豆腐と焼き肉炒飯

みおさんは昼過ぎくらいからギターの練習をしていた。

僕は横で歴史シミュレーションゲームをしていたけど、目が疲れて休憩中だった。

小学生の頃は何時間でもできると思ったのに、いざ一日やっていいよ、となると、長い時間画面に向き合うのが辛い。


日が落ちるのをぼんやり眺めながら、心地よい音色と歌声に耳を傾ける。

エレキギター、というのだろうか。

薄くてちょっと機械的な楽器を手に、流行りの歌を歌うみおさん。

浮かぶ情景は静かな湖のほとりとか、そんな感じだった。


ふと、思い出したように音楽はとまる。

どうしたのか、と、窓の外を見ていた顔をみおさんに向けると、目があった。

ほほう。


「さてはお姉さん、お腹すきましたね?」


頷くみおさん。


「お腹すきました」


「じゃあ、今晩は何にしようか」


ううん、と悩むみおさん。

けっこう献立を考えるというのは難しく、食べたいものが思い浮かばないときなんかはまさに大変な作業。


みおさんだって無尽蔵になんでも思いつくわけではない。

こういう時は、例えば、和食か洋食なら?とか、肉と魚なら?とか、聞き方を工夫するんだけど。


「今日は賄い飯でどうだろう?」


「賄いですか?」


賄いって言葉を使ってもいいのは、多分料理人だけなんだろうけど。

ありあわせの食材で作るご飯って意味で、使わせてもらってます。


「これ、っていう食材がないんだよね」


実は今朝方冷蔵庫の視察に行ったんですが。

中には萎びたニラと、卵くらい。

あと賞味期限間近の豆腐

あとは冷凍庫食材しかないぞ。


「そういうことなら、今日はお任せします」


みおさんの同意も得られたので、作っていきましょう。

助手は今日も同じ、みおさんです。


材料を出すところから。

冷蔵庫代表、ニラと卵、豆腐。

冷凍庫からは、安かった豚こまと、冷凍ご飯。


まずは豆腐をパックから取り出して、水をさっときる。

適当に握りつぶしながら、オリーブオイルと共にフライパンに投入。


「みおさん、この豆腐を潰しながら炒めてあげて。ぽろぽろにする感じで」


わかりました、とみおさん。

木べらを渡すと、器用に潰しながら、炒り豆腐を作ってくれる。


「この豆腐、近所のドラッグストアのですよね」


近所のドラッグストア。

家からほど近く、何でも安いことから、よく行く所だ。


「そうそう。15円のやつ」


なんと、そこでは豆腐一丁15円という破格の値段で売りに出されている。

弱みを握られて奉仕させられている豆腐だったりするんだろうか。

そんな邪推が働くほど、安い。


みおさんが安い豆腐をおいしく下準備している間、僕はニラと、解凍した豚こまを細かく切っておく。

ご飯の解凍も忘れずに。


「豆腐そぼろみたいになりましたよ」


見ると、みずみずしい豆腐たちの水分が抜け、ぽろぽろになっている。


「いいね。じゃあ、こっちに避難させてあげて」


小さなボウルを渡す。

そこに水分を失った豆腐を山のように盛った。


「じゃあ、あとは調味料合わせてもらっていいかな」


醤油、酒、砂糖、みりん、にんにくとしょうがはチューブで。

分量も伝え、いつものようにみおさんに混ぜておいてもらう。


僕はその間、炒飯を作ってしまおう。

まずフライパンに油。

十分熱して、卵を割り入れる。

上にご飯。

半熟の黄身に絡ませながら、米を炒める。

ここらへんまでは流れで、手早く。


「おお、すでにそれっぽいです」


「味も何もないけどね」


細かく切った豚こまを投入。

例えばひき肉でもいいんだけど、家の近所だといつも安いのは挽かれる前のだったりする。


ちゃんと火が通るまで、ご飯と一緒に焼く。

いい感じになったら、みおさんが丹精込めて炒った豆腐と、ニラを入れてあげよう。

もうほとんど完成。


一般家庭の火力でフライパンを揺するのは良くないらしい。

なんでも、せっかく熱したフライパンが覚めてしまうから。

でも、狭いスペースの中で均一に混ぜるには、あおってあおってあおるのは必要なこと。

なので、気分は中華の料理人。

食材たちを宙に踊らせる。


「おお、かっこいいです」


決しててみおさんウケを狙ったわけではない。

狙ったわけではないけど、ちょっとうれしい。


