第45話 卒業式
仮卒期間の二月、ほぼ毎日のように教習所とバイトの繰り返し。
高校に通っている毎日とまったく変わらない生活リズムで私は過ごした。朝は七時に起きてご飯を食べて着替えて教習所の学科を受けに行き、お昼を食べるとすぐにバイトに向かう。五時間のシフトが終わると、また教習所に戻って今度は実技の講習を受けた。それを一か月間、繰り返し。せっかくの高校最後の休みだというのに何をしているのか分からなかった。正直、高校最後の夏休みはあの事件のせいでほぼなかったと言っても過言じゃないし、冬休みに限っては茜に歩道橋から突き落とされるか監禁して殴られるかでほとんどの時間を病院のベッドで過ごした。私は何もしてないはずなのに、私だけいつも酷い目にあっている気がする。
「ばっかみたい」
自転車をこぎながら、高校三年間の思い出を振り返る。
私の人生の転機は茜に出会ったことだった。
過去は変えられないけれど、私は茜に出会ったことをきっと後悔してないし、これからも茜のことを憎み続けるだろう。
茜はきっと地雷だったのだ。爆発するまで、私はその正体を知らなかったし、知りたいとも思わなかった。
「一緒にいた時間は、楽しかったのにな」
坂を自転車で勢いよく駆け降りる。ペダルをこがなくてもすいすい進んで、まだ冷たい風が鼻をかすめた。
私たちは友達だった。すべてが偽りだったとしても、私たちは友達だったのだ。
「茜のばあか」
岩田くんを好きだったか、嫌いだったか、結局彼女が彼のことをどう思っていたのか、私は知らない。ただ、歪んだ愛が人を簡単に傷つけることだけを知った。
結局、何を思って岩田くんに飲めないアレルギーの入ったジュースを渡したのだろうか。ほんのちょっとの嫌がらせだったのだろか。
もうその答えは誰も分からない。茜はきっともう二度と私の前には戻ってこないから。私のことを忘れて、自由に生きていけばいいと思う。
でも、それで幸せになることを許してくれるほどきっと世界は優しくないのだ。
□
三月一日の卒業式、そこに青山くんの姿はなかった。
早咲きの桜が体育館の前に数輪、綺麗に咲いていて、向かう途中に「もう春だね」なんて肌寒さを残しながら誰かが言った。私はそんな心の余裕なんてもちろんなくて、青山くんのクラスの担任に事情を聞きに走った。
「青山くん? 今年は卒業しないわよ、そもそも出席日数足りてないし、本人も留年するって戻ってきたくらいに」
「そう、なんですか」
知らない。いや、もちろん私に言わなければいけないことなわけではないかもしれないけれど、普通に今日会えると思っていたから何だか一気に唖然としたというか心に隙間ができたというか。
そのまま卒業式が始まった。青山くんも茜も、そして岩田くんもいない卒業式。私だけが、楽になるために一歩進んでしまう。きっと、これが嫌だったんだろう。
青山くんを、茜を助けたいなんて建前で、結局私一人が救われて前に進むと罪悪感で死にたくなるから、だから道ずれが欲しかったんだ。
送辞や答辞を聞きながら、私は自分の感情と一対一で向き合った。私はこのまま何から卒業するのだろうか。この学校から出ても、何か変わるわけじゃない。
だけど、ここで時が止まったまま、みんないなくなって一人になった。
私は寂しいのだろうか。私はみんなを見捨ててこのまま進んでもいいのだろうか。
考えても答えは出ない。もう、自分の中で結論は出てるんだろう。だけど、それを言葉にするのが難しいだけ。勇気がないだけだった。
二時間ほどの卒業式は、あっという間に終わり、最後のHRが始まった。担任が涙ぐみ、みんなで記念撮影をする。3年4組サイコーなんてみんなで歯を見せて笑って、黒板に「ズッ友」と落書きされた文字がでかでかと輝いていた。
もう、この高校最後の瞬間は二度と味わえないけれど、私はそれさえも気持ち悪く感じた。だけど、この作られた仲良しの輪は、私と茜の関係と何一つ変わらないと思った。
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