんにくをみじん切りにします」


料理番組の最初みたいに言う僕。

にんにくのお尻を切り落として、皮を剥いて、みじん切り。


「速いですね」


「いつもやってるからね」


誇らしい僕。


大きなフライパンを傾けて、オリーブオイルの海を作る。

そこに、小さくなったにんにくたちを投入。


「焦げる手前くらいまで、見守ろう」


みおさんに監視を任せて、鯖缶を開ける。

ちょっともったいないけれど、汁気を切る。


「端が茶色くなってきました」


「いい感じだね」


鯖缶をひっくり返して、フライパンに転がす。

ごろごろと大きい塊が三つ。


「大きいですね」


「崩すから大丈夫。……そうだ、トマト缶、開けててもらっていいかな」


はーい、と間延びした返事を聞きながら、木べらで鯖缶を潰して、にんにくたちと混ぜる。

仲良くしてね。


「あ、美味しそうな香りです」


「まだ何もできてないよ」


つい笑ってしまう。

フライパンの中はまだ、鯖とにんにくのオリーブオイル炒めですって。

いや、これはこれで美味しいのかもしれないけど。


本番はここから。


「ほら、みおさんが開けてくれたトマト缶、ここで投入」


じゅう、というか、じゃあ、というか。

そんな美味しい音を惜しげもなく出しながら、缶の中のトマトとその汁気がフライパンに躍り出る。


神秘的な光景には、目もくれず、トマト缶を見てはしゃぐみおさん。


「あ、ここに白ワインですね」


「さすがみおさん。もう優秀な助手さんだね」


そう。

べったり缶にトマトたちをくっつけたまま捨てるのはもったいない。

白ワインで洗いで、合流させてあげよう。

そういうことを、みおさんは覚えていてくれたらしい。


まだ個々の主張があるトマトたち。

木べらで潰しながら、ソースにしてしまう。

大方潰し終えたら、岩塩を挽いて入れて、ひとまず終了。


鯖とトマトが混じり合ったソースの元が完成。


「あとはこれが煮詰まって、とろとろになるまで煮込みます」


「このさらさらが、とろっとするまでですよね」


「そうだよ」


その間、パスタを茹でるためのお湯を準備。

沸いたら、パスタを入れて、時間よりちょっぴり早めにあげちゃおう。


何より僕は、このソースが煮詰まるまでの時間が好き。

愛おしい食材達は、自分たちが美味しくなるようにフライパンの中で成長していく。

まるで恋人たちが、愛を育むように。


なんて声に出すと、みおさんにからかわれそうだから、何も言わないけど。


「あ、お湯沸きました!」


「パスタ入れちゃおうか。……もうお腹空いてる?」


一応、こうやって聞くのがいつもの流れになっていた。

お腹を空かせて食べることが、一番おいしくいただける方法だしね。


「空きました!」


こうやってゴーサインを得る。

下っ端でやることは決まっていても、上司にお伺いを立てるみたいだなと、今思う。


パスタを茹でる時のこだわりは、実はない。

ただ時間通り茹でてあげるだけ。

今回は、ちょっとはやくあげるけど。


茹でながら、ソースの確認。

いつもだと、だいたいこの湯で時間の半ばくらいに出来上がる。

今回もそうだった。


「みおさん、見てみて!」


木べらでフライパンの中央を、すーっと撫でる。

ソースが掻き分けられ、元にもどらないくらい、「とろっと」している。


「おお、とろとろになりましたね」


「モーゼみたいだよね。ほら、海割ったさ」


みおさんは分かっているのか違うのか、わからない笑み。

とりあえずそんなつまらないことに、いつも笑ってくれてありがとう。


そうして話していると、パスタなんてすぐ茹で上がる。

一分前くらいに一本噛んでみて、大丈夫そうなので大移動。

パスタトングで掴んで、トマトソースのたっぷり入ったフライパンに投入する。

あとは、さっさと混ぜるだけ。


柔らかな小麦の香りが漂って、キッチンはイタリアンレストランみたいになった。

かけたり和えたりするソースより、パスタが茹で上がった時が、料理ができたって感じする。


……ということで完成。


お互い全く同じようになるように、皿に盛る。

まずはパスタを持ち上げて、綺麗な山になるように。

うえからソースをかけて、出来上がり。


「みおさん、できたよ」


「やった!」


「これ、持っていってもらえるかな」


こうして運ばれていく料理。

さて、今日のごはん完成です。


「鯖のトマトソースパスタだよ」


「いただきます」


僕もいただきます、と続く。


スパゲッティを食べる時、僕はフォークしか使わない。

彼女はスプーンとフォークを使う。


まずはパスタを軽く一巻き。

一口で食べる。

鯖から出た旨味がソースに溶け込んで、奥深い味わいになっている。

なによりトマトは煮詰めると、酸っぱさが甘さになる。

角のない、まろやかな味わい。


「おお、トマトソースだ」


みおさんの驚いたような声。

そりゃあ、トマト使ってるもんね。


鯖も食べてみる。

にんにくの風味が移ったオイルで炒めたから、青魚臭さみたいなものはない。

これだけご飯にかけても美味しいんじゃないかと思える出来。


「鯖はどう?」


「めちゃくちゃ合います。こんな組み合わせもいいんですね」


最初はあんなに疑ったような顔をしていたのに、と、内心ガッツポーズ。


「意外に合わせてみると相性のいいものってあるもんね」


この料理は、まるで僕たちみたいだと思う。

みおさんも僕も、タイプは全く違う人間だし。

こうやって一緒にごはんを食べるとは、夢にも思わなかった。

でも、一緒に過ごしてみると、けっこううまくいってるよね。


「私たちみたいですね」


同じことを考えてくれたんだろうか。

そうだね、とだけ言って、食べ進めた。


みおさんは、食べ終わる頃になると、大抵言う言葉がある。


「おいしいもの作ってくれてありがとう」


言葉の細かい部分は違うけど、こんな感じ。

でも、僕にとって大抵料理は共同作業。


トマトソースパスタにたどり着いたのは、みおさんのアイデアから。

にんにくを監視したのも、トマト缶を開けたのも、みおさん。

僕がフライパンを揺すっている時に、見守っていたのもみおさん。

配膳をしてくれたのも、ほとんどみおさん。


何より、これは大好きな人に作るごはんだから。

みおさんがいなければ絶対にできなかったごはんなんだよ。

だから、いつも僕は、一緒に作ったじゃん、と言って笑う。

みおさんといると、僕は笑ってばかりだ。


ごちそうさまの掛け声のあと。

食器洗いを申し出るみおさんを、僕は止める。


「レポートやっちゃいなよ」


「げえ」


蛙みたいな声を出して呻くみおさん。

さては目処がついたというのも嘘だったな。


「アイス買ってたから、レポート終わったら食べよう」


「頑張ります!」


彼女がまたうんうん呻きながらレポートに立ち向かう。

そんな姿を見守りながら、皿洗いをする僕。


作業用につけているテレビの音。

皿洗いの水しぶき。

それらを聞いていると、僕は母親が作ってくれた料理たちと、それらが与えてくれる食事の時間を思い出す。



小さい頃、母さんの作る唐揚げが大好きだった。

だから、自分の母親は料理上手なんだと、僕はとても誇らしかった。


ある日、母さんは本当に料理上手だよね、と言ったら、笑って否定された。

下手くそだよ。

パパと結婚する前は、何にもできなかったんだから。

なんて。


じゃあなんで唐揚げが美味しいのかを聞いた。

母さんは、こう言っていたんだ。


「大好きな人に作るごはんだから」

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