第43話 BOMB

 年を越して、しばらく経って退院できることになった。


 登校すると、クラスメイトはみんなお化けでも見たかのような反応を見せた。一か月くらい、しかも冬休みをはさんでいたためにそんなに学校を休んでいたわけじゃないのにな、席について息を深く吸って吐き出す。噂はあらゆるところで回っていて、次は私が被害者として「可哀想」な人間として扱われるようになった。怪我、大丈夫だった、とほんの一か月前は私のことを死ねと思っていた人間が心配そうに聞いてくる。無理しないでね、と私を階段から突き落として笑った彼女たちもそんな言葉をかけてくれる。虫唾が走る、とはこういうことを言うんだなと思った。

 人間はみんな猫を被っている。自分がいい子に見られるために。自分を守るために。


 最後の期末試験が終わって、HRでは担任が仮卒期間の過ごし方を長々と話し始めた。こそこそ喋り始める生徒、受験のためにずっと参考書とにらめっこしてる生徒、スマホを見てる生徒、みんな自分勝手に無視をして、それでも気にせず担任が黙々と配った手紙の文章を読み続ける。

 眠たいな、と思っているとスマホがぶるっと鳴って、一見メッセージが入った。制服のポケットから取り出して先生に見れないようにそっと覗き見ると、青山くんからの連絡だった。彼も授業中だろうに相変わらずそういうところはそのまま。

 青山くんは入院してからほぼ毎日お見舞いに来てくれて、だけど退院してからはほとんど会っていなかった。ずっと彼のほうが来てくれていたから、ぱたりと来なくなったとき、もう潮時なのかもしれないと思った。彼はもうひとりで大丈夫なんだろうなって、安心したのか寂しいのかよくわからない感情がごっちゃになって、私から連絡することを躊躇った。


「放課後、会えない?」


 短いメッセージ。私は膝の上でぽちぽちと返信を打つ。

 「いいよ」送ったあと、スマホを鞄の中に入れて、時計を見た。ちょうど授業終了のチャイムが鳴った瞬間だった。





「久しぶり、体は大丈夫なの」


 上ずったような声。青山くんはろくに私の顔を見なかった。正直、どうしてこうなってるのか私には分からないし見当もつかない。嫌われたかもしれないけれど、何がきっかけなのかもわからないし、そもそも好かれていた記憶もないからこれが普通なのだろうか。

 大丈夫だよ、と私がいうと青山くんがほっとしたように口元をほころばせた。


「あのさ、なんていうか」

「……何か、話があるの?」

「……え、ああ、うん。そう、帰りながら話しても大丈夫?」

「でも家の方向違うよね」

「西倉、帰り電車だろ。駅まででいいから」

「うん?」


 何を言われるのか、少しだけ怖いと思っている自分がいた。でも、明日から仮卒に入るし、次に彼会うこともあるかどうか分からない。話したいことがあるなら今日のうちに聞いておかなければいけないと思った。

 茜の話だろうか。よぎったのはその話題だけ。だけど、あれから青山くんは茜の話を全くしなくなった。同じように岩田くんの話も。今までしなかったテレビの話題だったり、最近見ている配信者の話、はまっているゲームのことも、ぎこちなかったけれど彼が無理して笑って話すから私も笑って相槌をうった。


「西倉ってさ、がんちゃんのこと好きだったの?」


 帰り道、車道側を歩かせない青山くんは紳士的だなとか、そんな適当なことを考えていたら突然彼は爆弾を投下してきた。


「どうやったら、そう思えるわけ?」

「え。だってさ、仲良かったっぽいじゃん、いろいろ」

「青山くんはさ、岩田くんの親友だったんだよね?」

「え、そうだけど」

「じゃあ、一緒に過ごしていた時間思い出してみてよ、私と一緒にいたところなんてほとんど見たことないでしょ?」

「え、ああ、うん」

「それが答えだよ。私と岩田くんの関係はSNSだけ。私にとって岩田くんは恐怖の対象であって、恩人。ただそれだけ。好きとかそういう感情なんてないよ」


 前に少しだけ話した、私の中学時代のことを。私がずっと岩田くんに対して抱いていた感情は「恐怖」でしかなかった。罪の意識はずっとはがれずに、私の足にまとわりつく。彼はずっと逃げろと言ってくれていたのに、それは私にとって呪いにしかならなかった。逃げることを自分は許してくれなかったから。


「じゃあ、さ」

「うん?」

「俺、西倉のことが好きなんだけど」


 二個目の爆弾は、そっと足下に気づかないうちに置かれていた。

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