第37話 冬に終わる4

 いつのまにか眠っていたのだろう。ぎしっというドアの開閉音で目が覚めた。お風呂上りなのか、髪の毛の濡れた茜がベッドに座っていて、私と目が合った。


「起きたんだ」

「……」


 どれくらい時間が経ったのかはよく分からない。


「このまま私のこと囲い続けたって無駄だよ。そもそも私は病室から抜け出してきてるから、もう誰かが私のことを探し始めてるはずだもん」

「それが?」

「ねえ、茜。これ以上私の口を封じても意味がないんだよ。茜は青山くんに嫌われる。最初から分かってたことじゃない」

「うるさい」

「私を歩道橋から突き落としたのは何のため? あんなことしなくたって青山くんは真実に辿り着いてたよ」

「うるさい」

「もう遅いんだよ。茜は、やっちゃいけないことをしたの。後悔しなきゃいけないの」


 うるさい、という言葉は鼓膜を破るくらいの衝撃で私に打ち付けられた。現実では、私の耳を踏み潰しただけだったけど、床と強く擦れ合って出血した。

 真っ赤な顔をした茜が、私のことを強く睨みつける。私がこれ以上余計なことをいうと、彼女はもっと手段を択ばなくなると思った。だけど、このまま引き下がって監禁されるわけにはいかないと思った。


「春馬があんたに好意を持ってる」


 呼吸をゆっくり落ちつけながら、茜が言葉を落とす。


「ずるいよ。なんで、あたしじゃないの、あんたなの? 春馬の恋人はあたしじゃん。あんたはただのあたしの付属品じゃん」


 茜が泣き叫ぶだけ、私はどうしてか冷静になれた気がする。

 弱い皮膚は青黒く変色していって、内出血をおこす。切れた皮膚からは赤い血が垂れ落ちて地面を汚していく。茜の表情は変わらない。荒い呼吸で怒りをぶるけることで自分を保っているように見えた。


「青山くんが私を好きなんて分からないことでしょう?」

「わかるもん。春馬はどうでもいい奴なんかと一緒に出掛けたりなんかしない」

「たまたま、利害が一致して一緒にいるだけだよ」

「それでも、春馬と一緒にいる詩織があたしは妬ましい」


 茜の隠し事をせずに何でも話してくれるところが好きだった。この人は嫌い、この人は好き。単純で分かりやすくて、嘘をつかないところが私は好きだった。

 だけど、今は違う。たぶん、そこが一番嫌いだ。


「妬ましいなら、突き落としてもいいわけじゃないでしょ」


 茜はずるい。私もずるい。

 私のことがむかつくなら正面から来ればよかったのに、結局卑怯な手しか使わない。岩田くんのこともそうだ。彼との関係がどうであったかなんて、もうどうでもいい。結局、茜が彼に酷いことをしていたのに間違いはないのだから。


「茜はちゃんと反省して。自分だけが可哀想なわけじゃないんだよ」


 ぷつんと、何かが切れたような音がした、気がした。

 たぶん、頭部をテレビのリモコンで打ち付けられたんだと思う。痛すぎて声が出なくて、意識を保っているのがどんどんと難しくなってくる。茜の「うるさい」という言葉も全部、耳障りなノイズみたいで、ぐるぐると視界がまわった。

 

 私を探しに誰かはここに来る。私が監禁され続けることは絶対にない。

 茜にはちゃんと制裁が必要なんだ。甘やかして、私はあなたの味方だよなんてそんなことを言っちゃいけないんだ。

 私たちはもう十八歳で、善悪の判断もつく年齢で、間違えたらちゃんと後悔して反省しなきゃいけない。茜にだってそれは例外じゃない。


 生きる権利を貰える代わりに、私たちには正しく進んでいく義務が課せられる。

 茜が正しく生きていくために、私は死ぬ覚悟で手を伸ばしに来たんだから。お願いだから、てをのばして。掴んだ手は絶対に離さないから。


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