最終章 夏の秘密を解き明かさないで

第47話 なりふり構わず

 インターホンを鳴らすと、しばらくして「どちら様でしょうか」と細い女性の声が返ってきた


「わたし棗くんの同級生の西倉と申します。翔真くんとお話する約束がありまして、お取次ぎしていただいてもよろしいでしょうか」

「……棗さんの同級生? はあ、翔真さんに今確認してまいります」


 見上げるほどの大きな家の門の前で、私は青山くんと二人で返答を待つ。

 さっきの人は話し方的にお手伝いさんなんだろうな、と思って家柄の違いを改めて感じた。


「青山くんは、来たことあるの?」

「まあ、何回か」

「なんていうか、豪邸だよね。噂でお坊ちゃんっていうのは聞いてたけどさ」

「葬式でがんちゃんの両親に会ってるだろ。あんな感じの潔癖な感じだよ、全部が」


 ぼそぼそと二人で喋っている間に、インターホンから声が返ってくる。


「翔真さんに確認が取れました。門を開けますのでそのまま中にお入りください。家の前までお迎えに参ります」

「ありがとうございます」


 きいい、と音を立てて門が開く。こんな風景は漫画でしか見たことがなかったから私はびっくりして青山くんの方を見たけれど、彼は慣れたように足を進めていた。

 先に進んでいく青山くんのうしろを追いかけるようにひっついて歩いていると、ついつい周りの光景に目を奪われた。お金持ちの家、という偏見なのかもしれないけれど、庭は整備がきっちりしているのか、石畳の地面に盆栽や花、遠くには池もあって鯉が泳いでいた。「きょろきょろすんなよ」ぼそりと耳元で青山くんの声がして、私はびくりと体を震わせた。


「お待ちしておりました。翔真さんのお部屋まで案内させていただきます。わたくし使用人の芦田、と申します」

「どうも」


 青山くんがそっけなく返事をして、使用人の女性はにこりとも笑わずに足を進めた。

 青山くんの言葉の意味が「油断するな」という意味だと気づいたのは彼女について歩いている途中だった。彼女が時々振り返るときに見える瞳は私たちを「部外者」として見ているかのような、鋭い嫌悪感を感じた。その時にはっと我に返る。私たちは岩田くんの友人であって彼を殺した加害者でしかない、この家の人間はみんなそう思っても仕方がないのだ。


「翔真さん、お客様を連れてまいりました」


 部屋の前にまで来て、使用人の女性がノックを三回して声をかける。小さく「どうぞ」という声が聞こえて、彼女はドアノブをまわした。「では、どうぞ」彼女がドアを引いたと同時に一歩下がり、一礼して私たちをじっと見た。視線はやっぱり変わらない。私たちに向ける悪意は、ただ居心地が悪かった。


「いらっしゃい」


 私が使用人の悪意にびくびくしていると、部屋の主が私に声をかけてきてくれた。びくっとして、私は彼の顔を見る。初めて会うはずなのに、岩田くんの面影があるからか、何故か懐かしさを感じて、私は戸惑いながら「はじめまして」と挨拶をした。


「ハルさんも来たんだ」

「ああ、まあそりゃ来ますよね。こいつ一人で来させるわけにはいかねえし」

「でも、ハルさんはもう、うちに来たくないと思ってたから」

「そりゃ、今みたいな嫌な視線浴びせられて気分悪くなるくらいなら来ないだろ。それで来るやつはただのマゾだぞ、翔真」

「じゃあ、ハルさんはマゾなの?」

「……よくよく考えてみればそうかもな。否定はしない」


 テンポよく会話を続ける二人に、私はなかなか入っていけず、ぽけっと見入ってしまった。私が声をかけるのに躊躇してるのに気づいたのか、青山くんがすかさずフォローを入れてくれる。


「今日は西倉が翔真に聞きたいことがあるって、そんで俺はその付き添いだから」

「ああ、そうだよね。西倉さん、今日はわざわざ来てもらってすみません。あ、さっきから立ちっぱなしですね、よかったら座ってください。そうだ、お茶準備しましょう」


 翔真さんは私をちらりと見た後に思いついたようにドアを開けて、近くに立っていた使用人に声をかけた。


「あ、紅茶と珈琲どっちがいいですか?」


 振り返った翔真さんに私は「紅茶」青山くんは「珈琲」と言って、翔真さんはそれをそのまま使用人に伝えてすぐにドアを閉めた。

 この家の人間の私たちに対する態度を見てしまったからか、翔真さんの態度がすごく不自然と言うか気持ち悪く感じて、私は彼の顔をちゃんとみることができなかった。

 私が本題に入れないうちに、青山くんは翔真さんと楽しく会話を続けていて、それに甘えて私はだんまりを決め込んでしまう。私はお葬式の日、ちゃんと彼の家族に会ってなかったから、だから勝手に大丈夫だと思い込んでたんだ。


「翔真さんは、私たちのことどう思ってますか」


 二人の会話を遮るように、私はぼそりと質問した。会話がぱたりと静止して、翔真さんは私の方をじっと見た。しばらく沈黙が続いた後に「どういったら正解かわかりませんが」と前置きをして


「兄さんの友人だと思ってます。それ以上でも以下でもありません」


 と、答えた。まだ中学三年生なのにできた子供だなと私はまた怖くなってしまった。いや、怖く感じたのは岩田くんに似てるからなのかもしれない。


「翔真さんは、お兄さんに似てますよね」

「そうですか?」

「そうか?」


 私がそう言うと、翔真さんも青山くんも不思議そうに首をかしげた。

 

「顔は遠くから見たらちょっとは似てるかもしれないけど、がんちゃんと比べたら性格もめちゃくちゃいい子ちゃんの優等生だぞ、翔真は」

「それって、遠回しに岩田くんのことディスってない?」

「え、だってがんちゃんめっちゃいい子のフリして結構めちゃくちゃなやつだったし。それに比べたら翔真は賢いからなあ~」


 青山くんが翔真さんの頭を撫でながら優しく呟く。まるで昔のことを思い出しながら話しているような表情で。

 

「兄さんとはよく似てないと言われていました。だから、正直びっくりしただけです。僕にとっては大好きな兄さんと似てると言われてただ嬉しいだけなので」


 にこりと笑った翔真さんの顔がとても可愛くて、私は思わず言葉を失ってしまった。メールで少しやりとりをしたけれど、まだ中学生とは思えないほど彼は礼儀正しく、賢かった。私が会ってみたい、と伝えるとそれを邪険にせず、時間の都合がいいときにとわざわざ予定を合わせてくれたのだ。

 

「翔真さん、一つだけお願いがあるんです」


 私はとても図々しい。岩田くんの死を止められなかったくせに、責められても仕方がないくせに、岩田くんのことを知るためには親族に頼むことしかできない。

 私は茜のことも、岩田くんのことも、二人の過去のことも何一つ知らない。前に進んでいくために、私はそれを知って受け止めなければいけないと思った。


 真実がどれだけ最悪なものでも、勝手に自分の都合で思い込んでいるよりましだと思う。

 私はただ、ふたりの関係の真実を知りたいだけ。



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