食材達を端に寄せる。

空いたスペースに、混ぜてもらった調味料を入れる。

じゅわぁ、と音を立てるたれ。

甘めの醤油が軽く焦がされる、香ばしいにおいが漂う。


「一気に美味しそうになりますね」


みおさんにも好評らしい。


このままだと液体の調味料によってびしゃびしゃなので、しっかり炒めて水分を飛ばす。

この過程で、味がしっかり食材たちに染みわたってくれるんだ。

と、勝手に思っている。


「実はこれ、完全オリジナルレシピなんだよね」


大抵僕が作るごはんはオリジナルメニュー。

今までに読んだ本とか、料理番組とかで紹介されていた技をそれぞれ少しずつ使って作っているから、明確にレシピがあるものってあんまりない。

でも、この豆腐が入った焼き飯は完全に自分で生み出したメニューだ。


ということを誇らしげに告げると、みおさんも目を輝かせてくれる。


「それは楽しみです」


実のところ今までみおさんにお披露目しなかったのは、オリジナルがゆえに味に自信がなかったからなんだけど。


そんなこんなで水分もとんで、いい感じ。

さ、器に盛ろうじゃないか。


「完成ですね」


「まあ、ひとまずね」


そう、本番はこれからなんだ。


いつの間にかみおさんが準備してくれた皿に、ご飯を均等に。


再度フライパンに油、また熱する。


「あれ、もう一品ですか?」


「いや、目玉焼きを作るんだよ」


そう。

出来上がった炒飯に目玉焼き、それも半熟をのせるのが美味しいんだ。

そこまでやって完成だと、僕は思っている。

たまにのせない日もあるけど、みおさんには本気のやつを食べてほしいしね。


十分熱されたうえで卵を落とすと、焼き目が綺麗に出る。

白身はちゃんと火をとおして、黄身はとろとろにしたい。

方法はいろいろあるけど、手軽なのは「ひっくりかえす」こと。


すでに固まった白身の部分に、フライ返しをすっと差し込んで、折り込むようにひっくり返す。

すると、火がとおっていない部分がフライパンに触れて、しっかり焼き目が付く。


「なんか今日はプロっぽいですね」


「えへへ」


こだわりポイントがたくさんある料理だからこそ、腕の見せ所。

褒めてもらえて嬉しい。


出来上がりの目玉焼き、のような半熟卵。

炒飯にのせて、今度こそ完成。


ローテーブルに持っていき、スプーンも二人分用意。


「いただきます」


「いただきます」


まず、炒飯本体を食べてみる。


「豆腐がふわふわですね。味もしっかりついてます。美味しいです」


そう、豆腐を入れる狙いは「かさ増し」。

ヘルシーな料理なので、僕がよくジム帰りに食べたメニューなのだ。


目玉焼きを崩して食べてみる。

とろりと黄身が流れ出て、米をはじめとした食材にまとわりつく。


「味がまろやかになりますね」


「でしょ」


しっかり味付けする分、ボリュームもあるこの料理はどうしても飽きがち。

こうやって味を変えるしかけを用意しておくと、最後まで美味しく食べられるのだ。


僕もまた、みおさんに対してこういう、味の変化、みたいなものを提供できているだろうか。

飽きられたくないとか、そういうことではなくて。

みおさんにとって僕は安心を与えられる存在でありたいけど、同時に、新しい楽しさを共有できる存在でありたい。

ただ卵をスプーンで割っただけで、こんなことを思ってしまった。


「僕も、ギターやってみようかな」


「珍しいですね。そんなこと言うなんて」


「何か一緒にやってみたくなったんだ。教えてくれるかな?」


もちろん、と答えるみおさん。

まずは僕が、もっとみおさんを知ることから始めよう。


けっこうな量だったのに、あっという間に食べ終えてしまう。

ごちそうさまの後、こちらも珍しく、みおさんが二人分の皿を流しにさっさと持っていった。


「ありがとう」


「洗い物も私がやっちゃいますので」


彼女は腕をまくって、スポンジを手に取る。


「終わったらギター、触ってみましょうか」


試行錯誤の末に、僕が今日のごはんの作り方を編み出したように。

みおさんとの関係もまた、手探りで前に進んでいく。

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