第46話 真昼の月
「西倉」
卒業証書を筒の中に入れて帰る準備をしていると、後ろのドアから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、見たことのあるような、でも名前は知らない同級生の姿があって、私は恐る恐る彼に近づいた。
ドアの近くにまでくると、彼の後ろにひとり隠れている人影が見えて、それが誰か分かった瞬間、私はぴたっと足を止めてしまった。
「何か用、ですか」
私が怪訝そうな顔を見せると、彼は戸惑いながら後ろにいる少女に向かってぼそぼそと何かを話し、しばらくして困ったようにこっちを見た。
「こいつが、あんたに言いたいことがあるっていうから付き添いできたんだけど」
「……でも、話す気がないんですよね。なら、私帰ってもいいですか」
「いや、でも、ちょっとおい恵麻」
後ろに引っ付いた少女は私をじっと睨みつけるだけで、結局何も言わなかった。
私は彼女の名前を知らない。だけど、私を階段から突き落とした事実だけは忘れない。
「ごめん、西倉。こいつがお前に酷いことしたって話聞いて、謝らせなきゃって思って俺が無理やり連れてきたんだ。本当はこいつが謝らなきゃいけないんだけど、頑固だし何言っても聞かなくて、ほんと申し訳ない」
「あなたが謝ることじゃないと思うんですけど」
「岩田のことさ、こいつ好きだったみたいで、なんていうか逆恨みみたいなもんだと思う」
逆恨み、という単語に私は違和感を覚えた。
やっぱり、人間の愛って愚かだ。愛ゆえに人を簡単に傷つけられる。自分の感情任せで、謝れば済む話だと思ってるんだろう。
「でも、あんたたちが岩田くんを殺したんだ」
ぼそり、と後ろに隠れたまま彼女は私のほうを見て言った。
「おい、やめろよ」と仲裁するように声をかける彼をよそに私はその言葉に返答する。
「でも、あなたには関係のない話じゃない」
「……は? 関係ないって何、岩田くんを死に至らしめておいてお前何様だよ」
「じゃあ、あなたは何様?」
「……はあ?」
「だってあなたはあの事件に何も関係ない。ただの他人でしかないでしょ、だからさ、あなたが言っていいのは」
スマホがぶるっと振動して、画面に青山くんからのメッセージがうつった。
「いま、学校きた」という短いメッセージ。
私はそれを見てくすりと笑って彼女の方に向き直った。
何で怒っているのか分からない、彼女の真っ赤な顔が馬鹿らしくて私はしょうもないことでずっと悩んでいたことに気づいた。
「自業自得だ、ばかやろうって。ただそれだけだよ」
□
前日に教科書類は全部持って帰っていたからやけに荷物が軽くて、足取りも自然と軽くなる。階段を駆け下りて、玄関で靴を履き替える。三年間お世話になった校内用スリッパをビニル袋に突っ込んで、そのままリュックの中に無理やり押し込んだ。スニーカーに履き替えて生徒玄関を出ると、校門の近くで彼は待っていた。
「遅いと思うんですけど」
「いや、待ったのは俺なんですけど」
近づくと私は彼の方に向かって卒業証書の筒を投げつけた。びっくりしたのか慌てながらキャッチして、そして何やってんだよと声を出して笑っていた。
「卒業おめでとう」そう言った青山くんに、ほんとは私は君と一緒に卒業したかったんだよって思って、ぐっとその言葉を唾と一緒に飲み込んだ。
「じゃあ、行きますか」
「行きますか」
私たちは今から答えを出しに行く。
前に進む、そのためにもう一度彼に会いに行く。
私たちは君が死んでから半年以上の月日を過ごしてきて、少しは成長できただろうか。君に笑われないような人間になれているだろうか。
戻ることはもう考えない。私たちは、未来に向かって生きていくから。
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