第51話 夢うつつ

 バスを乗り継いで岩田くんのお墓のあるお寺に来た。前に来たときは隣に青山くんがいたけれど、今日はひとりだ。途中でお花と線香とライターを買って、制服のまま私は久しぶりに彼に再会した。

 バケツにお水をくんで彼のお墓の前にいくと、誰かが来たあとなのかお墓はとても綺麗なままだった。することはあまりなかったけれど、周りの雑草を抜いて、バケツにくんできた水をおけでかける。正直、お墓参りの手順なんてよく知らないから、前に青山くんと来たときも適当だった。

 お花も綺麗なものがささっていたけれど、あいた部分に数本だけ買ってきた花を挿した。線香に火をつけようとすると風でなかなか火がともらずに苦戦して、だんだんイライラしてきて途中で私はあきらめた。せっかく買ってきたのにと思いつつも、私は岩田くんのお墓をじっと見て、そして大きく息を吸って吐いた。


「ごめんなさい、なかなか来れなくて」


 お墓にはもちろん表情なんてないから、私が語り掛けようと顔色が変わるわけでも返事をしてくれるわけでもない。私はただの痛い人になるだけで、岩田くんは私の言葉を聞いてくれるわけじゃないのに。


「私ね、高校卒業したんだよ。今日」


 彼が生きていたころ、私は彼と普通に話すことができなかった。

 なんで敬語なの、と繰り返し聞かれて、私はいつもうやむやにして逃げていたと思う。あなたが怖いんです、なんて言えないから。そんなの当たり前だ。

 メッセージの中でやりとりする中、本当は岩田くんが怖い人じゃないってことも分かってきていたはずだった。それでも、私は勝手に岩田くんのことを怖がって、勝手に彼から逃げた。


「秘密は誰にも言わないよ。誰にも言わないけど、私は」


 岩田くんのお墓の前で私は棒立ち状態でずっと下を向いていた。癖は変わらない。ずっと足下ばっかり見て、結局大事なことから目を逸らそうとする。悪い癖だと分かっていながら、それでも私は現実に向き合う覚悟もできない弱い人間だった。


「私は、ずるい人間になってもいいかな」


 欲しいものがある。

 

「軽蔑されるかもしれない。それでも、私だって救われたい」


 岩田くんはもういない。

 私の言葉に返事をしてくれることはない。

 怒っていたとしても、私のことを軽蔑したとしても、それをもうどうにもできない。


 岩田くんがほしかったもの、茜がほしかったもの、

 でも、手に入らなかったもの。



 私は、ずるい人間だと思う。

 二人の愛より軽くて弱くてちっぽけなのに、それなのに手に入れたいと思ってしまう。最低だと思う。だけど、子供みたく縋るように私は欲に飢えて死にそうなんだ。助けてほしいんだ。



「ごめんね」


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る