第48話 岩田翔真の告白

 兄さんはとても優しくて暖かくて、この残酷な家の中で俺の唯一の味方だった。





 大金持ちの家のお坊ちゃん。裕福で、何も困らない幸せな生活。きっと誰もがそう思ってる。みんなが羨ましそうに僕のことを見てるのは小さいころから分かっていた。「いいな」とか「羨ましいな」という言葉から「ずるい」に変わっていく時間はあっという間で、僕はいつもひとりぼっちだった。

 僕より三つ年上の兄さんは、ちょっとだけやんちゃで、小さいころはよく僕と一緒にいたずらをして遊んだりした。僕はただ仕事ばかりの両親にちょっとでも構ってもらいたくてやってたことだったけれど、今になって兄さんは僕と同じ考えじゃなかったんだろうなって気づいた。

 いつもいたずらがばれると兄さんだけが怒られた。僕も一緒にやった、と言っても「棗が唆した」「棗が悪い」とお父さんもお母さんも僕の言葉を聞いてくれずにただ兄さんだけを責めた。折檻のあと、兄さんは僕のもとに来ていつも「ごめん」というけれど、それを言わなければいけないのは僕だったのに、僕はボロボロに怪我をした兄さんが怖くて何も言えずにずっと泣いていた。

 兄さんが中学生になってから、僕はなかなか構ってもらえずに寂しくて、早く兄さんと同じ中学校に通って一緒に登校したいな、って思っていたけれど、僕が中学にあがるころには兄さんはもう中学を卒業してると気づいたときはショックで一日寝込んでしまった。神様は本当に残酷だ。僕が兄さんと一緒に学校に通うことさえ許してくれないなんて、お父さんもお母さんもあと一年でもいいから僕のことを早く産んでくれればよかったのに。


「兄さん、最近帰り遅くない?」


 兄さんは中学に入っても部活に入らず、いつも早く家に帰ってきてくれた。本当は友達と遊びたいだろうに、僕の勉強を見てくれて、僕と一緒にゲームで遊んでくれた。それなのに、中学二年にあがると同時に、兄さんが僕から少しずつ離れていった。


「そう。そんなことないよ」

「でも、」

「二年にあがってから放課後の補習とかもあるから。ごめんな、翔真」


 それが嘘であると、僕は知っていた。

 兄さんはもう僕に飽きたのだろうか。僕の面倒を見るのが億劫になったのだろうか。ぐるぐると僕の心の中は不安に似た感情で埋め尽くされて、僕はまたひとりぼっちになっていく。

 お父さんもお母さんも仕事で忙しくて構ってくれないし、同級生も僕を遠巻きにして関わってくれない。僕は寂しくて寂しくて、それでも兄さんの帰りをずっと待った。新しい家庭教師が来ても、使用人が一緒にゲームをしてくれても、何も楽しくない。僕の心の隙間を埋めてくれていたのは兄さんだけだったから。


 ある日、兄さんが女の人を連れてきた。綺麗な顔立ちの、兄さんと同じ学校の制服を着た女の人。兄さんと仲睦まじそうに笑うその人を見て、僕はその人に僕の大事な兄さんを取られたのだと怒りを覚えた。

 その日、初めて僕は「嫉妬」という言葉を覚えた。

 僕が「彼女」に出会ったのは、それからすぐのことだった。


 彼女は普通の人ではなかった。というと語弊があるかもしれない。だけど、誰から見ても彼女はとても「変」だったから。

 正しくいうと彼女は兄さんのストーカーだった。家の近くに不審者がいると思って声をかけると、彼女は僕を見て「似てる」とただ一言、驚いた顔をして言った。僕と兄さんは二人並んでも兄弟とわかる人は少ないぐらい顔は似ていないのに、彼女はいとも簡単に僕を兄さんの弟だと当てて笑った。


「棗くんの弟さん?」

「え、そうです、けど。あなたは」

「あたし、あたしは……」


 ストーカーは名乗るか数秒悩んだ後に「茜」と一言。


「あたし、夏目茜っていうの。君は?」


 


 

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