第44話 甘い呪い

 青山くんとは駅で別れた。私は答えを出せなくて、青山くんも私に答えを求めることはしなかった。


「じゃあ、また」


 そう言って彼は振り返って去っていく。私はその背中をじっと見つめているだけ。マフラーに顔をうずめながら、私は小さく咳ばらいをした。

 





「じゃあ、西倉さんは青山くんと付き合うつもりはないの?」

「そういう、話じゃないじゃん」

「でも、そういう話でしょ」


 二月がやってきて、学校に行かなくなった。進路がすでに決まっている私は自動車の教習所とバイトに行きながらだらだらと日々を過ごしていた。

 仮卒期間になってから一週間くらいが過ぎたころ、委員長から連絡があって会うことになった。駅前のカフェでお茶でもしませんか、という誘いに断る理由もなかったから私は「いいよ」と返事をした。


「青山くんは西倉さんのこと好きなんでしょ?」

「え、そんなの、わかんないじゃん」

「でも、好きって言われたんでしょ?」

「だって、青山くんは茜のこと、」

「……それってもう半年も前のことでしょ?」


 青山くんと一緒に入ったカフェでお茶をすると、あの時のことを鮮明に思い出せる。

 茜のことがまだ好きかもしれないのに、私が一緒に出掛けようなんていったから無理して来てくれたのだろう。私は茜以上に我儘な女だなと思った。

 机を挟んで私の正面にいる委員長は、思ったことをズバズバいうタイプの人間で、わりと付き合いやすかった。ときどき辛辣で胸を突き刺すような発言があるけれど、それも最近慣れてきた気がする。


「なら、別に西倉さんが青山くんのこと好きなら付き合っちゃえばいいじゃん」

「そんな簡単な問題じゃないと思うんだけど……」

「でも青山くんって意外と献身的だと思うけどなあ」

「委員長はあんまり青山くんのこと知らないでしょ」

「そんなの西倉さんも一緒でしょ、だって友達の彼氏だった人ってだけなんだから」


 確かにそうだけど、私はそう相槌をうってクリームソーダのアイスの部分をスプーンですくって口に含んだ。

 あの日、結局青山くんは「付き合う?」という言葉は口にしなかった。言えたから満足みたいな、そんな言いっぱなしの状態で、私を置いて帰っていった。意味が分からなくて、後々になって腹が立ってきて、私がどうしてこんなに悩まなきゃいけないのかって文句の一つでも言いたい。だけど、連絡する勇気もないから委員長に愚痴みたいに吐露することしかできない。


「だって、西倉さんが入院してからほぼ毎日お見舞い来てくれたじゃん」

「……そうだけど」

「いや、もう普通によくない? そんな献身的な彼氏とか最高じゃん」

「そう、かもしれないけど」

「……西倉さんはさ、何が不満なわけ? 青山くんのこと好きなの、嫌いなの?」


 私は委員長の圧におされながら、自分の中でぐちゃぐちゃになった言葉を一つずつ整理する。

 

「嫌いじゃないけど、だけど、そうじゃないと思うの」

「そうじゃないって、何が?」

「もし仮にも私が青山くんのことを好きになって、付き合うことになって、でもそれって茜への復讐みたいなものにしかならないじゃんって、思って」

「好きな人をとった、って夏目さんが思うってこと?」

「間違ってないから」

「でも、夏目さんは結局ふたりのことを切り捨てたんでしょ」


 委員長の言葉は、やっぱり鋭いナイフのようだった。

 あれから茜とは完全に切れた。警察に被害届は出さなかったけれど、あの状態を見た母親がどういうことを考えるのか、私は少しだけわかる気がする。

 結局パトカーが来たこともあって、周りに噂が広まったせいか茜の家はいつのまにか引っ越していた。私は彼女がどこに消えたのかも分からないし、連絡をするにしても茜は私の電話なんか絶対にとらないだろう。

 茜はあの母親にずっと守られて、これからも苦しみながら生きていくのかもしれない。大丈夫だよって、茜のことはお母さんが守ってあげるからって、きっとそういう呪いの言葉に支配されて、もうこっちには戻ってこないと思う。


「そうかもしれないけど、青山くんはさ、私と付き合ってもずっと茜のことを忘れられずに苦しみ続けるじゃん」

「そんなの、西倉さんと付き合うこと関係なく苦しみ続けるよ」

「でも、」

「そうやって青山くんを遠ざける理由を探そうとしてるなら、無駄だよ。だって、西倉さんはさもう青山くんのことが好きなんでしょ」


 わからない。恋なんて、愛なんてわからない。分からなくていいと思った。

 茜が「あんたには一生わかんないでしょうね」と嘲笑ったときに、それでいいと思った。盲目になるくらいなら、恋なんてしなくていい。愛なんかいらない。


 委員長の言葉にやっぱり言い返せなくて私はアイスの溶けたクリームソーダをずずっとストローで飲み干した。中に入った氷がからんころんと音を立てるだけ。私はずっと足下を見ていた。


 

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