第50話 嘘と真実
「がんちゃんの秘密って何だよ」
話を聞き終えたあと、一番気になっていたことを青山くんが尋ねた。翔真さんは口を開こうとして、また閉じての繰り返しで困惑の表情を見せるだけ。喋るべきタイミングがきたはずなのに、本人だってそう言ったはずなのに、どうしても言葉にするのが難しそうに見えた。
「それは、なんていうか」
「言いづらいこと?」
「え、と。まあ、そうです。とくにハルさんにはあまり言いたくないっていうか」
「なんで俺には言いたくないんだよ。がんちゃんのことだろ、聞きたいだろ普通」
「でも、兄さんはきっとハルさんには知られたくなかったと思うから」
「だから何のことだよ」
もごもごと口ごもる翔真さんに苛立ちを隠せないのか、だんだんと青山くんの声が大きくなっていく。私が落ち着いてと声をかけると、はっと我に返った青山くんは大きく息を吸って吐いた。そのままそっぽを向いて「言いたくないんなら無理に聞かない」と一言、反省したように呟いた。
翔真さんはずっと悲しそうな表情のまま、私たちのことを見ていた。
翔真さん話で茜のことが出てくるとは思ってもいなかった。青山くんも同じように驚いて、そして納得した。私の「たぶん」と「もしかしたら」が現実になっただけ。
彼の今の心情は私には分からない。恋人が親友のことを好きだった。その結論が事実だと分かってしまったなら、自ずと答えは出るはずだ。自分に近づいてきた理由を。
「俺、ちょっとトイレいってくるわ」
「……うん」
「ハルさん場所わかる?」
「大丈夫」
青山くんが席をたって、部屋の中には私と翔真さんの二人きりになった。しばらく沈黙が続いて、下を向いていた翔真さんがぐっと顔をあげて私の目を見た。悲しそうな、決心したような、そんな強い瞳だった。
「西倉さんは兄さんの秘密、もしかして気づいていたりしますか」
「……え」
「僕は許されたかったんです、僕のうっかり言ってしまった秘密が全部の引き金になってしまったことを。僕は悪くないって誰かに言ってもらいたかったんです」
翔真さんは私と同じだ。
許されたい。みんな一緒だ。
だけど、そんな簡単に許してもらえない。だって、相手はもう死んでいるから。
「青山くんには知られたくないって話でなんとなく、ですけど」
「僕も詳しくは知らないんです。でも、それで兄さんと両親はよくぶつかっていました」
「あの、えっと岩田くんは中学のとき、女の子と付き合ってたんだよね」
「そうです。だから、僕も半分くらい両親の勘違いか何かだと思ってました」
「茜にはなんて言ったの?」
「もしかしたら、そうかもしれないって」
「話しちゃった理由は?」
「兄さんが、幸せそうに見えなかったから。でも、茜さんがあんな行動に出ると思わなかったから、だから、僕はあんなつもりじゃ」
「大丈夫だよ。翔真さん、落ち着いて」
思いつめたように言葉がだんだん早くなっていく翔真さんの様子を見て、私はそっと彼の肩に触れた。がばっとまた顔をあげて私のほうを見る。助けてほしいと縋るような目が、わたしをじっと見つめる。可哀想な子供の瞳。
あなたのせいじゃないよ。その一言が欲しくて、やっとの思いで打ち明けてくれただろうに、私はそんな簡単な言葉さえ口にできない。
「じゃあ、青山くんにはこう言って。岩田くんは中学時代の恋人が本当は好きじゃなかった。それを知って、早く別れさせたかったから茜にその話をしてけしかけた」
「嘘をついてもいいんですか」
「でも、それが翔真さんにとっての真実でしょ」
「そう、ですけど」
テーブルの上に準備されていた紅茶を飲み切って、私はゆっくり席を立った。
私が先に帰ると言うと、翔真さんは心配そうに私についてくる。
「ハルさんと一緒に帰らないんですか」
「うん。一回、自分の中でちゃんと整理しないといけないことだから。青山くんには用事ができたから先に帰ったって伝えておいてもらえる?」
「……はい」
ドアを開けて部屋を出ると、使用人の女性とすぐに目が合った。「お帰りですか」その言葉に私は「はい」と答えて、進んでいく彼女について家を出た。
春になったというのに、まだ肌寒く私は門の前で小さくくしゃみをして鼻の頭をこすった。見上げた空はアクリル絵の具で塗ったような綺麗な青色で、私は何でか涙が出そうになるのを必死にこらえた。
嘘をつき続けるのには、どれだけの覚悟が必要だろうか。
嘘を本当にするには、何年の月日がかかるだろうか。
答えはきっと一生出ない。私たちは、それでも後戻りはできないのだ。
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