& prologue

 彼女。涙。


「わたし。つらかったの」


 嗚咽をこらえて、ゆっくり、喋っている。


「見てくれて、ないって思って。私から告白したくせに。振り向かせることが、できなかったって。だから、つらくて。離れたかったの」


 彼女。涙を拭って、それでも、とまらなくて、どうしようもなくなっている。


 そして、いやになるぐらい、冷静な自分がいる。


「でも。離れたら、さびしくて。振り向いてほしいって思って、ひっしにお化粧して。がんばったの。わたし。がんばったのに。会ったら、どうしようもなくなっちゃって。振ったのは私なのに。我慢できなくて」


「それで、ぶつかってきたのか」


「う、ぐ」


 彼女。ごめんなさいという言葉を、呑み込んだのが分かった。


「告白したのは私だけど、何もしない、興味もない、っていうのは、違うと、思います。わたしの想いに、せめて、反応してください」


「ごめん」


「わたしも。わたしも、あやまって、いい、ですか」


「どうぞ」


「ごめんなさい。わたしが告白したから。中途半端な気持ちでいたから。きずつけてしまって、ごめん、なさい」


 限界が、来た。さすがにもう、耐えられない。

 なのに、頭のなかはおそろしく、透明。こわいほど、冷静。


「今度は。俺から、言わせてくれ」


「はい」


 彼女。身を縮めている。修復不能な関係を、受け入れようとしている、小ささ。


「好きだった。告白されたとき、顔じゃなくて、中身をみてくれたのかなと思って、ひとりで浮かれてた。振られて、悲しかった。でも、振られて当然なんだ。受け身だから」


 彼女。顔が見えない。

 立ち上がって、席を移動した。顔が見えるところに。隣に。


「だから、俺から。付き合ってほしい。ああいう、初対面ぶってぶつかってこないで、普通に、よりを戻してほしい」


 彼女の顔。


「うええええ」


 抱きついてくる。冷静に、なるべくやさしく、受け止めた。


 彼女は、耐えきれなくなったら、ぶつかってくるのがなんとなく分かった。なんとか、受け止めよう。これからも、何度でも、受け止められる。冷静に。


 嘘だ。


 冷静でいるなんて、嘘だ。緊張で頭がフリーズしてるだけだ。人に告白したことなんてないから、いっぱいいっぱいだ。


 彼女を、抱きしめた。


「いたい…」


 彼女の呻き声。


「あ、ご、ごめっ」



「よし、よくやったっ。なんとかなったな」


「ちょっと。強く抱きしめすぎよ。やさしく扱ってよ」


「うええええ」


「あ、ちょ、やめなさっ、こらっ。はなみずっ。まずはなみずをかみなさいっ。いだだだだっ」


「ありがとう。お前に相談してよかった」


「俺はなにもしてない」


「それでも」


「俺はなにもしてない。店員さん、こっちです。はい。待ってもらってありがとうございます。ハンバーガーセット。ここに。あとで二人の分も注文しますので」


「うええええ」


「なんで店員さんも泣いてるんですか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙とともに 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